第24話 テウラスの慧眼とメロップちゃんの特異
はじめに断っておくと、これはテウラスが子供っぽいから、という理由ではない。
ただタイタンの戦士たちがバラバラになる際、ゲルアとメロペーが何やら秘密の会話をしていたことは当然のように覚えているし、そもそもの話戦士たちの中で異族がテウラスとゲルアのみである、という所から来る対抗心はあった。
ゲルアには話せて、テウラスに話せないこと。それも離脱を選んだゲルアを選んだ。
由々しき事態――というか、許せない事態だ。
他の者がどうかはしらないが、少なくともテウラスはこと"謎"というものを放っておくことができない。似た基質のゼオスはあくまで研究者であり探求者ではなく、降って湧いた、あるいは目の前にある謎については興味のあるなしで熱心さが変わってしまう。
テウラスはそこが違う。
無理なのだ。わからないままにしておくことが。
だから、テウラスにとって専らの、そして最も直近の"謎"ことメロペーから離れるなんてあり得ない話だった。
メロペーは今五歳だ。二歳の時にあれほどの受け答えができた彼女は、成長するにつれてあり得ない程の賢さを見せて来た。一般常識は当然のように受け答え、大人でも知らないような事も大抵は知っている。
そして知らないことに対しては一瞬で分析して解いてしまう。
とりわけ術式に対しその傾向は強く発揮され、さらには開発にまで手を伸ばす程。
あり得ない。
メロペーに術式の手解きをした人間はいない。メロペーを城の外に連れ出した者など一人もいない。
だというのに彼女はたった一人で、誰一人に師事することなくあの境地にいる。
あのアトラスがいた極地に。
……無論、身の丈に合わない剣を扱おうとしたり、あまつさえアレスを練習台にしようとするなどという無茶はあったが。
それでも、声を大にしてあり得ないと言える。
今のテウラスにとっての最大の謎がメロペーであり、その彼女が打ち出した――お世辞にも人道的とは言えない政策に興味津々なのである。
彼女についていけば、彼女を読み解ける。なぜ彼女が、こうにまで至ったのかが。
「……ん」
「起きてしまったか、メロップ! なら少し、手伝ってくれるとありがたいんだけどね!」
「賛成だ。私もこの数を相手に不殺を貫くのは骨が折れる」
起き抜けも起き抜けに状況把握の出来ていない様子のメロペー。その様子や仕草は五歳児そのもの。
だけど、その眠気眼で編み出した術式には舌を巻かざるを得ない。
「アレス、こっち」
「おうよ!」
殿を務めていたアレスに彼女が声を掛ければ、アレスはまるでアトラスに呼びかけられたかのような素直さで従う。アトラスの没後の彼は……目も当てられない様子だったというのに。
霧が周囲を渦巻く。
霧幻という術式だが、その規模は果てしなく広い。テウラスでも展開はできるが、ここまでの速さは出せない。
「メロップ、なぜ追われているのか、追ってきているのが何者なのか、という情報はいるか!」
「いらない……魔核生物の縄張り、この辺多かったはずだから、行きは空路で行った……」
「流石の理解の速さだ! それで、この術式は? ちなみに追ってきているのはミストボアゆえ、霧幻は効かないぞ!」
「大丈夫――眠らせたから」
背後、どたどたと巨大質量が倒れて行く音が続く。
多少勿体ない、という気持ちはある。あれだけの素材、使えるものなどいくらでもある。
……が、メロペーは命を奪うことを極端に嫌う。況してや一つの命の終わりを見てきたばかりだ。どれほど賢かろうと、幼子が嫌うものを無理に押し付ける大人はこの場にはいない。
「姿隠もしたから……もう気にしなくて大丈夫……」
「そうか、ありがとうメロップ。もし眠いのなら、もう少し眠ると良い。僕ももう少し揺らさないように走るよ」
「ん-ん。大丈夫。背負ってくれてありがとう、メティス」
これが眠気からなのか、それとも別の理由か。
ずっとあった堅苦しい口調が取れていることは喜ばしい限りだ、とテウラスは思う。口に出さないのがこの男の面倒なところではある。
「……が、難所は続くな。もうすぐクレネの山だ。迂回するか?」
「そうする他ないだろ。あそこはメロップが耐えられる環境じゃないぜ」
「坂道が平気なら、つくる」
言って、前方に霧状のアーチが欠けられる。
初見であれば不安さもあったのだろうが、メロペーが霧を好んで使うことは戦士たちの誰しもがしるところだし、踏むのも最初ではない。テウラスが初めにアーチを踏み、次にメロペーを背負ったメティスが、そしてアレスと続く。
無論。これもあり得ない話だ。
霧なんていうつかみどころのないものを足場として使い、しかも稜線の向こうという不可視の部分にまでアーチをかけるなど。それでいて本人はまだ寝ぼけている、など。
面白い。
面白い、なんて思っていたのも束の間だった。
突然ぱっちりと目を開けたメロペーが叫んだからだ。
「下!!」
――各自、取る手段は様々。メロペーを運んでいるメティスは安全第一にその場を離脱し、テウラスは解析用の術式の展開を行う。
アレスだけだ。
言われた瞬間に剣を振りぬく――地面に向けて炎を放つなどというとち狂った行動を取るのは。
だが、それが功を奏す。あるいはメロペーもアレスならそうしてくれると思ったからの最も短い言葉だったのかもしれない。
「――!!」
地面を割り砕いて出てきたのは氷の蛇。アレスの炎を受け、身体の大半を失った……にもかかわらず、溶けたあらゆる場所から別の頭が生えてきて、それがゆらりと四人を見下ろす。
一番に動いたのはメティスに背負われたメロペー。自分と自分以外の三人に対し、靄のようなものを吹きかける。姿隠とはまた違う効果を持つものだ。
「凍蛇とは、また場違いな」
「火山の近くにいるはずない……よね?」
「ああ。魔核生物の中でも棲み処は拘る方だし、餌に困るタイプでもない」
「ってことは、また使役の呪いか。はぁ、あのドラゴンといい、城に現れたっていうラヴァバードといい……」
テウラスはチラっとメロペーを見やる。
そこには、「できはする」という表情の少女が。
「解除は可能らしいが、解除したところで暴れ狂うだけか」
「……テウラス」
「なんだ」
「凍蛇は、凍ったところで死なないよね」
「ああ、まぁ普通に動きを止めるだけだろう。力技で破壊されたら元も子もないが」
「じゃあ、やる。テウラスとメティスは式者を探し出して。アレス、こっちきて」
命を奪わない。
その信念は曲げない。信念か、恐怖か。それはまぁどちらでもいいことだ。
けれど、だからと言って抵抗しないわけではない。
「アレス。ちょっとの間、無防備になる」
「攻撃全部弾けばいいんだろ? 全部言わなくていいぜ」
「……うん」
テウラスは、今度はメティスへ目配せをする。
メロペーを降ろしたことによって俊敏に動けるようになった彼だ。彼なら、自らの速さと目の良さを活かして式者を発見することだろう。
ならテウラスは使役の呪い以外の術式の分析と、メティスの補助を考えればいい。アレスの援護など必要ないからだ。
「必ず守れよ、アレス!」
「ハッ、誰にモノ言ってやがる」
「さてまぁ、残った男衆でどれだけやれるか、の見せ所だな」
凍蛇が咆哮を上げる――。
*
起きたらとんでもないことになっている、と聞かされていてよかった。
だけどここまでに発展するとは思ってもみなかった。凍蛇、初めて見たな。
……正直凍蛇への対処は片手間で良いと思っている。アレスが負けることは絶対にないし、テウラスが攻撃の間合いに入ってくることもない。
怖いのはメティスだ。彼は式者を探しに行ったけど、式者が一人でいるとどうして考えられる。行きの妨害を考えるに私達は監視されている。その帰り道にこうして待ち伏せがあったのだから、監視者と式者が一人ずついる、くらいの想定はしておいた方が良いはず。
単純に考えるならライがいる。使役の呪い使い。ラヴァバードも、多分フレイルとヴァルナスの民を繋げたのも、この凍蛇もライの仕業なんだろうという妙な確信がある。
だから、あの完全な式者タイプのライの護衛に一人ついていてもおかしくはない。
もし野盗の式者とかだったらここまで粘着してくる意味が分からないし。
氷の竜を凍らせる、というのは初体験だけど、テウラスができると言ったのだからできる。彼は嘘を言えないから。
そして私もそれが行える。既に行っている。
余剰分で精査するのは先ほどまで使っていた霧橋だ。あれを分解し、周辺一帯の精査と同時、メティスの援護とする。
轟、と炎が舞い散る。
吐き出された冷気か礫か。いずれにせよなんらかの攻撃をアレスが弾いたらしい。
本当に頼もしい限りだ。
「……見つけた」
メティスより先にはなってしまうけど、一人。ライじゃない。あれ、じゃあ分散してる?
「テウラス! 森の中に一人、剣士みたいなのが潜んでる! 式者とは別口だけど、多分仲間!」
「ほう。成程、位置取りを考えて森を背にしていればグサリ、だったわけだ。その者は?」
「眠らせた。けど、これ以外がいるかも。こっちは大丈夫だから、メティスの応援に行って欲しい」
「承知した。アレス」
「わーってるから早く行け」
襲撃、か。
……ライ達は、何が目的なんだろう。
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