第35話 メロップちゃんと夢幻
異族、というのは、私はその祖先が「精霊と人間の混血である」と信じていたけれど、キリニーの反応やシレナの存在から考えるに、人間と魔核生物の混血も含まれるらしい。
特異な身体的特徴を持っている者もいれば、精霊や魔核生物と意思を交わすことができたりする者、アニーのように固有能力を持っている者もいたりする。
異族という呼び方がどこで定着したのかはわからないけど、そういう要素を取って異なる、という言葉を用いているはずだ。
人間と異なるから、異族。
何が異なるか。血が混ざっている程度で固有能力を得られるものなのか。それとも脳や魂に異常があるのか。
そういうのを分析していく。
「異族の固有能力を調べる、とは……中々、禁忌に触れて行くな」
「そうなの?」
「触れてはいけない、というより触れられたくない、が正しいか。あるいは恥ずかしい、でもいい」
「……そう、なんだ」
まぁ調べるけど。
アニー、という異族は敵。身内なら遠慮もしただろうけれど、アニーは対象物でしかない。纏っているメティスの幻影に干渉して、術式の構成を読み取っていく。術式は編むものであり、組むものであるから、それを紐解いていけば何を行っているのかがわかる。
異族の使う固有能力とやらは、空間と時間と精神が綯交ぜになった術式……に、何かよくわからないものが混じっているような感覚。
わかる部分から解いて行く。
わからない部分はわからない部分として計算する。
そうすることで、この姿を変える術式は――わからない部分を残して、全解除が可能となるわけである。
出てきたのは、少女だった。
胸の中心にわからない部分を残し、その他すべてを解除した姿は、幼い少女。私と同い年くらいだろうか。
「……本当に解除してしまったか」
「多分この黒いのが異族特有の何か」
「ふむ。……私も、自らの固有能力と向き合ってみるべきか」
アニーの肩を軽く揺すってみる。
起きないか。頬を抓んでみる。起きない。
気付けの術式――もとい刺激臭を嗅がせてみると、突然アニーは飛び上がった。飛び上がるようにして起きた。起き上がった。
空間をひも状にして拘束する。
「な、な、ななな、なに!?」
「おはよう、アニー」
「おはよ……じゃなくて! ここどこ!? アンタ誰……あ、ライの言ってた奴!」
「人を指さすのはダメ。腕も縛る」
元気だ。
元気な子供だった。
「ここはタイタンの大帝国が所有する船の中。君はライとヴィルディに見捨てられて、私達の捕虜になった」
「……あー」
「やっぱりか、って反応だね」
「だってあたし、捨て駒だし。……ライもヴィルディも、助けてくれなかったってことね。じゃ、殺して」
軽く。軽薄に。
あっさりと。なんでもないかのように。
私に逆鱗を踏み抜いた。
「嫌だ」
「なんでよ。あたしを取っておいても何も利益は生まないでしょ。内部に置いておいたら何をしでかすかわかんなくて、あたしの固有能力があれば誰にでも成りすませる。あたしは敵地に侵入して引っ搔き回すの専門だからサ、今あたしをここで殺さないと、アンタ達の国が大混乱になっちゃうかもよ~?」
「そう。それなら、眠って」
夢幻に誘う。
交渉の余地なしと判断した。改心は見込めないと。
「起こしてすぐに寝かせたか」
「……短気すぎた、かな」
「いや、良い判断だろう。この少女は自暴自棄になっていた。今眠らせていなければ、自死を選んでいたかもしれない。捨て駒を自称していたからな、持っている情報も少ないだろう」
夢幻に陥り、くらくらと身を揺らすアニーを椅子に座らせる。
周囲の空間を術式で固めて。
「情報は今聞き出せばいい。――アニー。あなたは何故メティスに化けていたの?」
「……命令」
「誰からの?」
「ライ……」
「あなたのような捨て駒は、あとどれだけいるの?」
「たくさん……異族の子供は、連れ去られて、育てられる……」
夢幻の術式にできることは何も対象を夢に誘い込むことだけではない。
夢中にある対象が何をしていようと、耳に入る音に対して脳が答える言葉は変わらない。自白させることに関しては夢幻の術式が最適だと言える。
「異族の子が連れ去られる、というのは普通に事件だな。環焉の危険度を上げておこう。メロップ、他に抜き出せる情報は無いか? 拠点の位置などだ」
拠点の位置か。
言えないものでも言わせられるけれど、知らないものまでは無理だ。だから。
「環焉の拠点は?」
「わからない……でも、お城、みたいな」
「新しい? 古い?」
「古い……」
古城か。
すぐに調べる必要があるね。
「よし。いいよ、眠って」
「はい」
完全に眠らせる。
今頃アニーは、ライやヴィルディ達と幸せな世界を旅していることだろう。
命を奪え、など。
私に言っていい言葉じゃない。
「……メロップ。自由意志を奪うことは、命を奪うことにならないのかね?」
「ならないと信仰してる」
「そうか。ならばいい」
そうではないと糾弾されるのかと思ったけど、テウラスはそれ以上何も言わなかった。
……わかっている。
私の目指す「誰の命も奪わない」が理想論だということは。
だから妥協点だ。これが。
せめて夢の中では幸せに。
*
夢に入る。
精霊の世界とは違うそこ。いつも通りのバルコニー。
そこに何故かジュラルドがいた。優雅な仕草でジュースを飲んでいる。
「ああ、来ましたか。こんにちは」
「……キリニー」
「私に聞かれてもね。経緯だけ言うなら、この空間の精霊というか精霊モドキ、いきなり夢の中に入って来たと思ったら勝手にくつろぎ始めて今に至るのよ」
「改めまして自己紹介をば。私の名はジュラルド。『残照』という魔法を敷いておりまして、空間の精霊をやらせてもらっています。この身体こそ人形ですが、変換も上手く行ったようですね」
「変換……まさか、物質と術式間で?」
「ええ。お教えいたしましょうか?」
「いや、自分で考えるから良いよ。それよりキリニー、ジュラルドの事知ってたの? ジュラルドがキリニーのこと知ってるような口ぶりをしていたけれど」
それはジュラルドが精霊の世界へ入る直前の話。
キリニーのことを呼び捨てにして、この遜った喋り方じゃなくて。
明らかに知り合い、って感じだったけど。
「空間の精霊は、厳密にいえばコイツだけだもの。それが今や精霊モドキだけど」
「……他の子は?」
「私の子供、あるいは分身になるのでしょうかね。いえ、そもそも式者が空間の術式を編めば、そこに空間の精霊が生まれるものなのですが」
つまり。
「空間の精霊の大本、ってこと?」
「大げさに言えばそうですね」
「そんな大した奴じゃないわ。意識だけを残して、本体は精霊石になんかなっちゃって。情けない。本当に」
仲が良いな、と率直に感じた。
キリニーがここまで心を許している相手。初めて見た。ともすれば私により心を開いているように見える。
「ああ、そうそう。私の精霊石はどうぞお使いください。彼女を癒すために必要でしょう?」
「あ……じゃあ」
「……嫌々だけど、受け取ってあげる」
精霊石をキリニーの隔絶空間に転移させる。
瞬間、その巨大な精霊石がごっそりと削られ、キリニーの一部に潤いが戻った……ような気がした。
「それではお姫様。何から話しましょうか。私の知識を全て捧げるとはいいましたが、何か聞きたいことがおありで?」
「今のところは無いよ。反抗勢力がどこい居るかは知りたいけど」
「申し訳ございませんが、知りませんね」
「ほらね。そんな大した奴じゃないのよ、コイツ」
やっぱり仲が良い。
……なんだろう、ちょっとだけ嫉妬心がある。旧知の仲を眺めるくらい、なんてことはないのに。
それともこれは、アトラスか、アトラスの前の誰かの感傷なのかな。
……さて、そろそろ起きようか。
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