第28話 メロップちゃんとセイレーンの巣

 航海は途中までは順調だった。環焉の襲撃もなく、アニーが目を覚ますこともなく。ただ、だからこそ途中から最悪になった。


 大時化――ストームバードがいたからもしや、とは思っていたけれど、嵐が私達を追いかけてきていたらしい。進行方向と同じ方向へ嵐が進んでいるから、中々抜け出せない。

 転覆の危険こそないものの、帆は畳まねばならなかったし、船の揺れも激しい。

 船内設備の固定化は必須だったし、時折方角を確認して進行方向の調整も必要になった。

 

 どこぞの島へと一時停泊も考えたけれど、帝国の船というのは良くも悪くも目立つし波紋を生む。

 無人島などほとんどないこの海域で、となると方針としては微妙。

 このまま嵐と共にアフザへ突っ切るのが最適解……と全員で決めたあたりのこと。


「メロップ」

「っ、……ああ、あなたが霧の精霊ですか」

「ええ、そうよ。でもそんなことはどうでもいいの。周辺の霧に、私以外の霧の精霊がいるみたいで、霧での防護に乱れが生じるかもしれない、ってことを伝えたくて」

「他の霧の精霊?」

「多分、ね。霧の精霊にしては……どこか魔核生物に似た気配だったから、少し心配で」


 魔核生物に似た霧の精霊。

 ……なんだろう、それ。聞いたことが無い。


「テウラス」

「生憎と、こちらも聞いたことが無い。霧の精霊よ、その精霊はこの海域に漂っているものか?」

「いいえ。おすすめはしないけれど、外に出て、東に見える小島……に、気配の中心はあるわ」

「小島?」


 海図を開く。

 大時化だから大まかな位置になってしまうけれど、このあたりに小島なんかあったかな。

 ……いや、ない。無い、はず。海底火山の噴火などでできた新たな島というのなら知らないけれど、そんな大変動が起きたら帝国にも報告があがっているはず。


「それと、これは言葉に出し難いんだけど」

「うん、いいよ。何でも言って欲しい」

「結界のようなものを感じるわ。私に空間や結界のことはよくわからないけれど、この大嵐も霧の精霊も、どこか異質で」


 同時だった。

 キフティが異質だと言葉を発したのと、外に出て警戒を行っていたアレスが船室のドアを勢いよく開けたのは。


「メロップ、プレオネ! 前方に障壁を頼む! ――座礁するぞ!」


 咄嗟に空間宥和を編む。

 プレオネは硬い結界を張ったようだけど――何か強い勢いが船体を後ろから押している。障壁じゃない、後退するような術式を編むべきだった。


 強い衝撃が船を揺する。


「座礁……だと? どこに、というかもっと早く気付けなかったのか、アレス」

「突然島が現れたんだよ! 嘘だと思うんなら外出て来い陰険メガネ!」


 突然現れる島。

 結界。霧の精霊。大時化。そしてこの術式は。


 アレスの横を抜けて、船室の外に出る。

 相変わらず雨脚は強いけれど……なるほど。


 船は本当に、島の砂浜へと乗り上げているようだった。


「……キフティ、時の精霊の気配はある?」

「いいえ。ここにあるのは霧の精霊の気配だけ」

「となると、霧の精霊がこの島を作ったか、あるいは隠していた、と考えるのが普通……」


 早速空間に対して分析を始める。

 ……仕組みは、どうやら後者のようだ。隠されていた島。海図にない島。それも、こんな至近距離にならないと気付けない程のとなると……。


「キフティ、一旦術式の世界へ……キフティ?」


 横。そして背後を見る。

 キフティも、船も。だから、アレスもプレオネもテウラスも、いない。


 転移術式の感じはしなかった。

 どちらかというと結界。ああ、だから、そういうことか。


「霧を吸い込んだのが間違いか……」

「うわっ、いきなりばれた!?」


 体内から術式で編まれている霧を排出する。も、場所は変わらない様子。

 とりあえず周囲の支配権を自身に戻すために干渉を重ねて行くけれど、中々に硬い。量の問題というより条件付きの……だから、呪いの類か。

 はぁ、また呪いか。この島が呪われているのか、それともこの島にいる精霊が呪われているのかまではわからないけれど……解呪してよいものなのかどうかが微妙だなぁ。

 これ、解呪したら海にドボン、とか無いよね。

 泳げないことは無いけど、大時化の海で通常通りの泳ぎができるかと問われたらまず無理だ。霧船の類を用意しておくべきか。


 いずれにせよなんにせよ、まずは目の前の物事に目を向けるとしよう。


 ずらり、と。

 

 私を、まるで生贄か何かのように囲う――魔核生物の群れ。

 セイレーンという種だ。歌で海を行く人間を惑わし、溺れさせて餌にする魔核生物。上半身が人型だからか、人語を理解する種もいると聞いていたけれど、実際に見るのは初めて。


「よ――よく来たな、ニンゲン! ここなるはセイレーンの巣! そしてオマエは、餌だ!! た、食べてやるぞー!! どうだ、怖いだろ!!」

「……代表者は、君? それとも生贄が君?」


 私を取り囲むセイレーンの表情は読み取れないけれど、目の前で元気よく何事かを喚きたてているセイレーンの子供は、どこか哀愁漂う気配があった。

 交渉役として選出されたにしては幼い。それに、何か死を覚悟しているような声の震えがある。


「な、何言ってるんだ! ボクたちはセイレーン! オマエを食べるんだぞ! 怖がれよ!」

「あまり長居はできない。私を守ろうとしてくれる人たちは、みんな過激だから――最悪島が消える。問題が起きているのなら、その前に解決を手伝う」

「話聞けよチビ!」

「……人語を解せるのは君だけ? それとも他のセイレーンは私の言葉を聞く価値のないものと捉えているだけ?」


 見たくない。

 アレスが、彼女らを焼き払う様など。穏便に済むのならそれでよしとしてほしい。


 返事はなし。

 どころか、くすくすと笑う声まである。残念ながら私にはこれがセイレーンの鳴き声なのか、本当に笑っているかの判別がつかない。


「わかってんのか!? ここに精霊なんか入って来られないんだ、オマエみたいなチビを助けてくれる奴なんか」

「冷蛇」


 空気中、及び地面に溜まっている水を凍らせ、蛇のように空間を這わせる。 

 入って来られないだけだ。私の世界にいる者には関係のない話らしい。


「な……なんで」

「動揺はしているけれど、何か指示を飛ばすことはない。他のセイレーンは人語がわからないみたい。君は、もしかしてセイレーンと人間の子?」

「……っそんなことはない! ボクは純粋なセイレーンだ!」


 つまり異族だ。 

 成程、成程。魔核生物の群れに異族が一人いたら、そりゃ捨て駒にされるだろう。異質であるということは、ただそれだけで排他の対象になる。


「私はこの島にかかっている呪いを解くことができる。――してもいい?」

「だ、それはダメ! ボクらの棲み処がなくなっちゃうじゃんか!」

「ここ以外にないの? セイレーンの住める場所」

「無いから言ってるんだよ! どこ行ってもニンゲンばっかで、ボクらは駆除の対象なんだ! お願いだからやめて!」


 ……。

 霧の精霊に呪いをかけて、この島に無理矢理縫い付けて、この島を隠す……という行いをした誰かがいるはずだ。

 ただしそれはセイレーンたちを守るため、と?

 確かに周辺海域の島には全て人間がいる。魔核生物であるセイレーンの居場所はない、か。

 

 命。

 魔核生物も、勿論生きている。


 けれど精霊だってそうだ。呪われた精霊は――どうなる。いつか、魔核生物になるのだろうか。ゼインのように夢を見せられるだけに終わらなかった精霊は、果たして。


「とりあえず、式者に会わせて欲しい。叶うなら精霊にも。それと、外の船に近づかないで。私はあなたたちが死ぬところを見たくないし、死んだ事実を知りたくない」


 叶うのなら、不殺でこの島を出たい。 

 余計なしがらみがあるのなら全て解くし、何か複雑な事情があるなら聞くから。

 誰もが不幸になるようなことは、やめてほしいな。

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