2話 佐伯雪音の正体?
佐伯雪音がどんな人間なのかは、クラスメイトの俺や玉里でも掴みきれてない所がある。
それくらい常に仏頂面で、感情が死んでて無口なのが佐伯雪音なのだ。
でも今、その佐伯雪音が俺のlimeに対して返信して来た。
しかもその内容が————。
『佐伯:別にあなたに言われなくても削除するつもりだったから』
「「……………」」
この返信だけでも、佐伯雪音がどんな人間か分かってしまう。
普段のクールな振る舞いは、佐伯雪音そのものだったと、今証明されたのだ。
「まさかあの佐伯ちゃんから返事が来るなんて……古徳くんって、意外とモテたり?」
「よく読め。どう考えても好意的な返信じゃ無いだろ」
「でも他の人には返信すら無いんだよ?」
「……へ、返信は本人の気まぐれなんじゃないのか? たまたま今、手隙だっただけで、俺のお節介limeがウザかったから『もう送ってくんな』的な意味も込めて、返信したんだろ」
「本当にそうなのかな……?」
そうに決まってる。
返信の内容からしても、鬱陶しさが滲み出ているじゃないか。
この件に関しては、勝手にお節介limeを送った俺にも非があるから、こんな返事をされても憤りなどは全くない。
しかし、まさか返信が来るとは思っても見なかったから、驚きの方が大きすぎるのだ。
「玉里、佐伯から返信が来た事は、他言無用だからな? 絶対に黙っておけよ」
「あ、当たり前だよ。こんなのクラスの男子にバレたら古徳くんが集団リンチにあっちゃう」
「リンチっていつの時代だよ」
「心配……だよ」
いつもお調子者の玉里だが、佐伯から返信が来たのは流石に予想外だったようで、俺を揶揄う余裕すら無くしていた。
リンチとまではいかないだろうが、これが陽キャ男子どもに見つかったら、間違いなく面倒な事になる。
俺は何かあった時のために、トーク欄を削除して、佐伯のアカウントも友人欄から
これで証拠は全て消滅……。
ホッと安堵の息をついていると、背後から誰かに肩をつつかれる。
「——お取り込み中の所悪いけど、大狼、ちょっといいかな?」
背後から学級委員長の
委員長の町張は、普段は優しいが、厳しい時には厳しいという、絵に描いたような委員長で、定期考査では常に学年一位の実力者。
背後で纏めたローポニーテールの黒髪と、大きな瞳。身長も女子の中では一番高く、制服にデカめの定規でも入ってるんじゃ無いかってくらい背筋がピンと伸びている。
それにしても、なぜ急に委員長の町張が……?
まさか今の話を聞かれ——。
「現国のノート、回収するから出して」
……ど、どうやら町張は、現国のノートを回収しに来ただけらしい。
俺のクラスは不真面目な生徒が多いので(後ろの陽キャも含めて)、今日の四限に現国の教師が「授業後に板書を取っているか確認する」と言っていたので、委員長である町張にノートの回収を命じたのだろう。
「大狼、早く現国のノートを出して」
「……の、ノートって、今出さないとダメなのか?」
「出さないなら先生に言うだけ」
「……玉里、お前はもう出したのか?」
「うん! ね、町張ちゃん?」
「道藤さんはもう提出してる」
となると、俺は完全に詰んだって事になる。
さっきは「後ろの陽キャたちが不真面目」みたいな言い方をしたが、俺、大狼古徳も
当然、そんな俺がノートに板書をしているわけがない。
「町張頼む。既に提出された玉里のノートを貸してはくれないか」
俺は恥を忍んで町張にお願いしたのだが……。
「ダメ。それを許したらみんながやり出すから」
「くっ……た、玉里、お前からも何とか言ってくれ」
「ええー? それは古徳くんの自業自得だよ」
こいつ……幼馴染の俺を見捨てるとは。
やはり他人は信用できない。(これに関しては玉里の言うように俺の自業自得なんだけど)
仕方ない……ここは正直に謝るとしよう。
「すまん町張。実は——」
俺は腹を決めて町張にノートが真っ白という事を自白した。
「はぁ……だろうと思った。大狼って授業中はいつも窓の外見てるし」
「テストでは平均点を取れるんだから、いいだろ別に」
「ダメ。とにかく今日は現国の先生からみっちりお叱りを受けてもらうから。反省して」
町張はそう言ってノートの山を抱えて、教室から出て行った。
「相変わらず頭が硬くて融通の利かない委員長だな」
「今回は町張ちゃんが100パー正しいよ。古徳くんがぼっちの不良だから悪いんだし」
「ぼっちは関係ないし、不良でもない。俺は独りが好きなだけだ」
「はいはい、言い訳乙ぅ〜」
イラっと来たが、これ以上反論したところで無意味に思えた俺は、黙って本を開いた。
俺は一人でいい……。
友達なんて、作るだけで面倒な存在なんだから。
その後しばらくして職員室から戻ってきた町張に「放課後、職員室前へ来るように」と言われた。
現国の教師の説教は授業中に聞き慣れてるので、そこまでストレスは無い。
俺は諦めのため息を吐きながら、机に置いていた文庫本を読み始める。
「ん?」
その時——だった。
右ポケットに入ってるスマホが、再びバイブで通知を知らせる。
またまた本を読む邪魔をされた俺は、イラっとしながらも、スマホを取り出した。
ったく誰からだ————よ??
『さえき:ほら作ったわ』
平仮名で『さえきゆきね』という名前のアカウントから、limeが送られて来た。
先ほどの【佐伯雪音】というアカウントはもうブロックしたから、もうメッセージが来るはずない……って事は。
これが佐伯の新しいアカウント……?
なぜ、佐伯雪音は新しいアカウントを作ったのに俺にlimeを送る必要があるんだ?
り、理解不能だ。
俺と佐伯はリアルで一度も話した事が無いし、佐伯は俺のlimeに対して、鬱陶しそうな返事を送ってきた。
だから俺は嫌われてるはず……。
「意味が分からねえ」
混乱した俺は、そのままスマホを閉じて現実逃避するのだった。
✳︎✳︎
放課後。
現国の教師から呼び出しを喰らっていた俺は、重い足を動かして嫌々階段を降り、1階の職員室前までやって来た——のだが。
職員室前の廊下を行き交う生徒たちの視線が、一点に集まっている。
そう……あの佐伯雪音が立っていたのだ。
新幹線から富士山が見えたら、必然的にカメラを向けてしまうように、彼女もまた、珍しいモノのように見られている。
佐伯は職員室前の窓に背中を預けながら、周りの目など気にせず、気怠そうな欠伸をして指先で目元の涙を軽く拭う。
なぜ佐伯がここに立ってるんだ……?
俺がまじまじと見ていると、佐伯もこちらに視線を向けて離さない。
佐伯の奴、ずっとこっちを見てるな。
こうなったら昼のlimeの件、問いただしてみるか?
新しいアカウントを作って、それをわざわざ報告して来た理由がずっと気になっていた。
俺は佐伯から3歩くらい離れた場所で立ち止まって、佐伯の方を真っ直ぐに見つめた。
「……大狼くん?」
雑踏に掻き消されそうなくらいの小さな声で、佐伯は俺の名前を呼んだ。
あの佐伯雪音が、俺の名前を……?
「あなたに一つ、言いたい事があるの」
言いたい事?
俺は一体、何を物申されるんだ?
昼のlimeの件くらいしか思い浮かばないが……。
緊張の面持ちで佐伯の方を見つめると、佐伯は変わらず無表情で俺の方を見つめて来た。
「せっかく私が新しいアカウントでlimeしてあげたのに、スルーしないで貰える?」
「お……お前が言うなお前が!」
心からのツッコミが飛び出した。
―――――――――――――
【あとがき】
渾身のおまいう。
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