第32話 メロップちゃんとアフザ
船はアフザ近郊の港湾都市へ辿り着いた。
帝国、それも本城の紋章を掲げた船の来航は港湾都市をざわつかせた。
ここからは馬車旅だ。アフザは内陸側にあるから、ある程度まで馬車で行く必要がある。
本来なら、だけど。
シレナとアニー。共に眠りつく二人が乗った船をここへ置いておくわけにもいかず、またそれらの護衛にタイタンの戦士たちを割いては本末転倒も良い所。
だから海を持っていくことにした。
海という空間を掴み、空間を海と見立てて船を進める。それなりに巨大なこの船が空を飛ぶ様は、しっかりとした威圧になったことだろう。没したはずのアトラスがいなくとも、これくらいはタイタンの戦士たちのみで可能である、と。
「体力は大丈夫か、メロップ」
「うん。私も、成長しているから」
「そうか」
風を受けて帆を膨らませ、船がゆったりと空を飛ぶ。
時折何を狙ってか近づいてくる魔核生物はアレスが幻炎で追い払い、そのまま悠々と――アフザの上空へ至った。
違和感。
「……賑わってんな」
「うん。崩壊したんじゃなかったの?」
「報告ではそうなっている。だが同時に、こちらの船を見てざわつきもしないとは、中々豪胆な民だ」
「……恐らく、人形術式ですね。魔核生物ではない、人工のゴーレムの類。今アフザにいるヒトの形をしたものは、その全てが人形でしょう」
徐々に高度を下げ――ることはない。
火矢などの届かない位置に船を待機させて、私とアレス、プレオネが降り立つ。
賑わいは消えず、ざわつきは起きない。
一歩。踏み出してみた。
「おや、タイタンの戦士の方々ではありませんか。お久しぶりです。ワタシのこと、覚えておられますか? ディミトリというのですが」
気配はなかった。
人間の気配じゃない。術式の気配。それも、今組み上がったというような印象を受ける。
「ディミトリ? あぁ、覚えてんぞ。……覚えちゃいるが、お前はディミトリじゃねえだろ。なんせディミトリは」
「死んだのだから、でしょう。まぁそうです。あぁ、女性もいるようですし、立ち話もなんです。どこか座れる場所へ行きませんか?」
「不要」
簡単に術式を編んで石のベンチを作る。
何が起こるかわからない場所に招き入れられること。さっき怒られたばかりだ。今度はこっちの土俵でやらせてもらう。
「……お嬢さんは、見ない顔ですねぇ。しかし、なんという術式の精度か。大皇帝アトラス様を思い出します」
「私はアトラスの娘」
「娘! ああ、そうでしたか。そうですか、そうですか。それでは、ここで話しましょう。このアフザという街に何が起きたのか。――なぜ私がディミトリを名乗っているのか」
ディミトリを名乗る人形は、ベンチへと座って。
神妙な様子で話し始める。「まず、」と。前置きをして。
「見ての通り、私も、このアフザの人間も、誰一人として本物ではありません。全員が人形です」
「……うん。この人の言うことは正しい。生存者はいない。全員が……人形」
「生存者、という言い方をされると困ってしまいますね。……これは、大皇帝アトラス様の没後に起きた世にも奇妙な事実なのですが……今から言う言葉を信じていただけますか?」
「真実かどうかは私が判断する。話して。話さないのなら、自分で調べ尽くす」
「おお……ふふふ、アトラス様のことを揶揄するつもりはありませんが、彼の大皇帝には無かった我の強さ。なるほど、プレオネ様の血が強く出ているのですね」
プレオネは何も言わない。アレスもだ。
交渉役は私。私が決めたことをやっているのだから、当然に。
「ある日、です。ある日の事、突然私達は人形になっていました。……ただ、おかしなことに、隣に人間の私達もいたのです」
「……それで、あなた達は人間の方を排斥した」
「とんでもない。私達は"こうなってしまったことは仕方がないので、兄弟が増えたとでも思って共に生きて行きましょう"と言いました。ですが人間の私達はそう思わなかったようですね。私達を蛇蝎の如く嫌い、気持ちが悪いと蔑み、あまつさえ私達を破壊せんとしてきたので、仕方がなく応戦しました」
「疲労がある分、人間の方が不利」
「ええ。この人形の身体、疲れもしなければ眠くもならず、腹も減らず。痛みも感じない上に喉も乾かない。まさに理想の身体でして。不便極まりない人間との、加えて性能が同じ自分同士との戦いとなれば、こちらに軍配が上がるのも自明の理でした」
意識の複製術式。
……私に使えるものじゃない。恐らく異族の固有能力。けど、規模が異常だ。
一夜にしてアフザの全員の意識を人形に複製する、なんて……そんなことが可能なのか。
あるいは精霊石を使ったか、術式を増幅する、という術式を用いた者がいるか。
なんにせよ、これは。
「人間たちは、どこへ?」
「風の噂では、盗賊に身を窶したとか」
「アフザの民が帝国そのものへの反抗勢力になりつつある、というのは知っている?」
「いえ……ああ、あらかじめ言っておきますが、人形である私達にそのような意思はありませんよ? 見ての通り、私達は日常が幸せですので」
楽しそうだった。
大道芸人や音楽隊。食事が必要なくなったからだろう、アフザの民、その人形たちは、芸という形で幸福を実現しているように見えた。
「ディミトリ。あなたは今でも人間の自分との共存を望んでいる?」
「彼らが私達を害さないのであれば」
「人間のあなた達が、帝国に反抗する理由に心当たりはある?」
「ふむ。……ふむ。正直ありませんね。私達アフザは帝国に侵略されたというわけではありませんし。産業においても貿易にしても良くしてもらっていましたし。まぁ必要なくなりましたけど」
そうだ。アフザとは良好な関係を結んでいた。
だからアフザが反抗勢力になったと聞いた時から疑問だった。なぜ、と。
「私達を害すことが無いのなら、この街を調べてもらって構いません。恐らく私達は何らかの術式で動いておりますので、それを解呪することだけはやめていただければ」
「……いや、この街に鍵となるものは何もない。精霊もいない。もう分析し終わった」
「そうか。んじゃ、ここにはもう用はねぇんだな?」
「そうだね。人間たちの方を探さないと」
「……ふむ。これからもアフザが帝国と良好な関係を築いていくための礎として、これを渡しておくとしましょうか」
手渡しではなく、アレスに向かって投げ渡されたもの。
それは。
「……空間の精霊石?」
「私達が人形になる前と後で変わったもの。それがその石です。式者が置いていったものか、何らかの要となるものか。どちらにせよ私が持っているよりあなた達が持っていた方が良いでしょう」
空間の精霊。その死骸。
……ふむ。ただの意識の複製ではない、のかな。術式としては……もう少し複雑そう。
「二人とも、船に戻ろう。人間のアフザの民を探したい」
「おうよ」
「ええ」
浮き上がるプレオネとアレス。
私も追従しようとして、ふとディミトリを見た。
「どうかされましたか、お姫様」
「……嘘を吐くなら、相手は選んだ方が良い。子供なら騙せると思っているのなら、次はない」
「っ……ふふふ、はい。肝に銘じておきましょう。肝などありませんが」
船に転移する。
さて、目指すは……どこだろう。
とりあえず周辺域を探し回って、それっぽい拠点に突撃するくらいしか思いつかないけれど。
……空間の精霊石、ね。
とりあえず、精霊の世界にしまっておこう。精霊石はただそれだけで何かと危ないから。
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