既読スルーを繰り返すクール美女が俺にだけ返信をくれる理由。〜孤高の美女は孤独の俺を知りたがる〜

星野星野@2作品書籍化作業中!

プロローグ

1話 既読スルーの美少女


 既読がついたはずなのに返信がない——これを俗に【既読スルー】という。


 既読スルーをされると人は相手に不信感を抱く。普段の会話に置き換えれば”ただの無視"なのだから当然だ。


 しかし、その常習犯ともなると、慣れてしまうのが怖い。


 俺のクラスにはその既読スルー常習犯が一人いる。


「佐伯さんマジで返信くれねーよなぁ。既読は付くんだけどさー」

「俺なんて4日経っても既読すらつかねえよ……」

「佐伯さんだから仕方ねーって」


 後ろの席に座っているクラスの陽キャ男子たちが口を揃えて嘆いている。


 彼らの話題の中心であるというのは、同じクラスの佐伯雪音さえきゆきねという女子を指す。


 豊かに育った胸と、スラっと長い手足。

 肩まで伸びたセミロングの髪に常に周りを下に見ているようなその冷淡な眼差し。

 他の女子とは、比べものにならないほどの美貌が入学当初から話題になっていた女子生徒——なのだが、その人気とは裏腹に、彼女は普段から無口で親しい友人もおらず、誰一人として周りに寄せ付けない。


 その様子から佐伯は【孤高の美女】と呼ばれており、今もクラスの端っ子にある自分の席で、一人静かに本に目を落とす。

 周辺に特殊な結界でもあるのかと思うくらい、彼女には他者を寄せ付けないオーラがあるのだ。


「マジで佐伯さんとお近づきになりてー」


 佐伯雪音が孤高の美女と呼ばれるようになってから、クラスの陽キャ男子たちは意地でも佐伯と話したいと、執拗にアタックをするようになった。

 最近ではそれがどんどんエスカレートし、チャットでもいいから佐伯から返事がもらえた奴が勝ち、みたいなゲームに変わった。


 高校生にもなってガキ臭い遊びをしやがって……しょうもない奴らだな。


 俺は窓の外に目を向けながら、心の中で後ろの席の陽キャどもを馬鹿にしていると、その陽キャグループの一人が、俺の方に歩み寄って来て、うざったらしく俺の肩に手をかけた。


「なあ大狼おおがみぃ〜お前も"佐伯さん"にlime送ってみろよ」

「…………」


 ずっと窓の外を見つめていた俺、大狼古徳おおがみことくは、肩に手をかけて来た陽キャの方を睨んだ。


 うぜぇな、話しかけてくんなよ……。


「佐伯さんにlimeを送るのが恥ずかしいなら文章は俺が考えるからさぁ〜? とりま大狼のスマホ貸してくれよ〜」


 俺が無視を決め込んでいると、陽キャはさらにベタベタと、俺の肩を馴れ馴れしく触ってくる。


 さっきからうぜえなこいつ……。

 俺がその手を払おうとしたら、陽キャグループのもう一人が寄って来て、絡んできた陽キャの肩を引いた。


「大狼を揶揄うのもそのくらいにしといてやれ。俺たちでも既読スルーなんだから、大狼には無理だろ」

「……まっ、そうだな」


 クラスの陽キャ男子は、自分が佐伯に相手されないからか、そのストレスを発散するように俺を小馬鹿にしてから学食へ向かった。

 そんな性格だからいつまでも佐伯に相手されないのだろう。


 俺は再び佐伯の方へ目を向ける。


 相変わらず佐伯は自分の席で、長いまつ毛をピクリとも動かさずに本を読んでいた。


「廊下を歩けば男子からいやらしい視線を向けられ、街を歩けば芸能スカウトに捕まる。難儀な人生だよねぇ」


 そう言いながら俺の席まで来たのは、幼馴染の道藤玉里みちふじたまり

 背が低く、その上童顔ツインテールという子供っぽい容姿なので、よく子供扱いされてるクラスのマスコット的存在。


「その難儀な人生ってのは、佐伯のことを言っているのか?」

「そうそう。美少女ゆえに自分の美貌に悩まされる……そんな人生も羨ましい」


 どこが羨ましいのだろうか。

 あんな金魚の糞みたいに陽キャたちに付き纏われて、何もしてないのに周りから注目されて落ち着く暇もないとか……最悪だろ。


「古徳くんは佐伯ちゃんのこと気にならないの?」

「気にならない」

「ホントー? まあ古徳くんは昔からあたし一筋だもんねぇ。重度のロリコンだしっ!」


 玉里は俺の右腕に抱きつくと、頬を擦り付けてくる。


「おいっ、離れろ玉里」


 もちろん俺は玉里一筋……なわけもなく、昔から玉里が一方的に絡んで来るだけで、そもそも俺には友達がいない。

 玉里はあくまで、親同士が仲の良いだけのただの幼馴染。その他のクラスメイトも、俺は必要最低限の会話しかしない。

 俺は別に友達が欲しいとは思わないし、一人でいる方が周りに合わせる必要がないから、気楽でいい。


 そんな思想の俺だからこそ【孤高の美女】佐伯雪音に対して、勝手にシンパシーを感じてしまう。

 周りの人間なんて、鬱陶しいだけだよな……。


 俺は玉里を剥がしながら、机の中にある文庫本を取り出す。

 昼休みの時間はまだあるし、本でも読んで過ごすとしよう。


「にしてもクラスの男子たち、かなり躍起になってるよねぇ。一方的にlimeとか送ったりしてるんでしょ?」


 せっかく、あいつらの事を忘れて本を読もうと思っていたのに、玉里の要らない一言であいつらを思い出してしまった。


「ところで玉里は佐伯にlime送ったことあるのか?」

「あるよー。体育のダンスで同じグループになったから、放課後に練習しよー? って送ったんだー」

「返信は来たのか?」

「うん! 一文字で【り】って」

「女子に対しても必要最低限の返事だけなのか……」


 返事するのが面倒なら、そもそもSNSなんてやらなければいいのに。


 玉里と話していると、さっきまで本を読んでいた佐伯が席から立ち上がり、教室を出て行く。

 クールで無表情な佐伯は、その艶やかな黒髪を揺らしながら廊下を歩いて行った。

 その度に、廊下にいる男子たちの目の色が変わり、騒がしくなるのだ。


「佐伯はいつも大変だよな。現実でもあんななのに、limeでもおもちゃみたいに騒がれて」

「美女ならではの悩みだよねー。あっ、ちなみに佐伯ちゃんから返事もらった事あるのは、あたしくらいなんだよ? 他の女子は、みんな既読スルーなんだって。凄いでしょ?」

「そんなの事が自慢になってたまるか」


 俺は呆れ顔で言いながら机の中から取り出した文庫本を読もうとする。


「そうだっ! 物は試しで、古徳くんも佐伯ちゃんにlime送ってみたら?」


 玉里は悪戯っ子みたいに笑いながら提案してくる。


「はぁ……お前もそこら辺の陽キャ男子たちと同じ事言うんだな? 佐伯に失礼とか思わないのかよ」

「どうせ既読スルーされて終わるんだからいいじゃん」

「ダメに決まってる。佐伯に迷惑だし、そもそも俺は佐伯のID知らない」

「あ、そっか。古徳くんはクラスのlimeグループに誘われてないから知らないんだ」

「え……? そんなグループあったのか?」

「可哀想に」

「うっせえ」


 高校では幼馴染の玉里しか話す相手がいないので、当然、クラスの仲良しこよしlimeグループなんかに誘われている訳がない。


 俺が舌打ちしながら窓の外に目を移すと、ポケットの中にあったスマホが振動する。

 確認したら玉里からのlimeで、佐伯のlimeアカウントのコードが送られてきた。


「玉里、これは」

「ここからは古徳くんの自由だよ?」

「は?」


「佐伯チャレンジをするのかしないのか! どっちなんだい!」


 どっかの筋肉芸人みたいに俺を煽る玉里。

 佐伯に返事をもらえるのかチャレンジするから、佐伯チャレンジ……。

 既読スルーを繰り返す佐伯を含め、俺のクラスには失礼な奴しかいないんだが。


「もしも返事が来たらあの男子たちより上だよ?」

「これっぽっちも嬉しくねえよ」

「ほらほら〜【あ】って送るだけでもいいからさぁ〜」


 玉里は俺が開いた文庫本のページに自分の手のひらを置き、読書の邪魔しながら言う。


 ……こんな事するのは、本意ではないんだが。

 俺はlimeで佐伯とのトークルームを作り、文を書き込む。


『大狼:急にすまない佐伯。クラスメイトの大狼だ。既読スルーを頻繁にしてるらしいが、返事とかしたくないならアカウントを作り直すとかした方がいいんじゃないか?』


 ……と、書き込む。

 あくまでこれは注意喚起であり、ちょっとしたアドバイスだ。

 別に佐伯に興味があるわけでも、ナンパしてる訳でもないし、これを機に佐伯がアカウントを消せば、クラスの男子たちの不毛な争いも終わる。


「よし……送るぞ」


 俺はその文を送信し、本当に送った事を証明するために玉里に自分のスマホを見せた。


「これでいいだろ? 送ってやったんだから、本の上から手を退けろ」

「うっわ、こんなのお節介でしょ……まあ古徳くんらしいと言ったら古徳くんらしいけど」


 玉里は手を退けると、俺のスマホを奪い取って俺の書いた文を確認していた。

 やっと、静かに本が読め——。


「ん? こ、古徳くんっ!」

「これ以上邪魔するなら流石の俺もキレるぞ」

「い! いいからこれっ」


 玉里は奪った俺のスマホの画面をこちらに向けて、必死に画面を指差す。


「き、既読が付いて……返信も来てるの」

「は?」


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