7話 佐伯と二人の時間
運命を分けたあのくじ引きから1週間が経った。
あれ以降、佐伯からのlimeがパタリと止まり、佐伯とのトーク画面を開くと『既読スルーしてないで、さっさと弁解したらどうかしら』という、以前に送られて来たlimeが出てくる。
俺はそれに対して『土下座』のスタンプを送ったのだが、その後の反応が無く、完全に会話が止まっていた。
でもまあ、佐伯からlimeが来ないのは、こちらとしては好都合なので、俺は特に気にせず普段通り孤独な高校生活をしている。
佐伯は文化祭実行委員になったんだから、limeなんかできないくらい忙しいのだろう。
文化祭と言えば……このクラスが文化祭で何をやるのか、まだ決まってないけど大丈夫なのか?
文化祭まで残り2週間ほど。
そろそろ準備にかからないとまずいような気もするが……ま、俺には関係の無い話だ。
そう思っていたある日の事——。
「……お、大狼」
朝、俺が登校してきたタイミングで、後ろの席の原田が俺を呼んだ。
普段は俺を小馬鹿にする時くらいしか呼ばないくせに、今日はやけに神妙な面持ちをしている。
何かあったのだろうと察し、俺は黙って彼の方を向く。
「どうした?」
「す、すまん、相談があんだけどさ」
「相談?」
「やっぱ実行委員変わってくれないか?」
「……はぁ?」
急すぎて、俺は情けない声が出てしまう。
つまり実行委員を降りる……って事だよな。
佐伯と一緒にできるからって、あんなにやる気だったのに。
「どうしたんだよ。くじを渡した時はあんなに喜んでたのに」
「それが……」
原田の話を聞くと、それは完全に俺が危惧した内容だった。
どうやら原田は同じ実行委員として佐伯と会話を試みたものの、いつもの調子で無視されているらしく、会話ができないから、このクラスの準備が全然進んでいないらしい。
日頃の行いが悪い原田も悪いのだが、佐伯も佐伯で責任感なさすぎだろ。
まあ、原田は佐伯に既読スルーされて相手にされてなかったし、その上佐伯は興味の無いことには淡白だからこうなるのではないかと思っていたが……まさかその通りになるとは。
「俺もうやってらんねーんだよ!」
「だからって俺に頼むなよ……」
「だってよ! 元々は大狼が引いたくじだった訳だし、お前にも少しは責任あるだろ!」
原田が横暴な事を言っているように思えるが、元を辿れば俺が元凶だから、俺も強く出れない。
実際に俺は、原田が佐伯を狙ってるのを知っていたから原田の心理を逆手に取り、仕事を押し付けたんだし。
それでもあのくじを引き受けたのはこいつ自身なんだが……。
原田にお灸を据えるためにも、ここは困ってるこいつを突き放すのが正解だとは思うが、かと言ってここで「お前がやれよ」と言い張ったら、俺と陽キャグループの間に亀裂が入って、彼らを敵に回す羽目になるかもしれない。
仲間も作らなければ、敵も作らない——俺はそのバランスを保つことを大事にしてきた。
だからここでムキになるのは賢明ではないな。
「……分かった。交代の件は俺から町張に伝えておく」
「い、いいのか? 大狼」
「ああ」
俺が了承すると、原田は「マジサンクス!」と言って陽キャグループの輪へ戻って行った。
ったく、佐伯に相手にされないから、仕事を辞めたいとか……調子のいい奴め。
そんな奴は何やっても上手くいかないだろうな。
しかし、また面倒事に巻き込まれちまったな……。
「古徳くんっ、なに難しい顔してるの?」
俺が難しい顔をしていると、ちょうど登校して来た玉里に声をかけられる。
「な、なんでもねえよ」
「もぉー、またそうやって"大好きな"あたしに隠し事?」
「はぁ……もうツッコむのすら疲れた」
玉里は胃がもたれるくらい朝からあざとい笑顔を俺の顔に近づけてくる。
「文化祭の実行委員さ、俺に変わったんだよ」
「古徳くんが実行委員?」
「原田が色々と上手くいってなくて、仕事にならないらしい」
「それは困るけど……だからって何で古徳くんがやるの?」
やっぱそれ聞かれるよな。
俺がせこい事して、原田に仕事押し付けたとは言いづらい。
俺が返答に迷っていると、玉里は眉を寄せながら、俺の腕を掴んだ。
「古徳くん、もしかしていじめられてるの?」
「いじめ……? ちが」
「もしそうならあたしから原田くんに言ってくるよ!」
怒り顔の玉里が、今にも原田の方へ行こうとするので俺は「待て待て」と玉里を制する。
「ち、違うんだよ!」
「違うって何が?」
「……実はだな」
仕方なく俺は、玉里に全てを説明した。
すると、さっきまで原田に向けられていた玉里の怒りの矛先が、俺に向けられる。
「ズルはダメだよ古徳くん!」
「ず、ズルってわけじゃ……」
「ホント、古徳くんってさ、昔からそういう所あるよね。ツンツンしてるわりには、敵を作らないとか言ってさぁ」
「べ、別にいいだろ。俺は仲間も敵も作らない主義なんだよ」
玉里は呆れ顔で「心配して損した」と言いながら自分の席へ戻って行く。
なんだよ玉里のやつ……誰のためにこのスタンスになったかも知らないくせに。
玉里から解放された俺は、佐伯の席の方へ視線を向けた。
佐伯は相変わらず物静かな様子で自分の席に座り、やけに分厚い本を読んでいた。
何はともあれ、一緒に実行委員をやる事になった訳だし、挨拶くらいはしておくか。
俺は佐伯とのトークルームに入り、『急にすまない。原田に変わって俺が実行委員になったから、よろしく』と送る。
一週間ぶりくらいの会話だし、俺も既読スルーされるかもな。
佐伯は俺と会話するのが飽きたからlimeを送らなくなったのかもしれないし。
それからしばらくして既読が付いたものの、返信は来ない。
やっと俺にもお得意の既読スルーか。
佐伯はこの前、興味のない事はやらないと言っていた。
文化祭実行委員の仕事は興味がないからやる気がないし、俺との会話にも興味なし。
このままじゃ俺一人で文化祭実行委員の仕事をする羽目になっちまう。
原田が嫌になる気持ちもよく分かる。
よし、とりあえずこの一件は町張に相談して、女子の実行委員も変えてもら——。
その時だった。
『さえき:昼休み、図書室』
「……返信、来ちまった」
✳︎✳︎
昼休みの図書室。
窓際に丸テーブルが4つほど置かれており、佐伯はその丸テーブルの席に座って俺を待っていた。
窓から吹き抜ける風に揺れるストレートの長い髪。
アンニュイな表情で本を読む佐伯の姿は、まるで青春映画のワンシーンのようだった。
俺は無言で佐伯の向かい側にある椅子に腰掛ける。
「……大狼くん、どうして私が怒ってるか、わかるかしら?」
「え、お前怒ってたのか?」
「…………」
普段は無表情の佐伯だが、珍しく眉間に皺を寄せて顔を顰めた。
「……実行委員のくじ引き、あなたが赤丸を引いたのに、なぜあの男子に渡したの?」
「なんだ、気づいてたのか」
「私を舐めないで」
佐伯は目を細めて言う。
その目は俺の全てを見透かしているようで、頭の中を読まれたくない俺は、不意に目を逸らした。
「少しは喜んでも……いいじゃない」
「え?」
佐伯はボソッと、呟いた。
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