文化祭編

6話 文化祭実行委員


【第2章 文化祭と関係の変化】


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 佐伯からlimeが来るようになってから、数日が経った日のこと。


 4限の授業が終わって昼休みに入る前に、クラス委員長の町張が教卓の前に立った。


「月末の文化祭に向けて、文化祭実行委員を決める事になりました」


 この高校の3大行事の一つ、文化祭。

 1年生の俺たちにとって初めての文化祭だが、俺は中3の時に高校見学でここの文化祭に来た事がある。


 この高校の文化祭ってやる気のあるクラスとないクラスの差がかなり顕著に出るんだよな……。

 美術の授業で描いた作品を教室に飾るだけ、というクラスもあったし。


 でもこのクラスは、陽キャたちがやる気ありそうだから勝手にやってくれるだろう。


「えーと、まずは実行委員に立候補してくれる人いる?」


 町張が教卓の前でそう訊ねると、クラス中が静まり返る。


「……やっぱり、そうだよね」


 町張はため息を吐きながら、一旦自分の机に戻ると、箱状の何かを両手に持って教卓の前へ戻って来た。


「このままだと何かと時間がかかりそうなので、公平にくじ引きで決める事にします。女子から引いて行ってください」


 そう言って町張は、手作りの籤引き箱を教卓に置いた。


 こんなのどう考えても貧乏くじだろ。

 俺と同じように、このクラスの誰もがそう思ったのか、若干クラス内の空気が重たくなった。


 実行委員となると、放課後の準備はもちろん、実行委員の集まりにも行かなければならないので、面倒に決まってる。

 誰もが心中ため息を吐いていた……そう、この時までは。


「では、今引いたくじに赤丸があった人、手を挙げてくださ——」


 スッと静かに手を挙げた人物……。

 その手にクラス中の視線が集まった。


「……じゃ、じゃあ女子はで」


 拍手と同時にクラス中から「うおおおおお」という声が聞こえ、男子たちの目の色が変わる。


 嘘だろ……あの佐伯が実行委員なんて。


『私、そんなの興味がないから』


 とか言って絶対仕事にならないだろ。

 周りの男子たちが歓喜する中で、俺だけは不安視していた。


「じゃ、じゃあ、次は男子を」


 町張は男子たちの盛り上がりに呆れながら、男子たちを黒板の前に呼ぶ。


 先程まで貧乏くじとされていた実行委員の権利が、一瞬で当たりくじに変わった事で、教室中の空気が張り詰める。


 佐伯と一緒に実行委員をすればお近づきになれる……なんて安直な思考は捨てた方がいいと思うが。

 順番が回ってきたので、俺も黒板前まで行く。


「はい大狼」


 町張に差し出された箱からくじを引き、机に戻ってくじを開いた。

 まあ確率は20分の1くらいだしそう当たる事は無い……だ……ろ。


 俺は——自分の悪運を呪った。


 四つ折りの紙を開くと……中央に書かれた赤丸が、目に飛び込んで来る。


「……っ⁈」


 ま……まずい事になった……。


 このまま佐伯と実行委員になってみろ、嫉妬に狂った男どもから容赦ない嫌がらせを受けて、俺の平穏は間違いなく崩壊する。


 それに佐伯どうこうの前に——文化祭実行委員とか、絶対にやりたくねぇ……。


 俺が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、後ろの席の陽キャ男子・原田が黒板の方から肩を落としながら戻って来た。


 そりゃそうだ、ここに当たりくじがあるんだから、他の奴らはみんな外れ……ん?

 待てよ……このくじ引きは一斉に開けるわけじゃない。


 俺はとある妙案を思いつく。

 周りからヘイトを買う事も無く、むしろ上手く立ち回るには……これしかない。


 俺は、肩を落としながら歩く原田の制服を思いっきり引っ張る。


「お、おい、何すんだ大狼っ」

「原田……今なら誰も見てない。俺のくじとお前のくじを交換してくれ」

「は?」


 俺は原田の手の中でクシャクシャにされていた白紙を奪い取り、代わりに原田の手の中へ俺のくじを託した。

 原田は「ん?」と、はてなを浮かべながら俺から渡されたくじを確認して目を見開く。


「お、大狼おまっ……なんで」

「……いいから」


 原田は両手を合わせて俺を拝むと、無言で後ろの席に座った。


「じゃあ男子で赤丸のくじを引いた人は手を」

「はいはーい! 俺です!」


 原田が満面の笑みで両手を挙げてアピールする。

 佐伯の時の拍手とは打って変わって、クラスの男子たちから「なんだ原田かよ」と舌打ちが聞こえる。

 その空気を感じ取り、俺は安堵の息を漏らした。

 今回ばかりはあまりにも危なすぎたし、咄嗟に機転を効かせて良かった……。

 これで俺の平穏は保たれた。


「じゃあ実行委員は原田くんと佐伯さんで。さっそく放課後に委員会があるから会議室に行ってください」


 さっさと決まって安心したのか、町張も上機嫌だった。

 これで全部丸く収まっ……た?


 佐伯の方を横目で見た時、佐伯がジッとこちらを見つめているのが分かった。

 見てるのは……俺、じゃないはず。

 きっと同じ実行委員の原田を見ているんだ。そうだ、そうに決まってる。


 しかし……問題が起きたのは実行委員が決まってから1週間後の事。

 俺が危惧していたあの問題が起きたのだ。

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