第33話 メロップちゃんと火霊
恐らく相手はアフザの元住民は集団で行動しているはずだとあたりをつけて、上空から探して回ること一日。
いない。
どこにもいない。
活動拠点を変えたのか、はたまた探知の届かないところにいるのか。構造物の中にいようと地下にいようと洗い出せる術式を使っているから、隠れているがゆえ、というわけではないはず。
「メロップ。あのディミトリっつー人形がなんなのか、ってのはわかってんのか? お前は知らないだろうが、元のディミトリってのは死んでるんだ。他の人間が人形の複製だとかってのは俺にはよくわかんねえが、少なくともディミトリだけは別モンだよ」
「アレは多分、精霊だと思う。人形に宿った精霊。なんらかの契約か呪いで縛られてる」
「まーた精霊か。案外多いのかね、精霊ってのは。人間にちょっかいかけたがる奴らはさ」
「アレスの近くにいるのも、精霊だし」
「んぁー、まぁそうなんだが」
はじめ、ディミトリは死んでいる、ということを認めていたあの人形は、けれど途中から人間の自分がいることをさも当然のように話していた。整合性の取れないでっち上げを混ぜ込んでいる証拠だ。
幾つ嘘を混ぜ込んでいるのかまではわからないけど、もし全部が嘘なら。
「こんな暇な機会あんましないから聞いときたいんだけどよ」
「なに?」
「俺の周りにいる精霊って奴には、名前とかあんのか? お前の父親曰く、俺自身を大層慕ってくれてるらしくてさ。そのせいでガキの頃は色々悩まされたモンだが、今じゃ家族……とはちょっと違うが、ま、付き合い方を覚えた仲間みたいに思ってる」
「そう、なんだ」
「おう。だってのに姿も見えなければ声も聞こえないじゃ寂しいだろ? でもテウラスもゲルアも努力してどうにかなるモンじゃないっつーしよ。んじゃ、せめて名前だけでも知りたいのさ」
変わらない。
アレスは昔から変わらない。火の精霊が自身を慕っていることに困っていた時も、決して彼ら彼女らを悪く言うことは無かった。困った、とは言っていたけど。
それで、今度は名前を知りたい、か。
そんなに優しくしたら、もっと付き纏われると思うんだけど。
「……アレス、私を信じてくれる?」
「何回聞くんだよ。当然だろ」
「じゃあ、目を瞑って。テウラス! ちょっとの間見張り変わって欲しい!」
「構わないが……ふむ。また何か面白そうなことをやるつもりらしい。ソレは、夢幻の術式の改造版だな。あとで何をしたか教えてくれ」
「うん。――じゃあ、アレス」
そう、これは夢幻の術式と同系統の術式。
精神に関わるそれの名を、
次の瞬間、私はアレスだった。
「……眩しい」
「うぉっ!? なんスかこれなんスかこれ! 兄貴の中に愛し子様がいるスよ!」
「ちょっと今代の愛し子さん、やめてよ! アレスの苛烈な気配に、あなたみたいなしみったれたのが混じったらどうするのよ!」
「単純に邪魔。どいて」
「そしてうるさい、と」
いっぱいいる。
輝かしく、煌々と光る火の精霊達。
性格は様々で、数は……数えきれないな。慕われているというか、この辺の火の精霊を全部集めているというか。
今私はアレスに憑りついている。意識の複製、という術式を聞いてから対抗策を講じていた時に出来上がった術式だ。
私には精霊が見えるから、アレスの視界にいる精霊も見える、というそれだけの話。
「代表者とか、いたりする? アレスが子供の頃から一緒にいた子とか」
「俺ス俺ス!!」
「あたしよ!」
「みんなそんなに変わらない。抜け駆け許さない」
全員、と。
それに、聞く質問も悪かった。精霊と人間とでは時間の尺度が違うから。
「さっきアレスが言ってた通り、アレスは君達の名前を知りたいらしい。力を使わせてもらっていて、仲間だと思っているのに、声も聞こえない姿も見えないじゃ不義理だから、せめて名前だけは、って」
言えば、一斉に押し黙る火の精霊。
音として待機中を伝わる人語を解せる精霊ばかりじゃないから、よほど衝撃的だったらしい。興奮冷めやらぬといった表情で話しかけて……来ない。いや、来ようとして止まる、を繰り返している。
全員が全員だ。
「もしかして、恥ずかしいとか?」
「……その、別に、俺達は良いんスよ。覚えて欲しくて兄貴のそばにいるわけじゃないっていうか、覚えてくれてたら嬉しいけど、そりゃ、そうスけど」
「これだけの数がいるし、全員が全員いつもそばにいるわけじゃないしねー。契約しているわけじゃないから、確約はできないのよ」
「……あくまで私達は、自分の意思でアレスを見守っているだけ」
でないと、と。
火の精霊たちは続ける。
「でないと、アレスが
「……まぁ、精霊には精霊の事情があるんだろうけど。それならアレスにはなんて言っておけばいいかな。今までのように『火の精霊』だとか『お前ら』だとか、そういう呼び方でいい?」
「ええ、構わないわ。抜け駆けすると後が怖そうだし」
「ついでに言うと、名前なんて呼ばれた火には出力狂ってまた迷惑かけちまいそうス」
「わかる」
な、るほど?
そういう関係もあるのか。いや、参考にはならないけど、面白い話だ。
けど、それはやっぱりアレスが寂しがるだろうから。
「
「あー、総称で、ってことスか。……いいスねそれ!」
「そんな名前の精霊もいないし、丁度いいかも。私達のことだってすぐにわかるのも良い」
「流石愛し子」
気に入ってくれたらしい。
それじゃ、ワルカ達の要望通り出て行くことにしよう。
テウラスにまかせっきりもよくないし。
戻る。
「おー? 終わったのか?」
「うん。一人一人の名前じゃないけど、全員合わせてワルカだって」
「ワルカ。ワルカか。おっし、じゃあ今度からそう呼ぶわ!」
「あ、だけどあんまり意識されると調子乗っちゃうんだって」
「ガキん時みたいにか。了解了解」
好評を得られたようで良かった。どちらにも。
太陽の傾きから見ても、そこまで時間は経っていない。テウラスの様子も変わりなし。
さて、じゃあまた反抗勢力探しに戻るとしよう。
……シレナとアニーが起きるのとどっちが早いかな。
*
二日かけて周辺域を探して――いない、ということがわかった。
探し漏れじゃない。いない。
アフザの人間は、もうどこにもいない。
「そうですか。どこぞで野垂れ死んでしまいましたかね」
「そう思う?」
「そう思わないということですか?」
だから今私達はまたアフザに戻ってきている。
前と同じように出迎えてくれたディミトリ。けれど、こっちの雰囲気を感じ取っているのか――どことなく臨戦態勢に見える。
「教えて欲しいのは二つ。意識の複製は故意なのか事故なのか。そして、反抗勢力はあなた達なのかどうか」
「おや、私達が人間の自分たちを殺したのかどうか、については聞かないのですか?」
「聞いて意味のあることと思えない。現実、人間のアフザの民は存在せず、人形の民しかいない。あなたたちが殺していても外で飢え死にをしていても、今現在の私達には何も関係がない」
アフザ。
友好的な国だったが――残念は残念として違う場所にしまっておく。
今やるべきは悲しむことではない。
「さっき聞いた二つを言わないのなら、貴方達を夢幻に誘う」
「できるんですか? 私達は人形。脳のある人間と違って、意識だけの存在。それを夢に誘うなど」
「それは、やってみせろ、という挑発と受け取るけれど」
霧を発生させる。霧幻でも同じことができるのだ。やってみせろ、というのなら、やる。躊躇はない。
「……やめておきましょう。質問に答えます。まず、意識の複製について。これは事故ではない、というより、半分事故で半分故意です。私を含めると語弊がありますが、アフザの人間は自分たちが人形になることを知っていました」
「人形の意識を移すことを了承していた。けれど術式が成功した時、移された意識と残った意識があって、結果的に複製されたことになった?」
「理解が早くて助かります。流石は大皇帝アトラス様の娘だ」
何があったか。
……何か、のっぴきならない事情があって、生身を捨てる選択をしたアフザの民。
それが今の結果につながったと。
「そして反抗勢力は私たちなのか、についてはいいえ、と答えます。見ての通り、人形に意識を移したアフザの民は感情の一部を欠落しました。誰もが毎日を楽しく暮らし、過ごし、飲食や傷病に怯えることもなく――誰も、外に出たいと思わない。思えない」
「ああ、だから」
「ええ、国内でのみ芸術が発展していっているのはそのためです。彼らには外の世界への興味がない。だから反抗勢力になどなり得ない」
納得のできる話だった。
何故って、このアフザ。足跡が周辺にないのだ。内へ向かうものも、外へ向かうものも。長い間外に出ていないことがわかる。
「では、そろそろ私の正体でも明かしましょうか。ああいえ、お姫様の推理だけは聞いておきたいですね」
「……別に、推理でもなんでもないけれど。ディミトリさんは死んでいる。あなたはそれを名乗っている。ゆえにあなたはアフザの民ではない。そして事情を深くまで知っていて、且つこうして来国者が現れると門前払いするかのように立ちふさがる様」
彼がくれた空間の精霊石。
何度も言うけれど、精霊石とは人間の世界で精霊が死んだときに出来上がるものだ。
意識を人形に移した時、突然その石が出て来たというのなら。
「あなたは空間の精霊。だけど、人形に意識を移したことで精霊ではなくなってしまった。空間の精霊としてのあなたは死に、精霊石だけが残った。……そして、恐らくだけどアフザの民が何者かと取引をして、その時に使役されていたのがあなた。意識を移す、という大規模術式の行使者もあなた。けれど巻き込まれ、いいえ、生贄とされ、せめてもの善意でここを守り続けている」
「……」
ディミトリは、立ち上がる。
アレスとテウラスが少し腰を落としたけれど、必要ないと思う。
「素晴らしい! ――あなたになら、彼らを任せられる。どうぞお入りください。答え合わせの時間と行きましょう。数年前のアフザで何が起きたのか、その全てをね」
彼はそう優雅に、帽子を持ち上げるのだった。
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