4話 佐伯雪音の心情(佐伯side)
私はずっと、自分が興味のないものを度外視してきた——。
昔から自分でも迷惑なくらいに、周りの視線を集めてしまう。
周りは私を「美人」とか「美少女」とか煽てるけど、私は自分の容姿に興味が無かったし、それ以上に他人へ興味が沸かなかった。
私だって、好きで美人になったわけじゃない。
誰かに好かれたいわけでも、誰かに認められたいわけでもない。
ただただ、自分の"興味のあるもの"に集中したいだけ。
それなのに周りからウザいほどに付き纏われる毎日。
自分が相手に興味を示さなければ、相手の興味も薄れるはず。
それに気づいた日から私は、興味のあるものだけを大切にして、興味のないものは全て遮断した。
日常生活では他人と会話を交わさないようにして、チャットアプリでは既読スルーを繰り返した。
……もう、誰とも喋りたくない。
ただ本を読むことだけが、私の生き甲斐になっていく。
興味を持てるのは、今もこれからも本くらいしか無いのだから……。
そして入学から数日が経ったある日の事。
ふと、私が窓の方に目を向けると、そこには私と同じように本ばかり読んで、その他には何にも興味を示さない男子がいた。
他の男子はグループで連みながら各々の青春を謳歌している。
でも彼は、自分から連もうとはしないで、私と同じく一人でいることを選んでいた。
いつしか彼を目で追うようになり、彼は常日頃から周りの人間と会話しないで窓際の席でずっと本に目を落としている。
時折、クラスメイトの道藤さんと話す程度で、他の人間は全く相手にしていないようだった。
きっと彼も私と同じで、他人と触れ合うことにうんざりしているのだろう。
そうに決まってる。
私は彼にシンパシーを感じていた。
彼の名前は大狼古徳。
一部のクラスメイトからは【一匹狼】と呼ばれていた。
そんな彼の事を徐々に意識し始めたのは、入学から一ヶ月が経った頃だった。
身体の都合もあって、体育を見学していると、同じ見学組の女子たちの会話が耳に入った。
「ねえゆうか、うちのクラスの男子で付き合うなら誰がいい?」
ゆうか、と呼ばれたあざといツインテールの女子は「うーん」と考え込む。
「付き合うならぁ? うーん、あたしはテニス部の鈴木かなぁ」
「あ、やっぱ? 鈴木は顔だけはいいんだよねー、ま、性格的に絶対エッチ下手だけど」
下世話な恋愛話に花を咲かせる女子たち。
こんな生産性のない話をするくらいなら、今からでも体育の授業に参加して欲しいものだ。
彼女たちを白い目で見ていたら、ゆうかと呼ばれていた女子が「あ、でも」と呟く。
「意外と"大狼"もいいかもね」
その名前が出た瞬間、ピクリと耳が反応してしまう。
大狼——窓際の彼の事だ。
「ええー? 大狼ぃ? フツメンだし、いつも本読んでるだけの陰キャじゃん」
「そこが良くない? うちのクラスって、やんちゃなバカばっかだしさー」
「やめときやめとき。あいつって、噂だと道藤のこと好きらしいから、絶対ロリコンだよ」
「マジぃ? あー、やっぱナシだわー」
ロリ、コン……?
私は体育の授業を受ける道藤さんの方を見る。
幼なげな体つきで、声もあざとい女子。
クラス内でも、男女問わず友人の多いマスコット的存在。
彼とよく話している姿は見かけたが……やっぱり、そういう関係なのだろうか。
彼は、道藤さんが好き……?
なぜか分からないけど、それを聞いた時からずっと、その事が引っかかっていた。
どうしてそれが引っかかるのか、理由は分からない。
モヤモヤしながら何日か過ぎ、ある日突然、私のスマホに道藤さんからlimeが入った。
『道藤:放課後、体育のダンスの練習しない?』
彼女に興味はない……でも私は、それを了承した。
自分でも不思議だった。
無視すればいい事なのに……。
「きっと、大狼古徳のせい……」
放課後。
道藤さんとダンスの練習をして、終わったら私は、大狼古徳について聞いてみようと思った。
「ふぅ。今日は付き合ってくれてありがとね、佐伯ちゃん」
「…………」
結局、聞けなかった……。
そもそもどうやって、その類の話に持っていけばいいのか、分からない。
自分の無力さを思い知った瞬間だった。
私はこれまで本を読む事で人生が勝手に豊かになっていると錯覚していた。
本が知識と経験をくれて、何でも出来るようになると思っていたのに……。
「私は、こんな事すら聞けないなんて……」
内心落ち込みながらも顔には出さなかった。
✳︎✳︎
そして今日のこと——。
昼休みに道藤さんと大狼くんが話す姿が目に入り、その光景を見ているのが嫌になった私は、教室から出て図書室へ向かっていた。
周りの雑音が聞こえなくなるほど、心がモヤついていたが、その時、私のスマートフォンに一通のlimeが入った。
そのスマホの通知画面を見た瞬間、私は目を見開いてしまった。
『大狼: 急にすまない佐伯。クラスメイトの大狼だ。既読スルーを頻繁にしてるらしいが、返事とかしたくないなら、アカウントを作り直すとかした方がいいんじゃないか?』
何て返したらいいのか分からず、悩んだ挙句、送ったのが。
『佐伯: 別に。あなたに言われなくても削除するつもりだったから』
素直になったら負けのような気がして、送ってから、素直にありがとうと送れば良かったと後悔する。
私はすぐに新しいアカウントを作り直すと、弁明の意味も込めてlimeを送ったが、返事がない。
図書室で返事を待っていると、ノートの山を持った、町張さんが入って来た。
「やっぱりここに居た」
町張さんは分かったような顔をして、一度ノートを置く。
「佐伯さん、現国のノート出してもらえる? 出さないと大狼と一緒に説教受けることになるよ?」
僥倖、ただその二文字が頭に浮かんだ。
✳︎✳︎
放課後の美化活動が終わって家に帰って来た私は、彼にlimeをする。
お疲れ様、と送ってみると、彼からもお疲れ様とlimeが返ってきた。
……別に、嬉しくなんてないし。これは決して特別な感情ではない。
私はただ、知りたかった。
彼が私と同じ人間なのか。
「ただ、それだけ……」
そのはず……なのに、何なの、この気持ちは。
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