第36話 メロップちゃんと教会

 ヴァルナスではゼインが、アフザにはジュラルドが。

 この調子で行くとコールッタとデリーニ・キールにもそれぞれ精霊がいて、それが原因で、という感じがしなくもないけど……果たして、だね。


「夢幻にあっても、食事はするのか」

「霧幻ならテウラスも使えるでしょ?」

「使えるが、私のものは陥った者を意のままに動かすことはできない」

「私も意のままに、って言うのは無理。これは身体が欲している行動をやらせてあげてるだけ。体に意思がある、みたいな感じかな」

 

 船室で、共に食事を囲むアニーの話だ。

 彼女は眠ったまま食事を摂る。夢幻の術式は夢の中に対象を引きずり込む術式だけど、そのまま放置、では死んでしまう。だから生きるために必要なことは自動でできるよう組んである。


「で、メロップ。どうするんだ? このままコールッタに行くのか? それとも」

「うん。アニーの言ってた古城に行きたい。だから、ゲルアを探したい」

「……そうですね。ゲルアであれば知っている可能性は高いです。ただ、もしよろしければ教会にも寄ってみてはどうでしょう。あそこにも古い歴史に詳しい者や書物がありますよ」


 教会、か。

 ……あんまりいい思い出がないんだけど。


「プレオネがいれば最高権限の書物も閲覧可能、か。私も同行したいところだな」

「俺はじゃあいいや。船番してるよ。本なんか読んだって何にもわかんねーもんよ」


 ああ、もう行く流れなんだ。

 まぁ確かにコールッタより遥かに近いし、ゲルアはどこにいるかわからないし。


 よし、じゃあ空間の海を操作して、船の行き先を変える。

 ジュラルドのおかげで効率化がかなりできるようになったから、これくらいなら体力消費もほとんどない。


「ああ、そうでした。メロップ、たとえどんなことがあっても、教会関係者の前で癒しの力を使ってはいけませんよ」

「む、そうだな。新たな聖女だと担ぎ上げられる未来しか見えん」

「そうなったら俺が教会を焼き払ってやるよ」

「やめてください、アレス。教会には貴重な本がたくさんあるんです」

「本以外はどうでもいい、という風に聞こえるな」


 実際も教会にはあまりいい思い出がないものと思う。

 一度は実質的な勘当をされたようなものだし。大陸統一してからそれは解除されたけど。


 なお、みんながここで言っている教会というのは街や村にある小さなものではなく、教会総本山のことである。


 北へ向かっていた船は、一旦西へ舵を切る――。


*


 あらかじめプレオネが伝達の術式を使っていてくれたのだろう。

 余計な混乱を招くことなく、アレスの乗った船を空中に停泊させ、教会の前に降り立つことができた。


 教会の持つ兵団の作り上げた列。

 その中心を歩く私達。すっごく気まずい。


 前方の厳つい扉から出てくるのは――膝下まである髭を蓄えた老人。と、若い異族の青年。


「聖女プレオネ。……よくぞ戻った。何年ぶりか」

「戻ったわけではありません。聖女権限で閲覧したい書物があったため訪問しただけです。用が済めば出て行きますのでお気になさらず」

「そう邪見に扱うな。ここはお前の生まれた場所。お前が育った場所なのだから」

 

 だから嫌っている、というのは一生伝わらないのだろうなぁ。

 大皇帝アトラスに嫁いできた時のプレオネは、そう、良くも悪くも世間知らずで、いろんなものに対しての偏見が強かった。

 教会の教育方針に口を出す気はさらさらないけれど、恐らくあの教育は今も変わらずに行っているのだろう。

 

 プレオネは外の世界でて、僕と婚姻を結んで、変わった。

 だからこそ古巣があまり好きになれないんだと思う。ここがどれほど異常な教育を施しているのかを知ってしまったから。


「久しいな、エルド。お前も中々に出世したらしい」

「おや、テウラスですか。最大主教様、探求者テウラスです。覚えておいでですか?」

「覚えとるわ。あまりバカにするなと何度言ったらわかるのだ、エルド」

「それは、フフフ、申し訳ございません」


 エルド。

 ……エルド?

 もしかして、狂信者とまで言われていたあのエルド? 教会の為なら何をすることも辞さない、とか言ってた……僕が凄く苦手だったあのエルド?

 変わったね、というかもう誰? ってくらいなんだけど。

 

「そして、そちらのお嬢様は……もしやメロペー様ですか?」

「ほう、大きくなったな。皇帝アトラスの娘……今、何歳くらいか」

「五歳ですよ、最大主教様」

「儂はプレオネに聞いたんだがな。五歳。五歳か。……


 プレオネとテウラスが少し前に出る。

 私を守るように。


「ふん、別に取りゃせんわ。禁書庫を見に来ただけだというのなら、とっとと見て帰れ。許す。火精霊男を上に置いてきた英断は褒め讃えることではあるからな」


 最大主教。教会の全てを取り纏める老人であり、教会の全てを知っている老人でもある。教会の人間はそのほとんどが異族であるけれど、身体的特徴が出ない。

 ……という噂もあるけれど、未だに真偽は不明。


「子供に見せて理解できる内容とは思えんが」

「最大主教様、私の娘を嘲るのですか?」

「事実を言ったまでだ。それとも、五歳で禁書庫の書物を全て理解できる神童だと公言するつもりか、プレオネ」

「……」

「ふん、答えぬのも答えではあるが。――どれ、メロペー。一つ儂と問答をせぬか」

「最大主教様」

「口を出すなプレオネ。ただの問答だ」


 最大主教は私に目線を合わせる。

 ……術式干渉を検知したので、割り砕いておく。そういう試験であれば隠すつもりはない。教会が反抗勢力になるというのなら、私は容赦なく夢幻に誘うつもりだ。


「おっと。……ほう、成程な。それでは、問いだ。『世界が何らかの危機に見舞われ、プレオネの命を奪わなければ世界が滅ぶとわかった時、お主はどうする?』」

「最大主教様、子供にする問いではありませんよ」

「黙っておれエルド。問題ない、この娘子ならば答えられる」


 考えるまでもないことを聞かれて一瞬余計なことを言いそうになったけれど、エルドが口を挟んでくれて助かった。

 落ち着いて――言う。


「命を奪わなければ救えない世界など滅んでしまえばいい」

「……プレオネ。メロペーはアトラスとは会っていないのだったな? タイタンの戦士たちがそういう教育をしておるのか?」

「メロップはあの人の没後一年で生まれた子。会ってはいません。そして私達はあの人の思想をこの子に教えてはいません。けれど、この子は物心ついた頃からこういう思想を持っていました」

「……血、か。ロクでもない血だな。後の世に残さぬ方が良い」


 干渉がまた来た。

 今度は返す形で解呪する。

 びくんと仰け反る最大主教。


「最大主教様?」

「……ふ、ふっふっふ。これで五歳か。先が思いやられるな。アトラスは臆病な皇帝だったが――娘子、お前の目指す皇帝はどんな皇帝だ」

「理想を叶えられるのなら、暴君でもいい」


 反抗勢力を全て夢幻に誘う、恐れられる皇帝でも全く問題ない。 

 それで平和が手に入るのなら。それで命を奪わずに済むのなら。


「そこまでです、最大主教様。禁書庫に行かせていただきます」

「良いだろう。……プレオネ、お前には娘の育成方法を教えておくべきだったな」

「余計なお世話です」

 

 最大主教とエルドの横を通り抜ける。

 その際、エルドからも術式干渉があったので、できるだけ衝撃が大きくなる形で解呪をしておいた。ホント、やめてほしい。

 敵対するなら、容赦はしないから。


 そうして私達は教会に入り、プレオネの案内で禁書庫へ辿り着く――。


*


「儂の術式もエルドの術式も弾き返されたか」

「体の芯にまで衝撃が来ました。あれ、わざとですね」

「……アトラスが没した今、教会の権威を取り戻す良い機会だと思ったのだがな。ふん、止めだ止め。あのような化け物を相手していられるか。……幸い異族ではないようだからな、アレが死んでから儂らの世界を築き始めようぞ」

「それが許されるといいですねぇ」

「どういう意味だ?」

「さぁ?」


 それは、最大主教と狂信者のお話。

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