行動編

第20話 メロップちゃんと門出

 エイベムの書きかけの資料を見るに、最近頭角を現してきている反抗勢力は四つ。その拠点を考えるに、どれもで反抗勢力――野盗行為へと身を窶しているように見えた。


「謎の、国家崩壊」


 そも、『暁の双眸』も同じ理由を持っていた。

 アトラスの没後、私が物心つくまでに起きた謎の国家崩壊。国家というかタイタンの大帝国に併合吸収されているから領地崩壊と言った方が正しいんだけど、わかりやすく国という単位を使う。


「メティス。クレネの山に『暁の双眸』が住み着いた時期はわかる?」

「……正確なことはわからない。ただ、アトラスが死んだ翌月末にはあの地でドラゴンが目撃されていた。その頃はヴァルナスのドラゴンが空を飛んでいるのに地元の民が驚いただけとか、もしくは野生のドラゴンが、という可能性が大きかったから放置していたんだ。だが」

「一年後くらいだったか、アトラスの死後。ヴァルナスが完全に崩壊したとの報せが入った。その時はメティスとプラム、メノイが確認をしに行き」

「崩壊を確認した」


 先程から出ている崩壊。その意味は。


「崩壊……つまり、民は誰もおらず、構造物は悉くが破壊され、国としての土地に巨大な罅が走っていたんだ。言葉で言い表すのにこれ以上の言葉はないだろう」

「誰もいなかったんですか?」

「そうだ。誰もいなかった。――死体も無かった」

「その後私やゼオスが確認に向かったが、確かに何もなくなっていた。死体どころか血痕さえ無いとなると」

「まるで、国民が自ら自身の家を破壊し、出て行ったかのような」

「……僕たちも、同じ結論に至ったよ」


 果たしてそんなことはあり得るのだろうか。

 あり得ていいのだろうか。あり得たとして、いったい何のために? タイタンの大帝国への反抗心と自らの住家を破壊することにどんな繋がりがある?


「『暁の双眸』への尋問はどうなりましたか?」

「担当者たるゲルアがいなくなったから私が資料を引き継いだのだが、どうにも要領を得ない。確固たる信念を持って行動していた――というよりは、何者かにかどわかされてやっていた、というように聞こえる証言ばかりだ」

「……ふむ」


 あの後、勝手にまたフレイルの下へ向かった。私の体力消費は一切ないため、招来も帰還も彼の思うが儘だ。

 その時にいくらかヴァルナスの事を聞いたけれど、彼もあまりよくわかっていないらしかった。気付けば国が消えていて、けれど契約は生きていて、縛られ続けた――それだけだと。


「その点で言えば、先日の森人騒ぎの森人も同じような状態だった。ああ、それで思い出したんだが、結局あれはなんだったんだ?」

「あ、そうでした。メティス、貴方が帰還する数日前、果てしない力の塊がクレネの山より放たれ、この城に直撃しかけました。タイタンの戦士たちにあのような術式を使う方がいるのですか?」


 使うとしたら、ゼオスかメノイだと思うけど、アレはドラゴンブレスに酷似していた。でもフレイルのものとは性質がかなり違う。フレイルのドラゴンブレスは光そのものという感じだったけれど、アレスに叩き斬ってもらったのは雷のような感じがした。

 ドラゴンブレスの再現。やろうと思えばできなくはないけれど、確実に甚大な被害を齎すのでやろうとは思えない。


「いや、僕達じゃない。敵……というか、『暁の双眸』の式者だ。ああいや、どうだろう。風貌がかなり違ったから、協力者や傭兵の類の可能性はあるな」

「どんな方でしたか?」

「燃えるような赤く長い髪の、上裸の男だ。どこぞの部族らしきペイントが散見されたけど、どれも断定には至らなかった」

「名はわかりましたか」

「いや、すまない。わからなかった」


 ふむ。

 まぁ、一応……知らない術式を使う枠、として。

 ライと同じ組織であると考えておこう。ライは『暁の双眸』にいなかったわけだし。そうなると、ヴァルナスを扇動したのもその組織である可能性が高いような。

 証拠なんて何もないただの憶測だけど……。


「メティスたちがクレネの山を張っていたのは何故?」

「野盗被害の報告が異常量になったんだ。一年ほど前からだと思う。だから、僕とプラムとメノイが交代で奴らを見張っていた。時には取り押さえることもあったよ」

「その時からドラゴンはいましたか?」

「いたけど、クレネの山の山頂付近にいたし、こちらには目も向けてこなかった」

「ふむ」


 とりあえず合致する符号は、アトラスの没後一年。

 つまり私が生まれた年にヴァルナスが崩壊している、という点だ。関係があるとは言い切れないけど、同じく関係がないとは言い切れない、気がする。

 私はきっかけに愛されていると夢の中の僕が言っていた。アレは自分が出した言葉ではあるけれど、すらすらと口を衝いて出たというか、アトラスの思考が混じっていたようにも思うんだよね。

 

 私は"精霊の愛し子"で、きっかけに愛されている。

 とすれば。


「調査に行きたい。危険は承知です。城の守りはお母さんとプラムに任せます。アレス、メティス、テウラス。共にヴァルナスの跡地へ来てください」

「……本当に危険を承知できているのか甚だ疑問だな。外の世界は危ない。お前の身だけじゃない。どこで誰が死ぬかわからない。どこでどの命を奪うかわからない。お前にとって恐ろしい世界だ」

「込みで、承知と言っています」

「なら、私は構わない。アレス、お前も文句はないな?」

「当然だ」

「ならメティス。最後はお前だ」

「僕も文句はない。ただ、これだと城の守りが手薄になり過ぎないか? いくらプレオネがいるとはいえ……」


 いくらプレオネがいるとはいえ。

 流石にこの言葉には思う所がある。


「メティス。お母さんの防護結界は最強です。問題ありません」

「い、いやそれは知っているけど」

「メロップの外出だ。アレスは絶対に外せない。斥候としてメティスも外せない。強いて言うなら私を外し得るが、それだと調査にならない。そうだな?」

「はい。テウラスには現地で調べていただきたいことがありますので」


 故に、残留を選んでくれた面々での最高効率な采配だ。

 プラムも一応いてはくれているわけだし。


「反抗勢力と呼ばれる者達は皆同じような国家崩壊を経て今の立場にあります。となれば、このヴァルナス跡地から得られる情報は今後の役に立つはず。ただし、同じことを考え、同じことを思いつき――けれど私とは違う結論に辿り着いた謎の組織がいるはずです」

「ライ、と名乗る少女のいる組織だったか」

「はい。そして恐らく、力の塊を放ったというその部族風の男も同じ組織かと」


 ライの証言からみるに、恐らくではなく確信に近い推測。

 各地で立っている反抗勢力はその組織に煽られてできたもので、真の敵はそこだという謎の直感もある。


「出立は明日の正午。移動は術式を使います。大規模且つ式者の私が無防備になりますので、護衛をお願いします」

「言われずとも、だ」

「わかった」


 テキパキと話が進んでいく中で、テウラスがふと顔を上げ、そしてニヤリと笑います。笑いかけたのは私……ではなく、へ。


「プレオネ。君の気持はわかるが、娘の成長も喜んでやるといい。アトラスには無かった勇気――それでいてアトラスと同じ優しさ。いつまでも過去の幻影に縋っている私達と違い、あの子だけが前を向いて進んでいるぞ?」

「……そう、ですね。そうです。そうでした。……メロップ、無事で帰ってきてください。そうでないと、母は泣いてしまいますからね」

「はい。――必ず無事に、そして情報を掴んで帰ってきます。誰の命も奪わず、そして誰の命も奪われず。理想を現実にしてみせます」


 夢物語と笑えばいい。理想論だと吐き捨てればいい。

 私はその上を行く。私は夢を現実に引き摺り落とす。


 これは、だから――その覇道の、最初の一歩。

 


 ……しかし、もなんだか私の扱いを心得ているというか。

 泣いてしまいますからね、か。

 うん。頑張ろう。

 もう泣かせないと誓って、何度泣かせてしまったかわからないからね。

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