第19話 メロップちゃんと離別
先日のドラゴンの招来事件で明かされた私についての話。
精霊の愛し子。その情報については、タイタンの戦士たち全員に共有が為された。
「エイベム。すぐに各地の文献を」
「ええ、そう言うと思って、既に資料を書き始めていますよ」
「流石仕事人」
反応は大きく分けて二つ。
一つは、私の不幸を嘆く者。もう一つは、大精霊に対抗しようとする者。
でも多分そういうことじゃない。
だから――私は、
「聞いてほしいことが、あります」
向くは八対の瞳。
頭上からはプレオネのものも感じる。
けれど、流石にそれに怯む私ではない。なんならいつものことではあったから。
「恒久的に争いを失くす――ということは、恐らくできません。人間が人間である限り。欲望に上限が無い限り」
「……突然何を言い出すかと思えば」
「まぁ待てメノイ。子の決意は最後まで聞いてやるものじゃぞ」
「む……そうだな」
至極当然のことを言っている自覚はある。
だからこそ、次の言葉を発する。
「でも、私はそれが我慢できません」
「……」
「なので――大陸の再統一を。父のようななし崩しでの統一ではなく、意思を持った統一を行いたいと考えています」
「命を奪う覚悟ができたのか、メロップ」
「いいえ」
毅然と言い放つ。
当然だろう、というように言う。即答だ。
「ならそれは無理だ。無駄だ。お前の言う通り、人間が人間である限り欲望に際限はなく、人と人とは奪い合う間柄にある」
「けど、あなた達は争っていません。九人。タイタンの戦士という組織があって、なぜあなた達は争わないのですか? 私を愛するというのなら、先駆けをする者があっておかしくないはず」
「ホホ、儂はテウラスとしょっちゅう喧嘩しとるぞ~?」
「まぁ、否定はしません」
「それは仲が良いからでしょう」
誰もが誰もの命を奪わない平和。
そんなものは作り得ない。――けど、諦めきれない。
私は命を奪うのが嫌だ。傷つけるのが嫌だ。
だからといって、私のために誰かが命を奪うのも、誰かが誰かを傷つけるのも嫌だ。命の奪い合いそのものが嫌いだ。
「『暁の双眸』を始めとした反抗勢力が頭角を現しているのは知っています。それらに対し、仲良くしてください、なんて言っても逆効果でしょう」
「メロップ、誰に何を吹き込まれたんだ?」
「……黙って聞いてな、メティス」
「よって――私は、そういった方々へは夢幻に行っていただこうと考えています」
ひし、と。
私を抱くプレオネの力が強くなる。
「疑問視する。メロペー。正気か?」
「ゼオス。私はいつも正気です。あなた達こそ、父を私に重ねすぎて、狂気に陥っていませんか?」
「否定はしない。アトラスとお前は似すぎている。けど、今確信した。お前はアトラスではない。アトラスにそんな勇気はなかった」
精霊の愛し子のおとぎ話。
あれの正解はなんだったのか。連れ去られても、連れ去られなくても滅んだ村。災害を前々から予期していればよかった、とでもいうのか。未来を見ておけば、と。
違う。
あれの正解は、愛し子がしっかりと村を統治すればよかったのだ。
精霊と人間を正しく支配し、生きられるよう采配する。それこそが「愛されるもの」としての義務であり矜持だろう。
アトラスができなかったことだ。アトラスの前の誰かができなかったことだ。
それができていれば、自死も、肉親に殺されることもなかったはず。
「――それがお前の答えか、メロップ」
「はい。私が"精霊の愛し子"であるのなら、私はそう振る舞います」
「そうか。ならば、俺は降りる。元よりタイタンの戦士たちはアトラスのもとに集まった者。お前に仕えなければならない謂れはない」
「……ま、そうじゃのー。儂も降りじゃ。大陸の再統一なんぞやってられんわい。それも敵意を向けて来た者に対して温情を掛けねばならんなど、肩が凝る」
「構いません」
ざわつく皆。
メノイの言う通りだ。タイタンの戦士たちはアトラスに惹かれて集まった面々。出自も理由も違う九人が一つであれたのは、アトラスが愛されていたからに他ならない。
それが私となって、ならば尚も仕える必要はない。
「テウラス、お前はどうじゃ?」
「私は残るとも。まだ解明していない謎がある」
「ふむ。……では、私は様子見で。メロペー、あなたに商機があると思った時にまた味方をさせていただきます。ああ、今の今まで書いていたこの資料は預けますよ」
投げ渡されるメモを受け取る。
……ありがたい。本当にエイベムには助けられる。
「メティス、プラム。あなた達はどうでしょうか」
「腕の恩がある。僕は残るさ」
「メティスが残るなら、私も残るよ。ただ、協力するかどうかは別だ」
「わかりました」
バラバラになっていくタイタンの戦士たち。
それこそがきっかけだと、私は信仰する。
「悲観的な話をする。――離脱することを選んだ者は、夢幻に連れていかれる?」
「まさか。敵対者ではないのに、なぜそんなことをする必要が?」
「悲観的な話をする。メロップ、お前の理想は多くの敵を作る。その中に僕たちが含まれていたとして、君は」
「当然、命は奪いたくないので――招待します」
「……悲観的な話を、する」
「するな、ゼオス。今ここで全面戦争でも起こす気か?」
致命的な言葉を吐こうとしたゼオスを止めたのは、以外にもアレスだった。
この小難しい話に入ってくるとは思ってなかったけど、ちゃんと聞いてるんだな。
「俺は残る。メロップ、お前、ずっと笑ってないだろ。ずっと悩んでる。ずっと苦しんでる。――アトラスと同じ顔をしている。俺はそれが気に食わねえ。だから、嗤うまで隣にいる」
「当然、母もあなたのそばにいますよ」
「お母さん。それは、私が娘だから?」
「はい」
「我慢してない?」
「していません。……貴女が道を違えそうになったら、私が正しますから」
「私と衝突することになっても?」
「なっても、です」
そうか。
それは、ありがたい。
プレオネの言葉なら、我に返ることもあるかもしれないから。
さて、これで表明は終了した。
暗殺者メティス、探求者テウラス、聖女プレオネ、戦士アレスが残留。
古き者ゲルア、研究者ゼオス、解放者メノイが離脱。
狩人プラムと商人エイベムは中立。
……本当にバラバラになってしまったわけだ。
「私は完全なる統一を、管理を目指す。血を望む者は夢幻に送る。そうでないものがそうなり得るというのなら、私を魅せる。それが唯一の救いだと私は信じています」
「それを抑圧というんだがな。まぁ、もう関係のないことだ。じゃあな、メロップ。衝突が起きないことを祈りでもしておくさ」
「はい。さようなら、メノイ」
メノイが。
「楽観的な話をする。ヘルファイスのように、あらゆるものが共存し得る世界が本当に表れるのであれば――僕はまた、君の下に就く。それが妄想でないのなら」
「はい。待っています、ゼオス」
ゼオスが。
「ほっほっほ。……そっちは茨の道じゃぞ? とはいえ、わかっておるから皆に話したんじゃろ。話す必要はなかった――勝手に推し進めていたら良かった話じゃ。しかし、しかし、なるほどのぅ。あの臆病者にプレオネの豪胆が加わるとこうなるか。血筋とは面白いもんじゃの」
「ゲルア。あなたとはお別れですが、個人的に頼みたいことがあります。この城を去る前に、アトラスの……父の部屋に来てくれますか?」
「ほ? まぁ良いが」
そして、ゲルアが。
アトラスが縁と絆を集めて作り上げたタイタンの戦士たちは砕け散り、タイタンの大帝国は緩やかに別の道を歩み始めたのだった。
緩やか。
あるいは、酷く大きな一歩を。
*
アトラスの部屋。
そこにゲルアが入った瞬間、遮音、遠見妨害、その他諸々――あらゆる術式でこの部屋を隔離する。
「なんじゃなんじゃ、物騒じゃのー。ここで儂を殺す気か?」
「そんなことをするわけがないだろう。この僕が命を奪うなんて、生まれ変わったってあり得ないのだから」
メロペーの姿では格好がつかないから、幻影の術式でアトラスに扮す。
声も変えて。
だから、ゲルアは勿論これらがすべて幻だとわかっていても、驚いただろう。
口調も、イントネーションの一つに至っても、そして雰囲気が何よりも。
「……冗談は、あまり好かんぞ、メロップ」
「僕もだよ。生死に纏わる冗談は好きじゃない。酒の席でそういう冗談をよく言っていたのは君の方だったと思うけどね」
「正体を現せ。儂の気は長くない」
「今現している。私はメロペー。タイタンの大帝アトラスの一人娘にして――悲嘆なる因果のもと、その娘へと生まれ変わったアトラスだ」
言い切る。
殺気は感じている。ゲルアはこういう冗談を好まない。いや、唾棄するだろう。
彼は、普段はふざけにふざけているけれど、ちゃんと僕の事を弟子だと。あるいは我が子のように愛してくれていたのだから。
「……ふざけた因果もあったものじゃな。自らの娘に生まれ変わる? 外道も程ほどにせい」
「僕も心からそう思う。メロペーの魂の在り処を探したいとも。だけど、今だけは僕の言う言葉をそのまま聞いてほしい。こんな入念な隔離をしたら、君が僕を殺そうとしているんじゃないかってみんなが躍起になって開いてきそうで怖いからね」
「……想像に難くないの」
実際、既に攻撃を受けている。
これはメノイとテウラスと、さらにゼオスとプレオネか。割られるたびに更新しているからそう簡単に入っては来られないけれど、流石に四対一は分が悪い。
「話せ。信じる信じないは別として、興味がある」
「調べて欲しいことがある。僕もメロペーも"精霊の愛し子"であり、大精霊曰く僕の魂そのものが"精霊の愛し子"という呪いに冒されているらしい。つまり、過去にもいたはずなんだ。僕の前の誰かは肉親に殺されている。その前の誰かも、その前の前の誰かも非業の死を遂げたという」
「……そしてお主が自死、か」
「僕はこの流れを断ち切りたい。メロペーを……私を呪いの終端にしたい」
「話はわかった。儂に何を求む?」
ああ、やっぱりゲルアはいい。
事の重大さを妄言と捉えず、真摯に対応してくれる。
「"精霊の愛し子"の発動条件、及びその効果。そして効果範囲。あと」
「できるのなら、解除方法も、じゃろ?」
「勿論僕側からも分析はするつもりだけど、呪いは呪われている本人からは解き難いものだからね」
「ふん、これは、タイタンの戦士たちの中で『最も儂が頼られている』ということでよいのかの?」
「当然でしょ、師匠」
言えば、ゲルアはニヤっと笑った。
本当に一時だけ彼は僕の師匠だったから。その時の呼び方だ。
「あいわかった。そういうことなら、儂は外側からお主を助けよう。しかし、なぜ他の連中に言わん?」
「僕が呪われているとわかって、なんで解放者であるメノイや研究者たるゼオスが離脱を選んだんだと思う?」
「……なるほど、奴らも外側から調べる気か。なんならゼオスあたりは気づいていそうじゃのぅ」
「言っても言わなくても変わらないことは言いたくない。というか、僕は……プレオネに合わせる顔がない。ましてや彼女の最愛の娘を奪ったのが僕だ、なんて言えないよ」
「カーッ!! その辺の意気地なしはホンットに変わっとらんのぅ! 一度死んだんじゃ、ちっとは勇気を出すことを覚えろ臆病者!」
拳を突き出してくるゲルア。
その拳に、拳を合わせて、ぐ、と。
押し付け合う。
「儂らが帰ってくるまでに本音で語り合える奴を見つけておくんじゃぞ、アトラス。アレスにさえ秘密を抱えているとなれば、お主はいつか潰れかねん」
「一人でも秘密を知ってくれている人がいるって思えるだけで十分だよ。――死んだ後まで、迷惑をかけるけれど。お願いするよ、ゲルア」
「任せろ」
幻影を解く。声も戻す。
そして、隔離に用いていた術式も解く。
「ああそうじゃ、一つ驚かせてやろうかの。――儂、転移術式使えるようになったんじゃ」
「え、適性無かったんじゃ」
「無かったからの。作ったわい」
言って、そう言って。
パリン、バラバラと割れて行く隔離術式の中で、片手を上げて消えて行くゲルア。
いや。
本当にあのお爺さん、幾つになっても格好つけたがりというかなんというか。
あの様子だと、転移先でぜぇはぁすることになりそう。
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