ぬいぐるみに転生召喚された。いや、何を言ってるか分からないと思うが(略)
山法師
前編
「……」
意識が、浮上する。
……あれ、俺、確か死にかけて……?
「☓☓☓」
「え?」
「☓☓☓☓☓?」
聞き慣れない言葉に顔を上げれば、そこには俺を見下ろす、俺と同じくらい──つまり高校生くらいの年に見える女の子が、にこにこと俺に笑顔を向けていた。
「……は?」
俺はそれを聞いて、首を傾げようとして、
「は、うわっ?!」
体の自由がうまく効かず、右に倒れ込んだ。その時やっと、俺は座り込んでいたのだと気がつく。
そして、倒れ込んだ時、モフ、と跳ねて沈む感触があった。
な、なんだ……?
「☓☓☓?」
彼女は俺を抱き上げ、……抱き上げ? え? 俺、なんで抱き上げられてんの? あっちょっ、ブンブン振らないでくれます? そんな、物みたいに扱わないで欲しいんだけど?!
「やめ、やめろよぉ?!」
なんとかそれだけ言う。両脇に手を入れられて縦に横に揺さぶられていた俺は──なんだか、体に違和感を覚えたが──その言葉を聞いてか手を止めた少女に、また、床へと下ろされた。
「はぁ……何がどうなってんの……?」
俺は目の前の彼女を見上げ、そういえば、と思う。
俺の身長は百七十五センチで、座ったくらいではこんな同い年くらいの女子に見下される高さにならない。そして、ずっと感じている、体の違和感。手足も頭も動くが、一枚膜を隔てたみたいに感覚が鈍い。それでもなんとか状況を把握しようとして、自分の両手を顔の前に持ってきて──
「……は、……え?」
その手に、釘付けになった。
異様に短い腕には、ふわふわした焦げ茶の毛が。手のひらにはフェルトが縫い付けられ、そのフェルトには、指の間を示すように糸が四本縫われている。
「な、なに……? なんだ……?」
見れば足も腕と同じに焦げ茶の毛に覆われ、首はうまく動かせないので見えないが、腹も触るともふもふしていた。
これは、なんだ。なんだ、これは。
俺が一人混乱していると、
「☓☓☓、☓☓☓☓☓!」
いつの間にか左手に開いた本を持っていた少女が、右の手のひらを俺に向け、何かを言った。
すると、その手のひらと俺の間に、緑色の何かが現れた。何かというか、ファンタジー作品でよくお目にかかる魔法陣のようなものが。
「は、はいぃ?!」
緑の光は強くなって、カッ! と眩しく輝き、消えた。
「はい、終わり。言葉、通じる?」
本を閉じた少女が、最初に見たのと同じようににこにこしながら尋ねてきた。
て、え、日本語?
「つ、通じる……けど……」
「やったぁ! 成功! ついでに言語が使える思念体の召喚に成功しちゃった!」
少女はそう言ってバンザイして、その拍子に本が手から落ち、床にバサリと落ちた。
……だから、なにがなに?
「えっとさ、その、状況を説明してくんない? 俺、病床で死の淵にいた気がすんだけど」
「そうだったのかぁ。それで死んじゃって、思念体になったんだねぇ」
少女は、くるくるした長い茶髪が乱れるのも構わずうんうんと大きく頷く。
が、俺にはまだ話が見えていない。
「……俺、死んだの……? 思念体って……?」
「えっとねー……うん、まずはこれを見て」
少女は立ち上がり、横にあった棚らしきものから何か取り出すと、俺にそれを見せた。
「……」
それは、鏡だった。
そして、そこに映っていたのは、焦げ茶色の可愛らしい、クマのヌイグルミだった。
「…………え、……これ、なに……?」
俺が言うと、クマの口元がひこひこと動く。
右手を上げたり、左手を上げたりすると、鏡に映ったクマも同じ動きをする。
「え、……これ、俺……?」
「そうだよ。あなたは私がクマのヌイグルミに召喚した思念体だよ。今のあなたの体はその、クマさんのヌイグルミ」
「え、な、なん……?」
少女は鏡を脇に置き、口を開く。
「学校でね、思念体を召喚する課題が出たの。で、召喚してみたら、あなたが来た」
「え、召喚って、ランダム……?」
「うん。何が来るかわかんない。だから、言葉が通じるあなたを召喚出来てラッキーだよ」
にこにこと笑顔の、俺を召喚したという少女。
「……えっと、話をまとめると」
「うん」
俺が話し始めると、彼女は素直に頷く。
「俺は死んで、思念体? っていうものになって、君……君、なんて名前?」
「メルミー。メルミー・クルビットだよ。あなたは?」
「あ、顕川由良」
「ア・アキラガワユラ?」
「違……顕川が名字で、由良が名前」
「じゃあゆらちゃんだね!」
「……俺、男なんだけど……」
「うん、声からしてそうだと思ってた」
分かってての『ゆらちゃん』なのか。
「で、メルミー……呼び捨てでいい?」
「うん」
「メルミーに、クマのヌイグルミの中? に召喚された、と」
「うん、そう」
「で、それはメルミーの学校の課題……」
て、ことは。
「……俺、その、メルミーの学校で、何か、標本にでもされんの……?」
「ええ?! そんなことしないよぉ!」
メルミーは両手をぶんぶん振って、首までぶんぶん振って、全力で否定する。声だけが、気が抜けてるけど。
「召喚した思念体はちゃんとお世話して……あ、そう! 課題でね、思念体から何かこの世界のためになる情報を得よう! ていうのも、課題として出てるの」
「この世界の、ためになる……?」
「うん。ゆらちゃん、最初私と言葉が通じなかったよね。今は翻訳魔法をかけたから通じるけど。それで──」
「待った」
聞き捨てならない。
「翻訳魔法って?」
聞けば、メルミーは不思議そうな顔をした。
「? 知らない? 言語が違って言葉が通じない人同士がよく使う、言葉を翻訳してくれる魔法」
「いや、翻訳の意味は分かる。……で、魔法?」
「え? うん、魔法」
「……この世界、魔法、あるん……?」
「え? あるよ。当たり前じゃん」
当たり前じゃねぇよ。
「……俺の生きてた世界は、魔法なんてなかったんだよ……」
「……え?」
メルミーは目を丸くする。そこで初めて、彼女の瞳が緑なのだと気がついた。
「え、え、何その世界。初耳。……私、すごい思念体召喚しちゃった……?」
目をキラキラさせてるところ悪いが。
「メルミー、説明する。俺は偉人とかじゃくてただの人間で「人間なの?!」ぅわあ!」
メルミーが勢いよく顔を寄せてきたせいで、俺は驚いてバランスを崩し、後ろにコテンと倒れてしまった。
「あ、ごめんごめん」
メルミーの手によって座り直される俺。……なんか、みじめ。
「えぇと、メルミー。まず、俺達の世界と自分達の説明……自己紹介をしよう。いちいち話が止まって進まない」
「ん、分かった」
俺の言葉に、メルミーは背筋をピンと伸ばす。
……君、素直だよね。
☆
で、粗方お互いの情報を交換し合って分かったこと。
ここは、というかこの世界は、惑星という概念ではなく、たくさんの神々によって作られた世界だということ。
神は大きな大陸を五個作って、一つには人間族、一つにはエルフ族、一つには龍族、一つにはアウィス族を住まわせた。アウィス族という名前は聞き慣れなかったので詳しく聞くと、背中に鳥の翼を持つ、いわゆる鳥人間らしい。そして、残った一つの大陸は、神々が地上に降りてきた時に使う休息地なのだという。
で、この世界。神々の力が満ち溢れ、それはいつしか魔力と呼ばれ、使う際には魔法と呼ばれる。
つまり、ここはがっつりファンタジーな世界だということが分かった。
そして、俺を召喚したメルミーは人間族。ここは人間族の住む大陸で、メルミーは十六歳……俺より一つ年下だった。
まあ、そこはいい。
で、メルミーは学校に通っていて、その学校での魔法の授業の課題の一つとして、俺はこのような状態になったわけらしかった。
そして、逆に俺の世界の話を聞いたメルミーは。
「プリン……チョコ……ドーナツ……ポテチ……パフェ……あんみつ……えびせん……パンケーキ……」
顔を両手で挟み、どこか遠くを見つめてぶつぶつと呟いている。
どうやらこの世界、あまり菓子類が発展してないらしい。メルミーは俺のした菓子の話に、かぶりつく勢いで食いついた。
「お菓子……課題……美味しい……みんな幸せ……」
「……」
てか、いいのかな。科学とか、歴史とか。そういうモンのほうが、目新しくて高い評価を貰えそうだと思うけど。
「ゆらちゃん!」
「ん?」
「その、ゆらちゃんの世界のお菓子を作ろう! 絶対美味しい!」
メルミーは鼻息荒く言うが。
「……俺、ちゃんとした作り方知らねぇよ?」
「ちゃんとしてない作り方は知ってるんでしょ? ね、やってみようよ! これで二つ目の課題もクリアになるかもだよ!」
目をキラキラさせるメルミーを見て、俺は考える。
菓子なんて、買って食うのがほとんどだ。作り方なんて……。
「あ」
「なに?! ゆらちゃん!」
「あー、えっと、もしかしたら、だけど。一つ作れるかもしんない」
「なに? なに?!」
「プリン」
「プリン! あの、甘くてなめらかで食べたらみんなが幸せになれるっていうプリン?!」
俺そこまで言ってねぇ。
「よし! 作ろう、プリン作ろう! まず何すればいい?!」
「うわっ?!」
背中をなんか強く掴まれ、視界が一気に高くなる。
「急に掴むな! 驚くだろ! 俺、まだこの体に慣れてないんだから!」
「あ、ごめん」
メルミーは俺を持ち直し、……。
「……」
胸に抱くのはどうなの? 俺、どうリアクションすればいい? 喜べばいい? 戸惑えばいい?
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