3話 初めての会話&共同作業


「私のlimeを無視した件について、謝罪はないの?」


 佐伯は抑揚の無い冷ややかな口調で、俺に謝罪を要求して来る。


「お……お前だって、他の奴らに既読スルーしてるし」

「今は"私とあなたの間での話"をしてるの。他人は関係ない……論点をすり替えないで」

「それは、す、すまん」


 どうして謝ってんだ俺……。

 佐伯は何度もやってんだから、こいつの方がタチの悪い既読スルー常習犯なのに。


「おい、あの佐伯が誰かと話してるぞ」

「てか隣の男子、誰だ?」


 俺と佐伯が会話していたからか、廊下では他の生徒たちが俺たちの方を物珍しそうに見ている。

 まずい事になったな……。

 廊下で佐伯と会話しているのが知れ渡ったら、佐伯を狙ってる奴らと面倒な事になるかもしれない。


 ジワッ、と汗が込み上げて来る。


「大丈夫? 私、もう怒ってないけど」

「そこじゃねえよ。そもそも俺は、謝罪するつもりは——」


 そう言いかけた時、隣から誰かが詰め寄って来る。

 誰かと思って振り向くとそこには——。


「謝罪? それなら今からみっちりしてもらおうかしら、大狼古徳?」


 職員室から俺たちの方へ詰め寄って来たのは、学年主任で俺のクラスの現国を担当する田邊正美。

 常にどこかで生徒に説教をしている、怒りやすい性格のどの高校にも一人はいそうな女性教師だ。


「大狼だけではなく佐伯雪音。あなたもよ」


 え、佐伯も?

 ってことは、こいつが職員室の前に立ってたのは、俺と同じ理由で田邊に呼び出されてたからか。


「あれだけ授業の前に今日はノートを回収すると言っていたのに提出できないだなんて……あなた達は私に反抗的(ガミガミ、ガミガミ)」


 そこからのお説教は全く覚えていない。

 耳に入る田邊の説教は、全て脳内で「ガミガミ」へ変換されて行く。

 それにしても、佐伯が説教されてる姿はやけに新鮮だ。

 見るからに退屈そうで眠たそうな目をしている佐伯。横顔からでも分かるくらいに整った鼻梁と潤いのあるその唇は、高校生とは思えないほどの色気を感じさせる。


 こうして近くにいると、佐伯が他の女子生徒とは別格なのがよく分かるな。

 普段から佐伯が教室で一人でいる様子から、勝手に親近感を抱いてしまった俺だが……やっぱこいつは俺なんかとは違う。

 俺みたいな誰にも関心を寄せられずに、ただ一人でいる奴とはそもそもステージが違うんだ。

 よし、こいつと不用意に関わるのはやめよう。

 さっきみたいに周りの生徒に変な噂を流されたら、溜まったもんじゃない。


「ガミガミ、ガミガミ」


 ……にしても、今日の説教は長いな。

 ノート書いてないくらいで怒りすぎなんじゃないのか?

 俺が説教を聞き流していると、急に田邊が職員室に戻り、再び廊下に戻って来ると、俺の胸に大きめのビニール袋と軍手を押し付けて来た。

 ビニール袋……? なんでだ?


「本来なら1万字の反省文を書かせる所ですが、今日は特別に許してあげます。その代わり今から美化活動をしなさい。時間は部活動終了時刻の午後6時まで」


 6時までって……あと2時間もあるじゃねえか。

 それなら反省文を書いた方がマシなんだが——って待て。

 この美化活動ってまさか……。


 咄嗟に隣へ目を向けると、既に軍手をはめている佐伯の姿があった。

 こ、こいつと二人でやるのかよ……。


「さあ二人とも行きなさい」


 もう関わりたくないと思っていた矢先に、佐伯との美化活動が始まってしまった。


 ✳︎✳︎


 外周を走る陸上部を尻目に、俺たちは美化活動を開始した。

 高校の前にある道路には管理の行き届いていない雑草や、ゴミが散乱しており前々から目に付いたが、まさかそれを俺が拾う事になるとは。


「…………」


 さっきから、佐伯は黙々と道路沿いに落ちていたペットボトルや菓子類のゴミをビニール袋に入れる。

 反抗的なわけでもなく、至って真面目。

 でもこいつ、俺と同じでノート出さなかったんだよな?

 何か理由でもあるのか?


「佐伯はさ、どうして現国のノート出さなかったんだ?」

「…………」


 俺の質問がスルーされたと思ったが、突然、佐伯は口を開く。


「…………興味が、無かったから」


 廊下の時よりかは、聞こえやすい声。


「興味?」

「どうせ物語を読むなら興味のある作品を読みたいの。誰かに指図されて読まされるのは嫌い」


 何か深い事情があるかと思えば、ただのワガママじゃねえかよ。

 

「そんな理由であの田邊に反抗したのか?」

「…………悪い?」

「悪いだろ。俺が言えた口じゃないが」


 クールとは言え、佐伯ってもう少し利口なイメージだったんだが……どうやら違ったようだ。

 まあ普通に考えたら、既読スルーの常習犯なんだから、一癖も二癖もあっておかしくないか。


「大狼くんは——」


 佐伯は手を止めると、こちらを覗き込むように見て来る。


「どうして急にlimeして来たの?」


 そりゃ、limeの一件の事聞かれるよな……。


「玉……じゃなくて道藤が、お前にlimeを送ってみろってうるさかったんだよ。だから仕方なく」

「仕方なくで、あんなお節介なlime……あなたって変わり者ね」


 お前が言うなお前が……何回目だよこれ。

 でもまあ、話した事も無い相手からあんなお節介な内容が送られて来たら、普通に腹立つよな。俺だったら即ブロするかもしれない。


「迷惑だったよな」

「ええ、もちろん」


 佐伯はすっぱりそう言い切って、再び手を動かす。


「迷惑だと思ったらなら、お得意の既読スルーをすればいいじゃないか」

「…………」

「どうして返事なんかしたんだ?」

「…………」


 佐伯はジト目でこっちに向けて、一向に口を開かない。

 表情は相変わらず無いが、答えたく無いという意思は感じ取れる。


「じゃあ質問を変える。そもそもなんで既読スルーするんだ? 迷惑なlimeなら無視してもいいと思うが、返事が必要なlimeには返せよ」

「…………興味が無いから」


 また「興味がない」か。

 こいつは本でも対人関係でも関心がない事には基本スルーなのだろうか。


「興味のないものに時間を割きたくないの。クラスの気持ち悪い男子のlimeも、女子たちからの馴れ合いのlimeも……」

「なら、俺のlimeには興味があったって事か?」

「……あまり思い上がらない方がいいわよ」

「お、思い上がってなんかねえだろ!」

「そうかしら。今、あなたの顔には『もしかして俺には興味あるのかも』って文字が浮かんでいたわ」

「断じて思ってない」


 佐伯は「どうかしらね」と言って、俺から少し離れた。

 相変わらず何を考えているのか分からない。

 普段は無口なのに、今の数分間はやけに口数が増えた。それに若干声に感情が籠っていたような気もする。


「あの時はあなたが不思議に思えただけ。いつもは一匹狼なのに……急に私にお節介を焼いて——」


 距離が遠くなって少し聞こえづらいが、薄らと佐伯はそう言っていたと思う。

 いつもって事は、佐伯は俺の事知ってたのか?

 俺なんか眼中に無いと思っていたが……。

 佐伯は無言でビニール袋を手に取ると、さらに俺から距離を置いた。

 急に口数が多くなったと思ったらまた無口か。

 まあこれで佐伯と話すのも最後だろうし、今後はlimeも送られて来ないだろう。


 そのままその後は会話を交わす事なく、二時間の美化活動が終わるとすぐに、帰宅した。


 ✳︎✳︎


 俺は帰宅するなり汗をシャワーで洗い流し、風呂から出ると、自室に戻って充電していたスマホを手に取った。

 俺が風呂に入っているうちに2件のlimeが来ており、一つは玉里からのlimeと、もう一つは——。


「なっ……⁈ さえき?」


 俺は玉里のlimeを無視して、佐伯の方を先に開く。

 すると。


『さえき:お疲れ様』


 もう佐伯からlimeは来ないと思ってたのに、めっちゃ普通にlimeして来たんだが……。


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