第23話 メロップちゃんと残影
崩壊した精霊の世界から出た私を迎えてくれたのは、先ほどまでとあまり変わった様子のない皆だった。
ただ、一番に私を気にしたアレスと違って、メティスとテウラスはその興味深い光景に目を奪われている――というように見える。
「これ、は」
「……メロップ。これは」
「うん。もうヴァルナスは再建されない。もう……一時の夢に流されることは無い」
反抗勢力は夢幻に閉じ込める、と言っておきながら。
ああ、そうか。そういう意味ではやっていることは同じなのだ。そういう意味でなくとも同じ。
だから誘いをくれたのかな、ライは。
溶けて行く。
光が淡く、空へ空へ。
思えばゼインが家々を柱から作ることに固執していたのは、その若かりし頃の国王との思い出が……まだ単なる村だったころのヴァルナスを想ってのことだったのかもしれない。
屋根が消えて。窓が消えて。
世界の書き換えから解放された国が。
「ついてきてほしい。危ないことは無いから」
「わかった」
「お、おい! アレス! ……はぁ、即断即決が過ぎるだろう。メロップはアトラスじゃないんだ、もしものことがあったらあの子は自分を守れないって気付いているのか?」
「だが、アトラスであればそもそもこんな前線に出てはこなかった。アレスの信じるものがなんであるかは私の与り知らぬところだが、良い変化なのではないか? 見ろ、メティス。あの二人――まるで十年来の親友かのようだ」
なんか後ろでぶつぶつ言われているけれど、気にせず進む。
消える前に、調べておきたいことがある。今ヴァルナスが消えているのはアレスに消し飛ばされたからじゃない。当時の崩壊か、その後ゼインが再建したあとの崩壊が原因であるはずだ。
だから証拠は、この光の中にある。
見に行くべき場所は勿論。
「……なんだこれ、この炎……熱さが無え」
「なんで真っ先に触りに行くの? 危ないよ」
「俺が触んなかったらお前が行ってただろ。安全確認だよ安全確認。俺はメロップより頑丈だからな」
そう言われてしまえばこちらも口を出せない。
実際そうだし。もし止めて、私が初めに触れようとしたら、持ち上げてでも引き離してくるだろうし。
「素通りできるから、こっち」
「おう。おーい後ろの。ついてくんなら早くしろよ!」
「わかってる! ――とは言ったものの、テウラス。君は」
「ああ、少し別口で調査をする。二人は任せるぞ」
テウラスにはテウラスにしか見えないものがあるだろう。だから自由にしていていい。彼は異族として、そして探求者としてこの謎に立ち向かう責務がある。
階段を昇っていく。
ここはヴァルナスという国の王城へ繋がる階段。あらゆるところが消えて行っている中で、ここだけはまだ無事だ。
当時も最後まで残った場所だと、そういうことだと思っている。
「危ね、ぇ?」
「幻影、というか残影かな。大丈夫、本当にここは危なくないから」
アレスが私に向かって来た剣を受け止めようとしてくれたのだ。
けれどそれはすり抜けて、すり抜けた先の私もすり抜けて行った。城内からは剣戟による硬質な音が響いている。あるいは術式による光か。
残影。即席のネーミングとしては妥当だろう。
ゼインの遺した手掛かりは二つ。一つは彼に施されていた何か。つまり彼の遺体から得られるもの。
そしてもう一つがこれ、当時のヴァルナスという幻だ。
残っている。残っている。
崩壊当時の記憶、とでもいうべきものが。
炎と血。床にぶちまけられたそれらは、そこであった戦闘を物語り、そしてなおも更新され続ける。
「……革命、か」
「うん。みたいね」
「大丈夫、か?」
「怖くはある。けど、それで目を瞑っていたらダメなのも知っている。これは一回限りだから、ちゃんと見つけないと」
片方は国軍。もう片方は民衆。
ヴァルナスの崩壊は国民による反乱のものだったのだ。いや、今の今まで……つまり王城に上がるまでこの争乱を見なかったということは、王城でのクーデターと国家の崩壊は別口。
何らかの原因で国が滅んで、それを理由に国民が反乱を起こしたのか、逆に国民が反乱を起こしたことで国が滅んだのか。
それとも反乱と同時に何者かが国を滅ぼしたのか。
「どこへ行く? 見たくないモンばっか見てる必要はねえからさ、連れてってやるよ」
「じゃあ、王座の間に」
「ああ。大体ウチの城と作りは一緒だよな?」
「多分。違ったらぶち抜いちゃっていいと思う」
「そりゃあいい!」
さて、間に合うか。
間に合ったようだった。どうやら。
「――来たか」
「はい」
無論、私達の言葉じゃない。
私達はここへ辿り着いた瞬間に悟っていた。
これが最後の記憶だと。
「……王妃様は」
「先ほど、自害した。あとは私だけだ」
「……申し訳ございません」
「構わん。どちらにしろ無理があったのだ。ただの村人が国王に、など……一時の夢に過ぎん」
「……聞いてもよろしいでしょうか。何故、あんなことを?」
「国のためだと言ったら、お前は信じるか、ヴィルディ」
「申し訳ございません。信じることは……難しいです」
「ふふふ……そうだろう。だが、真実だ。そうだな、謎を話してしまえたら楽なのだが、契約でな。契約。今や呪いとなり果てたが、契約だったのだ。民に何も伝えないこと――それはお前にさえも。故に」
「どこの、誰ですか。あなたにそんな苦を強いたのは」
「さてな……。私と契約を結んだ男は、クォリエルと名乗っていたが」
だらり、と。
国王らしき男性の額から血が溢れる。
契約では、あるか。一応契約だ。彼が一方的に反故にしたから呪いのように見えているけれど、同意のもとの契約ではあったのだろうことが窺える。
口を割らない。ただそれだけの条件は、しかし破ることへの禁忌が強い。
「陛下……」
「なんだ……こんなに、猶予があったのか。なら、もっと早く……すべてを言ってしまえばよかった。……ふ、ふふ……組織の名は、
「……胸に刻みます」
「刻まずとも、よ、よい。自由になれ、ヴィルディ。この国は――消えてなくなるのだから」
大きく血を吐く男性。
もう長くはない。だが、確かに価値のある情報を残してくれた。
クォリエル。環焉。
「ヴィルディ。ヴィルディ。……すまなかった。務めと情の間で、苦しんだ、ことだろう……自由になれ、私の騎士」
「……申し訳ございませんでした、陛下。――私に、貴方を信じきれなかったことへの償いの場を頂けるというのであれば、私は」
消える。
二人が、この場が、全てが溶けて行く。
「アレス、ここ高いから、お願いできる?」
「おう。……もういいんだな?」
「うん」
崩れて行く。崩壊していく。
すべてが消えて行くから、当然足場も消えて行く。王城は高いところにあったから、それが崩れたのなら当然。
「落ちるぞ、メティス、テウラス!」
「はぁ!? 今追いついた所だってのに――」
「まだ調べ足りないのだが。メロップ、維持は?」
「無理です」
落ちる――。
*
また、夢だ。
今回は自分で気付いてしまった。
「キリニー、どうしたの? 呼び出し?」
「いえ、別に何がどう、ということはないのだけど、貴方が傷ついていそうだったから、大精霊権限で呼びこんじゃった」
「そっか。……そうだね。アレスの前ではなんとなく毅然とした態度でいた……いられたけど、やっぱり怖いね、命が消えるのは」
あれが残影だとわかっていても、怖かった。
怖ろしいものがたくさんあった。殺し殺され、奪い奪われ。ああいう場では、いとも簡単に消える。いとも容易く摘み取られる。
「それが、ゼインの遺体?」
「ええ。まだついでだから、貴方の星に安置しておいたわ。その方が色々と楽でしょ」
「助かるよ」
私がわざわざそれと表現したのは、既にゼインの形を成していなかったからだ。
青白い塊。それが精霊の遺体……いや、消耗した精霊の遺体、かな。私の星で死んでいた精霊は皆綺麗な形のままだったから。
「何がかかっているか、読み解ける?」
「休ませるために呼んでくれたんじゃなかったの?」
「無理でしょ。出来ることが増えた今、やれることが増えた今、貴方は行動せずにいられない。アトラスはできることが少なかったから、やれることも少なかったけれど……前の子は、今の貴女と似たような感じだったから」
「そっか」
分析。解析。
するまでもないことだった。もうわかる。
「夢幻の術式だ。私も良く使う奴」
「精霊対応版?」
「そうだね。対象を限定して、ゼインの波長に合うように調整されてる。余程……余程ゼインを知っている人じゃないと難しいと思うけど、やっぱり私にも再現はできる。だから、人が作れる術式だよ、これは」
「……人間が、精霊を、ねぇ」
「大精霊としては、面白くなかったりするの?」
「というよりは、信じられない、が正しい感情。この世界がどれほど続いてきたか、というかどこまで伝わっているかは知らないけれど、古来よりずっと精霊は人間の隣人だった。隣人でありながら、術式を通してでしか干渉し合えないものだった。……異族は別よ?」
「うん。異族は、人間と精霊の混血が祖先、だもんね」
「ん-、それもちょっと違うのだけど。まぁそういう認識で問題はないか。それで、術式を通してでしか、っていうのは、術式として使い、使われる関係でしかなかったのよ。精霊は術式として使われ、あるいは精霊が憑くことで人間に力を与え。そういう関係でしかなかった」
古来。
どうなんだろう。私達に伝わっている過去というのは3000年前が限界だ。でも多分、それよりも前から。
「でも、精霊に術式をかけるとか、精霊が地力で物質を維持するとか……大精霊的な観点から言わせてもらうと、その、起きている事実に目を瞑って言わせてもらうと、とてもいい風だと思う。それが悪しきものでも良いものでも、変化にはなると思うから。ただ」
「変化が人間をも……いや、世界をも、って言った方が良いかな。誰も彼もが損をする結果になること、が嫌なんだね、キリニーは」
「……そうね。たとえ悪を謳う誰かでも、得をしていて欲しいわ。誰もが損をし、望まない世界になるくらいなら、いっそのこと……なんて」
それは多分、キリニーが私に見せた素の一つ。
まるで、「いっそのこと全部壊してしまおうか」なんて風に続きそうだった彼女の口は、悪戯っぽく閉じられた。
「さ、そろそろおはようの時間よ。起きたらそれなりにとんでもない状況だから、早く手伝ってあげて」
「え」
夢が、覚める。
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