第27話 メロップちゃんと出航

  精霊の墓所から少し離れた所に安置された、ゼインの遺体。

  原型をとどめていない彼の遺体は、けれど術式の痕跡がしっかりと残っていた。


「時の精霊なんて、珍しい。とうの昔にいなくなったものと思っていたけれど」

「精霊にも絶滅とかあるの?」

「ええ、勿論。術式として使われなくなって久しい精霊は、いつしか自身の形を忘れていくものよ。地水火風の精霊は頻繁に使われるからいなくなることはほとんどあり得ないけれど、あなたのよく使う空間や霧なんかのマイナーな精霊はそこまで多くないの」

「え、じゃあキフティ、君良かったの? 霧の精霊になって」

「だってあなたがずっといるじゃない」

「それはそうだけど」


 キリニーとキフティ。

 口調がほとんど同じな上に声も似ているから聞き分けが難しいけど、まぁ博識な方がキリニーだ。そしてどこか刹那的なのがキフティ。


「にしても、大精霊様をこの目で見る日が来るとは思わなかった。時の精霊より珍しいのだし」

「私もこんな頻繁に呼び出されるとは思ってなかったけど」

「術式の世界では先生といってえ差し支えのない二人なんだから、呼ばない方が勿体ないでしょ」


 改めてゼインの遺体を見る。

 夢幻の術式。精霊用に、というかゼイン用に調整されたそれ。波長を合わせればできない話ではないとあの時自分で言ったけれど、それは本当に至難だ。精霊の波長、というのがどれほど見分け難いか。精霊が見えるようになってから、顕著にわかる。


 ゼイン。彼の傍に居続けた者で、ゼインという精霊がいるのを知っていたのは――やはりヴィルディになるのだろう。あの口ぶりからして。

 けれど彼は術式に疎い様子だった。精霊が見えていながら術式が使えない、ということがあり得るのだろうか。


「基本的にはあり得ないわ。一点、見えるのに使えない、という状況を強いられている場合を除いて」

「……呪いってこと?」

「多分ね。精霊を見ることのできる体質でありながら、術式を使えないよう縛られていた。だから疎かった……あるいは、今も縛られているのかもしれないけれど」


 そういうことになると、今度はやっぱりヴィルディが何故環焉にいるのか、という話になってくる。

 敵対組織であるはずだ。あの残影を見る限りでは。

 けれど、呪いで縛られているのなら、認識のすり替えなどで無理矢理使役されている可能性も出てきた。あの邂逅時には見えなかったけれど、奥の深いものなのかもしれない。


 あと、ゼインの遺体で気になるのは、これ。


「呪いの残滓……どんな呪いだったのかまではわからないけれど、ゼインにも何らかの呪いがかかっていた、みたい」

「精霊に呪いを、ねぇ。術式だけでも信じられないのに、そこまでとなると……どこぞで精霊についてを研究している機関でもありそう」


 呪い、契約、祝福はそれぞれ術式が姿を変えたものであるけれど、術式と同一であるわけではない。それぞれがそれぞれに編んだりかけたりする時の制約があって、特に呪いは扱いが難しい。

 対象に呪いを弾かれた場合、式者に呪いが全て戻ってくるからだ。

 契約みたいな同意のもと、であればそんな危険性はないんだけど、だからこそ呪いを精霊にかける、というのは相当の練度が必要なはず。

 

 ……ライ。彼女が一人でやっているのだとすれば……いや、年齢的におかしい、か?

 ヴィルディが子供だった頃から呪いをかける必要があるから……ああでも、呪い使いがライだけと決まったわけじゃないか。


「そういえば、ゼインから貰った祝福は開けてみたかしら」

「うん。時の祝福。……内容らしい内容は無かったけれど、祝福というものはもう理解できたよ」

「今の際の精霊の祝福だもの。効果、と呼べるものは込められなかったのでしょうね。けれど、もう理解した、ということは」

「編むのに時間はかかるけれど、かけることはできるはず」

「流石ねー。精霊自身でさえ祝福を理解するのには時間がかかるというのに」


 仕組みさえ理解してしまえば術式であることに変わりはない。

 条件さえ把握していれば、自在に操ることは苦ではない。ただこれはキリニーを癒すためには使えない。術式だから、精霊を補充するのと同じになってしまう。


「キリニー、君を癒すのはもう少し先になりそうだ」

「別にいいのよ、そんなこと気にしなくて。貴女は今自分が大変でしょう」

「これも私のやりたいことだから」


 やると決めた事は、やり遂げないと。

 アトラスの時は、やると決め切れなかったんだから。



*



 崩壊を起こしたと思われる国は残り三つ。

 アフザ、コールッタ、デリーニ・キール。

 この内タイタンの帝国から最短距離にあるのはアフザだ。他二つは同等くらいの距離。

 それでもヴァルナスよりは遠いから、流石に今度は急造の霧船などではなく、ちゃんとしたもので行く。


 且つ、陸路ではなく海路だ。魔核生物の心配は勿論あるけれど、陸路より私が守りやすいという利点がある。逃げ場がないと思われがちな船だけど、周囲の空間を自身で操り得るのならこれほど堅固な要塞もない。


 それで、今回共に行くのは。


「譲りません。今回は」

「……まぁ、わかった。僕が折れるよ。鍛え直したいし」


 ということで、メティスが抜けて、プレオネが入ることとなった。

 城の守りが手薄になるのは確かにあるけれど、それをちょっと口にしたのが失敗だった。衛兵たちが挙って「お任せください!」と鼻息荒く詰めて来たので任せざるを得なかったというか。

 

 どの道環焉が狙っているのは私っぽいので城は大丈夫だろう、という読みでもある。

 

 そして、もう一人。


「本当に連れて行くのか? 荷物でしかないと思うが」

「城の中で目を覚まして暴れられても困るだろ」

「それは……確かにそうか。クソ、アレスに諭されるとは、私も焼きが回ったか」

「どういう意味だそりゃ」


 アニー。

 未だメティスの姿をしている異族を連れて行くことにした。

 不安要素ではあるけれど、アレスの言う通り城に残しておく方が不安だ。だったら監視下に居てもらった方が良い。

 もし反抗的な意思が見受けられたら、夢幻に誘えばいいだけの話。


「テウラス、異族のことは私にはわからないから」

「……ふむ。まぁいいだろう。私とてすべての異族を知っているわけではないが」

「何かあったらすぐ言ってね。眠らせるから」


 じゃあ、と。 

 練習ついでにテウラスへ祝福をかけて――大海原へ。



 航海、というのは初めてではない。勿論メロペーとしては初めてだけど、アトラスの時は二、三度は行ったことがあったはずだ。

 ヘルファイスに向かったのが一回と、他は何だったかな。


「霧が濃いですが、あれは」

「うん。霧の精霊に付いてきてもらってる。海上に異変があったらすぐに知らせてくれるって」

「精霊と……随分と仲良くなったのですね」

「夢の中ではほとんどずっと一緒にいるから……」

「へえ。ちなみに男性型はいらっしゃいますか?」

「ううん。二人いるけど、どっちも女の子だよ」

「そうですか。それならいいです」


 なんだろう。

 一瞬寒気のようなものを覚えたけれど。


「メロップ、俺が魔核生物脅す時は、その霧の精霊とやらに退いてもらうよう言ってくれ。巻き込みかねねえ」

「うん、わかった」


 キフティは多分アレスが戦闘態勢に入った時点で逃げの姿勢に入るとは思うけど。

 

 さて。

 既に魔核生物が何頭か船の周りにいる。海に生息する魔核生物は多く、そのほとんどが餌に飢えているので、こんな大きな船は格好の的なのだ。

 

 が。


「先ほどから下部より衝突音が聞こえるが、これは」

「水流操作はそこまでやってきてない。けど、海中だって空間だから」


 空間の術式で十分操れる。

 海中で行う空間宥和――船に近づこうとする魔核生物は、その全てが海に絡めとられて夢幻に落ちる。


 問題は。


「っ! アレス、ストームバード!」

「お、早速来たか。んでもって撤退早いな霧の精霊っての。まぁ、牽制、脅しだろ。火力はこれくらいで――」

「船を燃やすなよ」

「大丈夫です。燃えても消せますから」

「信用ないなぁ俺!」


 炎を纏って飛ぶ斬撃。

 それは空から飛来したストームバードの眼前を掠め、その進行を止める」


 ……少しだけ、懐かしい。

 こうやってみんなで騒がしくしながら冒険すること。往年の僕は、命を奪うことの怖さに震えて外出をしなくなっていたから。

 

 アレスの無茶をテウラスやメティスが揶揄して、ゲルアとプラムはどこ吹く風で。ゼオスは初めから興味が無くて、メノイは別の事を考えていて、プレオネが窘める……のではなく別方向からアレスをからかって。エイベムはそもそも冒険には突いてこなかったけど。

 僕はそれを、後ろから見ていたんだ。


「お、なんだアイツ気合あるな! まだ来る気だぞ!」

「結界を貼りますか」

「いいや、まぁ待てプレオネ。俺の新技って奴を見せてやる。ヴァルナスで見た奴で、ちょっと思いついたんだ――やってくれるよな」

 

 おや、珍しい。

 アレスが火の精霊に話しかけるなんて。あくまで火の精霊がアレスを慕うのみで、彼は彼らをあまり気にしていない、という関係性だったのに。


「――食らえや!」


 放たれた斬撃は。

 ……牽制や脅しではなく、完璧にストームバードを直撃する。火に包まれるストームバード。


「おい、メロップの前だぞ」

「アレス」

「大丈夫。……凄いね、アレス。残影で思いついたの?」


 炎に包まれ、もがき、海へと落ちるストームバードを空間宥和で拾い上げて隔離しつつ、その術式を分析する。


「おう。俺もそろそろ自分の力に向き合わなきゃなぁって所にアレだったからよ。丁度いい機会だから、練習してたんだよ。メロップ、名前つけてくれ」

「え、あ、じゃあ幻炎、かな?」

「おう、じゃあそれで!」


 幻の炎。対象に自身が燃えていると錯覚させ、パニックを起こさせるもの、だけではない。

 実際に火の精霊が手伝っているから、どちらかというと「燃えているけど燃えたそばから幻になっていっている」が正しいか。とにかくアレスからは考えられない程に緻密で繊細な術式だ。

 

「これがありゃ、命も奪わずに済むし、敵もぶっ飛ばせるだろ」

「……うん。ありがとう」


 本当に。

 迷惑をかける。本当に。

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