後編
「キッチンはこっちね」
揺られながら言われるも、俺はメルミーの胸側に顔を押し付けられているため、どこをどう移動しているか全く分からない。
「着いたよ」
やっと視界が開け、俺はどこかに座らされた。視線の高さから推測するに、テーブルの上だと思われる。
「……へぇー……」
まだ慣れないヌイグルミの可動域をなんとかしながらぎこちない動きで首を回し、キッチンを見える範囲で確認する。流し台はあるし、コンロみたいなのもあるし、その横の壁にはピザ窯みたいなものもあった。吊るしてあったり立てかけてあったりする道具も、大体が見慣れた形をしている。電子レンジっぽいのはないけど……。
でも、これなら、なんとか作れるかもしれない。
「メルミー。さっき言った、プリンの材料は覚えてるか?」
「うん。卵にミルクに砂糖でしょ? で、もしあれば、バニラエッセンスていうもの」
「で、それはあるか?」
「卵は今六個、ミルクは一瓶、お砂糖はいっぱい」
メルミーは、流し台の横にあった、彼女と同じくらいの高さの棚の扉を開け、中を見ながら言う。
そして、扉を閉じ、こちらに顔を向け、
「でも、バニラエッセンスっていうのがどんなのか分からないからそれは分かんない」
しゅん、としょげた顔になった。
「まあ、バニラエッセンスがなくてもプリンは作れる。卵味が強くなるけど」
それを聞いたメルミーの顔が輝いたのを見て、少し安心したあと。
ふと、ある可能性に気づく。
「メルミー。お前、食物アレルギーは?」
「しょくもつあれるぎー?」
「……え、知らん?」
「知らない」
首を振るメルミーに、簡単に説明する。すると、メルミーは目を丸くして驚いた。
「なにそれ、すごい、知らない、危ない、大発見」
逆になぜ知らない。こんな、生活水準の高そうな家に暮らしてるのに。異世界あるあるか?
「聞いたこともないか?」
「ない。……もしかしたら、偉いお医者さんとか、魔法学者さんとかは知ってるかもしれない。けど、私は聞いたことない」
じゃあ、危ない。
「メルミー。プリンは無しだ」
「え?! なんで」
「言っただろ。お前も、プリンを提出するならそれを食べる教師も、卵アレルギーや牛乳のアレルギーを持ってるかもしれない。危ない」
「はい! 先生は分かんないけど、私は卵もミルクも大丈夫!」
だから作ろう! という圧を感じる。
「……分かった。じゃあ、プリンは試しだ。それに、これから作るプリンは本格的なものじゃないからな。そこ忘れるなよ」
「はぁい!」
メルミーはエプロンをつけ、髪をまとめ、手を洗い──そういう衛生観念は持ってるんだ? ──俺が指定した道具や食品を俺の目の前、つまりテーブルに置いていく。
小鍋、フライパン、フライパンの蓋、大きめのボウルが二つ、細かい目のザル、おたま、泡だて器、そしてプリンの容器になる器。あとスプーン。
卵──薄茶だったけど、まあ、日本にも薄茶の殻の卵あったし多分大丈夫だろ──と、一升瓶くらいの大きさの瓶に入った白い液体、もといミルク。牛乳じゃなくてミルクミルクと言うもんだから心配になって聞いてみたけど、牛のミルクだそうだ。そして、砂糖。この砂糖も少し茶色かった。精製が甘いのか、あえて色を付けているのか。まあ、その辺は重要じゃない。
「じゃ、始めるぞ」
「はい!」
俺が今から教えようとしているプリンは、フライパンで作るプリンだ。
オーブンの温度管理など出来ない。てか、その温度を知らない。レンチンで作れたらもっと簡単だったんだが、俺が説明したレンジに似た機能の物はないようだった。
なので、残された選択肢が、フライパンプリンだった。
俺はメルミーに作り方を教え、時々指示を出し、初めてのプリン作りに奮闘するメルミーを見守る。生憎、今の俺はヌイグルミなので手伝えない。少し申し訳ないが、しょうがない。
けれど、メルミーの手際は良かった。聞けば、料理は家族で持ち回りで作っているらしい。なので、料理の経験は結構あるそうだ。そしてその家族は、今はみんな仕事で出払っているという。
ちなみに、薄茶の殻の卵の中身は、見慣れた黄身と白身だった。
「ゆらちゃん。プリン液、できたよ」
ザルで濾したプリン液を覗き込みながら、メルミーが言う。
「よし、液を入れる容器に、カラメルは入ってるな?」
「うん」
「じゃ、そこに、おたまでそっと液を流し込め。全部の分量が同じようになるようにな」
「分かった」
メルミーは俺の言う通りに動いてくれ、フライパンに水を張って沸騰させていたそれの火を止める。そこにプリン液の入った容器六個を、水が入らないように並べ、蓋をして、また火を点ける。時間を見ながら待ち、火を止めて蒸らし──
「そろそろ、いいと思うぞ」
「出来た?!」
メルミーがフライパンの蓋を外すと、匂ってきていた甘い香りがぶわりとキッチンに広がった。
「お、美味しそう……!」
メルミーは震えながら、え、なんで震えてんの? あ、嬉しくて? 歓喜の震え?
まあ、そんな風になりながらも慎重に容器をフライパンから取り出し、一つを俺に見せてくる。
「どう……?!」
「んー……ちょっと揺らして」
「こう?」
メルミーがふるふると容器を横に揺らすと、中のプリンもぷるぷると揺れた。
「……まあ、大丈夫に見える。で、だ。メルミー」
「うん」
「俺、ヌイグルミだから、食えないよな、これ」
「うん、そうだね」
「プリンの味を知ってるの、俺だけなんだが」
「……!」
メルミーは目を見開き、ちゃんと容器を置いてからよろめき、流し台に手をついた。
「そっか……これが本当にプリンの味か、誰も分かんないんだ……あ、でも」
あ?
「美味しければいいじゃん。問題ないよね?」
ね? と笑顔で言ってくるメルミー。圧を感じる。
「……まあ、そうだな。材料も作り方も変なところはないし……じゃあ、粗熱が取れたら食べてみろ」
「うん! 神様、この恵みに感謝します!」
叫ぶように言って、メルミーは躊躇いなくプリンにスプーンをぶっ刺した。
粗熱が取れたらって言ったのに!
そんでぶっ刺すんだ?! 柔らかさとか確かめないんだ?!
そしてメルミーはプリンを掬い上げ、口に入れる。
「……」
「……メルミー?」
メルミーが動きを止めた、と思ったら、ものすごい勢いでプリンを完食した。
「お、美味しい……! 甘くて、なめらかで、ぷるぷるしてて、卵の香りがフワッとして、カラメルが良いアクセントになってて……! 最っ高だよゆらちゃん!」
怒涛の食リポ。から眼前に顔を寄せてくるメルミー。
「……。美味いなら、良かった」
「これ、絶対学校でウケるよ! ──あぁ、でも、アレルギーの問題があるんだっけ……」
うなだれたメルミーに、ちょっと迷っていたが、俺は言ってみた。
「メルミー。この世界、寒天……食べ物を固める食材ってあるか?」
「え? うん、あるよ。スライム」
「スライム」
「うん。食用スライムを粉にしたやつ。トロミをつけたり、ガッチガチにはならないけど、液体を固めたりできる」
「なら、ゼリーが作れるかもしれない」
「……ゼリー……とは……まさかまたゆらちゃんの世界のお菓子?!」
「ああ、うん、そう」
で、アレルギー対策に、アレルギー症状として出るのは少数派だと聞くいちごのジャムを使い、いちご味のゼリーを作った。
「んー! これも美味しいー! プリンはふわっとぷるぷるだけど、ゼリーはツルッとぷるぷるしてる! ぷるぷるの種類が違う!」
☆
で、課題の提出日。
「行くよ。ゆらちゃん」
メルミーは、学校指定だというカバンを背負い、プリンとゼリーを入れた強度の高いケースを持ち、
「俺本当にこれで行くの……?」
花柄の肩掛けカバンに入れられた俺を肩にかけ、
「うん。それがジャストフィットのやつなんだもん」
と言って、家を出た。
メルミーの提出した課題──俺とプリンとゼリーなのだが、プリンとゼリーは担当の先生にも生徒達にも好評で、事前に説明していたアレルギー症状が出る者もおらず、俺は胸を撫で下ろした。のだが。
俺に、問題があった。
「言語を操る高位思念体どころか、異世界の人間だった思念体だって?!」
魔法の授業の担当の先生はそう叫んで、俺にあれこれと地球のことを聞いてきた。
最初にメルミーがちらっと言っていたので気になっていたが、やっぱり俺は、というか俺のような存在が思念体になって世界を飛び越え召喚されるのは、珍しいらしい。てか、聞いたこともないらしい。
授業の半分くらい、その先生は俺の世界の話を生徒に聞かせ、逆に俺に魔法を教えてくれ、俺が初歩的な魔法を使えてしまったもんだから、先生は大騒ぎした。
「──んんっ! おほん!」
理性を取り戻した先生が咳払いをして、教室の大騒ぎはやっと収まる。先生は居住まいを正し、
「メルミーさん」
神妙な顔になった。
「はい」
「ゆらさんを、大切にしてくださいね」
「はい! もちろんです!」
……何の話?
「え? 俺、これが終わればお役御免じゃないの?」
「何言ってるのゆらちゃん。召喚した思念体は家族なんだよ。あなたは召喚された瞬間からクルビット家の一員なんだよ!」
き、聞いてねぇ。聞いてねぇよ。
てか、前もって言えよ。召喚されてから今日まで、何日もあったんですけど?!
「だからこれからもよろしくね! ゆらちゃん!」
俺を掲げたメルミーは、にこにことした笑顔で。
「……。…………よろしく…………」
俺は、なんとか気力を振り絞って、それに応えた。
ぬいぐるみに転生召喚された。いや、何を言ってるか分からないと思うが(略) 山法師 @yama_bou_shi
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