第34話 メロップちゃんと残照

 揺らぎがあった。

 遠目では全く分からなかったし、恐らくアフザ全体に薄い結界が張られていたようだから余計に分かり難くなっていたけれど、これは。


「残影……」

「はい。そう名付けるのが正解でしょうねぇ。意識の複製。これは確かに成功しました。二年ほど前の話でしょうか。環焉を名乗る式者集団がアフザの国王に接触してきましてね。謳い文句はこうでした。『永遠の命が欲しくはないか』と」

「なんともまぁ、ありきたりな」

「フッフッフ、そうでしょう。そうですよ。この国に鎮座する形で存在していた私でさえ噴き出してしまう程陳腐な謳い文句。当然アフザの国王はこれを断りました。『永遠ではないからこそ人間は美しいものを残せるのだ』と」


 歩きながら、アフザの街を見て回る。

 ディミトリを名乗る空間の精霊は最早隠す気はないらしい。嘘もついていない。


「しかし――おかしなことに、彼らとの接触からひと月後くらいですかね。国王がいきなり方針を変えたのです。『永遠の命は素晴らしい』と。そして、まるで病が伝染するかのように国民も賛成していきました」

「……国民の部分は違うけど、ヴァルナスと似た状況、かな」

「だなー。ヴァルナスの国王は脅されたって感じだったが、ここのがそうじゃないとは言い切れねえ」

「先ほどの推理で違うのはここです。私は元々この国にいました。この国を愛していました。……それがダメだったのでしょうね。国王が豹変してすぐ、気付かぬうちに私には使役の呪いがかけられていました」


 使役の呪い。

 良く出てくるけれど、そう簡単にかけられるものじゃあない。相手の術式干渉規模を上回らなければ弾かれるのだから。

 そして、ゼインやディミトリのようなそれなりに強大である精霊、凍蛇やラヴァバードのような気性の荒い魔核生物に呪いをかけるには、近づく必要と、知る必要と、調伏する必要がある。

 

 転移術式の使い手であるライになら近づくことは可能だろうけど、調伏と分析は他の構成員がやっているのかな。


「そして――決行の日がやってきました。国民全員の前に用意された自身を模した人形。素材選びから形の調整まで国民自らが楽しんでやり終えたソレに入る、という段階で、私は無理矢理に術式を行使させられました。それが『意似』という術式。内容はつまり意識の複製です。複製……私の編んだ術式ではないので、これは結果論ですが、もしかしたら環焉も複製という結果に至るとは思っていなかったのかもしれません」

「ただ人形に意識を移すだけに終わる、と。そう思っていたかも、と」

「かも、です。元から全てを知っていた可能性は十分にある。そうして以前話した通り、国民は複製されました。人形の民と人間の民。加えて、人形の私と精霊石となった私」


 そうして、アフザは人形の国になった。

 ……環焉の狙いはなんだろう。アフザを人形の国にすることで、どんな利益がある?


「……あらかじめ言っておきます。これは隠すつもりがあって言っているわけではありません」

「人間の民の、その肉体が消えた、ってこと?」

「……ご明察です」

「探知しても、全くと言っていいほど痕跡が無かった。国民全員がどこぞの拠点で死んだというのなら、人骨の一つでも残っていておかしくない。生活の痕跡があっておかしくない。というのに、全くなかった。つまり」

「はい。人間の民は消えました。襲い掛かって来たとか、争ったとかも嘘です。人形の民にそういった行為への感情はありませんからね」


 嘘吐きな精霊だ。

 もう精霊ではないから、嘘を吐くことを楽しんでいる、というようにも見えるけれど。


「そして、彼らが人形になってから一年後――私は空間の精霊として、彼らの意識が人形から剥離しかかっていることに気が付きました。『意似』なる術式が完全ではなかったのか、人形の材質が悪かったのか。とにかくこのままではアフザの民は本当の意味で全滅してしまう。よって私は、空間を無理矢理固定することでこれを防ぎました」

「……ゼインは、限定域の時間を戻すことで永遠を求めたけれど、あなたは空間の固定で永遠を求めたんだね」

「ゼイン。口ぶりからして、時間の精霊ですか。珍しい……時間の精霊がいれば、あるいはもっといい方法があったかもしれませんね」


 人間は体力を消費して術式を使うけれど、精霊にその制限はない。

 だからこそ精霊は大規模な術式の行使ができる。ただし、人間に術式として使われたり、本来の領分ではないことを続けたりすると消耗する。

 ……ディミトリが私に空間の精霊石を渡してきたのは。


「成程、時間の精霊のこれが『残影』なら、私のは『残照』とでも名付けましょうか。アフザの民はこの国から出ないことで、この結界の中から出ないことで、なんとかその意識を留めています。……ですが、まぁ、無理矢理です。今の彼らは、生前の意識に従って動こうとして、それに人形が追従しているに過ぎない。生きている、とは……言えるかどうか」

「生きてるよ。たとえ人間のアフザの民が認めなくても、私が認める。あなたが今なお命をかけて延命している彼らは、今を生きている」


 子供が駆ける。親が追う。

 大道芸をしている人たちがいる。失敗する人もいれば、成功する人もいる。音楽を奏でている人、歌っている人。

 人形劇に命が無いなどと罵倒する気はない。


「とまぁ、これがこの国の真実です。ご満足いただけましたか?」

「まだ」

「どうぞ、なんなりとお聞きください」


 勿論、反抗勢力である者達がどこにいるのか、とか、接触してきた環焉は誰だったのか、とかも聞きたいけれど、恐らく彼はそれを知らない。

 知っていたら多分教えてくれている。彼は決して人間のアフザの民を恨んでなんかいない。むしろ心配している。


「空間の固定。けれどあなたはそこに含まれていない。あなたは自らの意思だけでその人形に張り付いている。合ってる?」

「素晴らしい。なんでもお見通しですか。ええ、そうです。私は私を術式の効果範囲に含めることができませんので、私だけは『残照』の効果に含まれません。……よって、私が死したり、壊されたり、剥離したりすれば……アフザは本当の意味で崩壊します」

「じゃあ、聞きたいことは三つ。一つは、あなたはここからどれほど離れられるのか、ということ」

「離れる……という発想はありませんでしたが、私は空間の精霊。どれほど離れようとも距離は関係ありません。遠く離れた場所からでも術式の維持は可能です」

「次。あなたは精霊の世界に入れる? あるいは、入った状態でも術式を維持できる?」

「維持はできます。ですが、入れません。私は既に精霊ではなく、精霊の意識の宿った人形の身。かつては簡単に開くことができていた入り口も、最早干渉することさえままならず」


 そうか。

 ならば、ここでやるべきはただ一つだ。


「聞きたいことの最後は、択。私の星に移り住んで永遠を過ごす選択と、私の祝福を受け取ってここで永遠を過ごす選択。どちらを取る?」

「……どちらもお断り、というのはできなさそうですね」

「うん。断るなら祝福を無理矢理授ける」

「フッフッフ、それを呪いというのですよ。……こちらからも聞きたいことがあります、お姫様」

 

 ディミトリは、持っていた杖をくるくると回して――私に突き付ける。


「私にそこまでの施しを与える理由は?」

「環焉の目的はあなたの自壊。けれどあなたが壊れない限り、環焉の目的は果たされないと踏んだ。だからあなたを保護したい」

「私の為ではない、と」

「私は命を奪うのが怖い。けれど、自然の摂理によって死に行く命を引き留めたりはしない」


 たとえそれが、騙されたり、使役されたりした末の摂理であっても。

 私はそこに感情を抱かない。


「ふ……では、最後の質問です。お姫様――いえ、精霊の愛し子よ」

「何かな、ジュラルド」

「おお! ……フフフ、良いです。そう、我が名はジュラルド。姫よ、愛し子よ。あなたは私を取り込んで、何をするおつもりか。あなたの星には既に数多の空間の精霊が住んでいる。私を取り込んだところで、さしたる拡張はされませんよ?」

「アフザの民を殺したくない。――それ以外に理由が必要?」


 自然の摂理によって死に行く命を引き留めることはないけれど。

 今目の前で彼を見捨てたら、アフザの民が死ぬとわかっていて、それを放置できるほど私は強くない。

 ここに鍵があるのだから、それを守るのは当然だ。


 だから。


「っしゃぁ、ようやく出番ってな! いくぜ、火霊ワルカ!」


 ディミトリ改めジュラルドを破壊せんと飛来してきた槍。それを空中で消し飛ばすアレス。上空の船には既に巨大な結界が張られている。流石プレオネ。

 テウラスがアレス用の足場を作り始める。


「安心して、ジュラルド。――もう、解呪した。あなたにかかっていた使役の呪いと自爆の呪いはもう存在しない」

「……フフフフ、なんてことだ。キリニー、大精霊よ。今代の愛し子は世界を変えるぞ」

「私の星へ来ることを了承してくれる?」

「こちらから頭を下げましょう――どうか、私を迎え入れてください、お姫様」


 槍だけでなく矢も多く飛来する。

 けれど、アフザには届かない。結界が弾いている。

 

「アレス、テウラス! あの一番高い建物より上で迎撃して! じゃないと、ジュラルドの結界を壊しちゃう!」

「了解だ、お姫様」

「任せろ!」


 精霊の世界への行き来も改良を続けている。

 前までは自分が入らないと入れなかったけれど、こうやってその時の移動を固定化して、それを扉の形にして。


「フ、フフフ。空間の精霊の前で新たな空間の術式を編み出しますか。……ありがたい。あとで必ず、私の知識の全てをあなたに捧げましょう」

「うん、待ってる」


 ジュラルドを精霊の世界に入れて、扉を閉じる。

 アフザの結界が揺らぐことは無い。『残照』に翳りが生じることもない。どころか強化されたように見える。精霊の世界に入って休息が可能になったからだろう。


「こっちは終わったよ、二人とも!」

「んじゃ、どっかから飛んでくるこの攻撃全部弾いて上の船に戻れば終わりだな!」

「メロップ、アレス。この攻撃は転移術式の応用で飛んできている。式者の判別は不可能だ。つまり」

「逃げるが勝ちってこったぁ!」


 ぐい、とアレスが私を抱く。そして――跳躍した。

 物凄い衝撃と共に、一瞬でアフザが視界から消える。というかもう目の前に船があった。

 ……今、術式の気配を感じなかったんだけど、もしかしてただの跳躍?

 アレス、君は……。


「メロップ、テウラスを引き上げられるか?」

「あ、うん」

「っと、必要ない。君が速すぎるだけで、私とてこの程度の高度は昇り得る」


 空中に足場を作って登って来たらしいテウラス。う、うん。普通はそうするよね。一息で、は無理だよね。私にはどっちも無理なんだけど。


「出航するぞ! プレオネ、結界もう少し大き目で頼む! 火矢が帆に当たる!」

「メロップ、もうやることはないんだな?」

「……うん。やることはないというか、できることがない。アフザはこのままでいい。だから、次は」

「直線距離で一番近いのはコールッタか。進路を北へ! コールッタへ向かうぞ!」


 環焉の目的。

 たしか、支配からの開放とか何とか言ってたけど。

 ……そろそろアニーって子を尋問するべきかな。

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