第22話 メロップちゃんと時の精霊
炎が躍る。
世界の全てが赤に光に包まれたかのような錯覚――否、現実は、到底個人では成し得てはならない範囲を悉く消し飛ばした。文字通りだ。比喩表現は一切ない。
「……アレスが味方でよかったと、心から思うよ」
「全くだな。それで、お姫様はどうしてこんなことをアレスに? 大事な証拠が消えてしまったが」
「見てて」
地下二階。
そこまでをきっちりと消し飛ばし、抉り飛ばし、滅ぼし尽くした炎。
消え去った時、眼前に残っていたのは「恐らく国家だったのだろう痕跡」でしかなく、あるいはただ土が大きく抉れた痕にしか見えなかった。
しかし――。
何かが、光る。術式だろうか。
光を用いる術式は数多くあれど、ああも揺らめかせるものとなると限られてくる。蛍火、幻燐、粉焔。まぁ機式師が織り編んだ術式ならば私が知らなくてもおかしくはないし、何か大きな術式の失敗がそういう現象を起こしている、ということもあるのだろう。
だけど、次に起こったことは光を用いる術式では説明できないことだった。
揺らめく光。
それはゆったりと、ゆっくりと集い――柱状になる。
いや、なった。
柱になった。どこかの柱――柱状の光じゃない。物理的な柱になったのだ。
「……」
誰かの息を吞む音。三人の内の誰かか、それとも三人共か。
光る。光。光が舞い散り、踊り、その柱を皮切りにどんどん湧き上がって――すべてが何かを形作っていく。
形作り、象り、そうしてそれそのものになっていくのだ。
光は増える。量を増す。
国だ。広大な土地。その全てに光が溢れ、アレスの炎と同じくらいには目を灼く、目を開けているのがつらいほどの輝きとなって。
そうして、国を作る。
いや、戻る、と言った方が良いか。
「……これは、どういうことだ」
「幾つか考えられる。一つは契約による固定。もう一つは呪いによる固着。だが、そのどちらも楔が必要だ。ヴァルナスという国が片側を担っているのであれば、もう片方がなんなのか。アレスに吹き飛ばされない程の楔。少なくとも先ほどの跡地にそんなものは見受けられなかった」
「可能ではある、ということか」
「無論だ。術式は世界を書き換えるもの。私の技量では絶対という言葉を用いて無理だと言わせてもらうが、可能ではあるのだろう。アトラスにも無理だろうな。ああ、ゲルアやプレオネも無理だ」
「タイタンの戦士たちの術式筆頭者が全員無理か。じゃあ、契約でも呪いでもないと?」
「少なくともうちのお姫様はそう考えているようだな」
光に関する術式でも、空間に関する術式でもない。
私の見たことのない術式でありながら――体感した事のある術式。そう感じた。
目の前の廃屋の窓を、小石を投げて割ってみる。
しばらくした後、光が集いて戻る。
もう一度同じことをする。
精霊の動きを目で捉えるのは至難だけど、各々に意思があるのだと理解していると、動き方の個性から何を行っているのかわかりやすくなる。
戻す、直すと言っても一概にこう、というわけではない。
それぞれに特徴がある。それぞれに特性がある。
破壊されたところから戻すのではないから、回帰や再生ではない。
一番に戻ったのは柱だった。他の構造物もそうだ。つまり、最も大事な部分から戻すクセがある。建築にこだわりのある精霊。建築。だから、積み重ね。
構造物が構造物としてポン、と出来上がるわけでも、ただ壊れたから戻したというわけでもない。
ここにこういうものがあるのだから、壊されたらもう一度作り直せば良いとする術式。
「その名は、『周停』。精霊の名はゼイン」
途端、私の眼前に老人が出現する。
メティスとアレスは反応できていない。テウラスは、見えているけれど静観している。危ないものではないとわかっているからだろう。
「時間の精霊……で、合ってる?」
「然り。よくぞ我を見つけた」
「……アレス。ちょっと精霊の世界へ行ってくる。みんなをお願い」
「危なくねえんだろうな」
「大丈夫。あっちはあっちで、私を守ってくれる子がいるから」
「そうか。んじゃ、任された」
やり方は覚えた。
キフティが前にやった精霊の世界への招致。あれとフレイルがいつもやってくる私自身の招来。
どちらも原理は同じ。そしてキリニーの呼び声で、完全に理解した。
だから、これは踏み込む術式。
ここに広がる精霊の世界へ飛び込む術式となる。
「ゼイン」
「良かろう」
今度はその手を引いて、精霊の世界へ飛び込んだ。
*
精霊の世界。
帝国近くの森で飛び込んだ時は、過去の帝国の姿をしていた。私が過去に作った星だったから。そしてここも過去のヴァルナスだ。栄えていたころのヴァルナス。
「――安心せい。誰も、襲ってなど来ない」
「う、うん」
息を呑んでしまったのを失策だと思った直後の言葉だ。
殺気だっている、といえばいいか。
ここに住まう精霊は皆、暗い顔をしている。誰の星なのか。
「ゼイン。時間の精霊ゼイン、と、もう一度確認するけど、あっているよね」
「然り。お主は精霊の愛し子……いや、大精霊の愛し子だな」
「ああ、そうだよ」
言って出現させるのは、真っ黒な闇に包まれた平穏な空と海に浮かぶキリニー。
彼女が懸念していた意思に関わらず欠けを埋めようとしてしまう、というのは起きない。何故って完全に隔離しているから。
「え、なに? 頻繁に来るとは言ってたけど、そういうこともできちゃうの? 私持っていける系?」
「大精霊の君が私に何を驚くの?」
「機式師の編む術式は知らないものばかりだもの。私が知らなくてもおかしくはないわ」
「……大精霊か。お初にお目にかかる」
「あら、時の精霊……珍しい子がいるのね。それに、そんなに窶れて。死ねないの?」
ああ、流石はキリニーだ。
全部見通している。
此度の行動。多分術式や精霊に理解が無ければ意味不明だったと思うけど、テウラスが一切止めなかったように、ちゃんと意味があってやったことだった。
時間の精霊ゼイン。
彼は明らかに消耗していた。人間の世界に顕現しているには恐らくつらい、と言った様子で。だから、消耗の少ない精霊の世界で、話がしたかった。
精霊というのは基本的に若い姿である、というのは最近知ったこと。キフティやキリニーを始めとして、私の星に住む精霊やその辺を浮いている精霊は皆若い姿をしていた。
けれどゼインは老人。
精霊の容姿はその精神の健常さが現れるというから、ゼインはもう。
「ここは一体誰の星なの?」
「……遠く昔。ヴァルナスを村から町へ、街から国へと押し上げた人物がいた。寿命により死したその者が作り上げた星だ。……血に濡れた歴史だった」
「今のヴァルナスを保ち続けているのは、なぜ? 誰と契約しているわけでもないよね?」
「……忘れられんだけだ。いや、おかしなことを言うが……最近、夢を見るのだ」
「夢? 精霊が?」
「ああ、そうだ大精霊。我は夢を見る。栄えていたころのヴァルナス。否、国となる前の平穏なヴァルナスで、その時はまだただの若者でしかなかった国王と他愛のない話をしたころの夢を。……おかしいという自覚はある。精霊は夢など見ない。眠ることがあるとすれば、それは永久の眠りだけなのだから」
そう、精霊は眠らない。
だから夢を見ない。永眠以外の眠りはあり得ない。
けど。
「……メロペー、貴方なら、編める? 精霊を寝かせる術式。それか、精霊に夢を見せる術式」
「作ったことは無いけど、多分作れる」
「……では、成程。我は……何者かに利用されていたか」
理解が早い。速すぎる。
何故時間の精霊がヴァルナスを再建し続けるのか、という命題に対し、ゼインは昔が懐かしいから、と答えたのだ。若かりし頃の国王との夢を見ることでやる気が湧くのだと。
けれど夢なんか見るはずがないから、つまり、誰かが見せている。
よって――その誰かの目的とは、ゼインに幸せな夢を見せ、ヴァルナスを再建させることである。
理解が早く、少ない言葉で分かり合える者同士の会話だと何が起きているのかさっぱりになってしまういい例だな、と思った。
「キリニー、星の上書きは、どういう意味を持つの?」
「所有権が変わるだけよ。遠い……そうね、あっちにある明るい星々。星雲はある個人の機式師が作り上げたもの。そういう感じで、他人の作った星を……乗っ取る、というと言い方が少し悪いけれど、そういうこともできる」
「じゃあ、ゼイン。ここを私の星にしても」
「必要ない」
ここで当時の国王なる者と同じ術式を編み、それを上書きとして星にするつもりだった。
けれど、断られてしまった。
「……奴が使った術式は、他者を害す術式だ。愛し子には使えぬだろう」
「あ……」
「それに、我はもう眠りたい。また若き頃の姿に戻り、この世界を見守るより……一度世界に還り、新たな精霊として生まれる方が、ずっと心地が良い」
「……そっか」
私は、命を奪うのが怖い。
傷をつけるのが嫌だ。
だけど、眠りたいと思っている者を無理矢理に起こし続けたいとは思わない。
「我のせいだ。あれら精霊が囚われているのは。我が時を固縛しているからこそ、あれらは家を変えることができない。……もし、叶うのならば、あれらに新たなる居住先を」
「うん。私の星は広いし、それに……血の雨が降らないから。安心して住めると思う」
「良い星だ。――最後に。最後に二つ、問いに答えてやろう。聞きたいことは二つあるのだろう?」
やはり老獪な精霊だ。
見抜かれているというか、見透かされているというか。
「うん。一つは、あなたに夢を見せていた者が誰なのか、ということ。だけど」
「ああ、生憎とわからない。だが、手掛かりになるかはわからないが……我の死体を調べるといい。何かが施されている可能性は高い」
「……わ、か……った」
死体を調べる。
冒涜的だ。そう思う自分がいる。けれど、必要な事ではあった。
「もう一つは、その魂についてか。タイタンの大帝国。ヴァルナスを併合吸収した時の王アトラス。その魂を、記憶を、そのまま引き継ぐ少女。"精霊の愛し子"がそもそも何なのか。――大精霊よ、答えてしまって構わんな?」
「……まぁ、貴方の知っている範囲なら」
ああ、やっぱり。
キリニーはわかっているんだ。これが呪いとか、そういうものの類だと。
多分。本当に多分、詳細を話せば……私が解いてしまい得るものなのだと。
「"精霊の愛し子"は文字通りの祝福だが、時間の術式は組み込まれていない。空間と魂。そして心。成分はこの三つだけだ」
「祝福、なんだね。術式や呪いでもなく」
「……大精霊。これは我の失言か?」
「いいえ。いずれにせよ辿り着いていたでしょう。許します」
「そうか。……そうだ、愛し子。この世にあるものは術式だけではない。契約、呪い、そして祝福。術式に関しては愛し子、お前の右に出る者はそうそういないのだろう、契約、呪いについても造詣が深いと見た。だが」
祝福。
……初めて聞いた。私の知らない術式の形。いや、精霊の形、か。
「……皆までいうまでもないか。賢い魂だ。……大精霊よ、頼む。あのような悲劇は――どうか、もう」
「わかってる。わかってるわ。だから、安心して眠りなさい」
精霊は眠らない。
故に。
「――幸せな夢であったが、誰ぞかの悪意によるものであるのならば、不要だ。――さらばだ愛し子。我に眠りを与えてくれた者。そうさな、ささやかながら、我から祝福を一つ与えよう。これを分析し、学ぶといい」
それは淡い光のようなものだった。
すぅと浮いて、すぅと動いて。
私の中に、溜まる。
「さ、メロペー。精霊の世界から出て。ここはこの子の力で保っていた場所だから、この子が眠れば星が崩壊する。宙に投げ出されてしまう。大丈夫、またしばらく経ってからこの星に来れば、この子の死体はここで眠っているから」
「……わかった。じゃあね、ゼイン」
「ああ。良い夢を見ろ、愛し子。見られる内にな」
そうして。
私は精霊の世界を出たのだった。
背後で、あらゆるものが消え去る音を聞きながら。
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