第17話 メロップちゃんと招来
ゲルアとキフティに聞いた『大精霊と愛し子の伝説』。
どうにも……私に合致する部分が多くある。そもそもキフティには「愛し子」と呼ばれているし、あのドラゴンにも「精霊の愛し子」なんて呼ばれた。アトラス時代は精霊を見ることも出来なかったにもかかわらず、だ。
もし、メロペーという少女が精霊の愛し子であるのなら、キフティは接触時に私をアトラスとは呼ばなかっただろうし、そもそもアトラスがあれほどの術式を自在に操れていたのは精霊の愛し子だったが故と捉えられる。
そうなると、身の振り方というものを考えなければならない。
命を奪いたくない。傷つけたくない。
この考えが変わることは無い。そして、前生のように献上されるのも……好ましくはない。
ならばどうするべきか。
一つは、このまま次期皇帝となり、アトラスに次ぐ大帝となって――この国の治安維持に奔走する道。
もう一つは、このまま連れ去られてしまう、という道。
今目に見えているのはこの二つだけ。ああ、あとは、テウラスが言っていたように皇帝になることなく単なる少女として暮らす道だけど、生憎それはない。
みんなが命の危機にあるとき、自由に動けない立場、というのはダメだ。大皇帝の娘、という立場は非常に有用であると私は知っている。
「難しい顔をしているな、メロップ」
「あ……メノイ、さん」
「敬称は要らん。まぁ、俺の顔が怖いが故というのなら、止めはしないが」
将来について悩んでいた私に話しかけて来たのはメノイだった。
解放者メノイ。クレネの山で少なくない負傷を負った彼だけど、プレオネの治療もあってか快癒したようで、今はこうして城にいる。
彼が解放者と呼ばれる理由は、私の知っている限りで少なくとも三つの国を圧制から解放し、四つの村を危機的状況から脱却させ、数えきれないほどの奴隷を単身で逃がしたから、だ。
彼は不当に縛られている者を解放することに長けている。
だから恐らく、あのドラゴンも……本来の作戦であれば、メノイがどうにかする予定だったのだろう。
「……精霊について、考えていました」
「精霊? あぁ、見えるのだったか。少しばかり羨ましいな。俺には見えん」
……ちょっと態度が柔らかすぎて誰だコイツ状態だけど。
そう、やっぱり精霊を見ることができるかどうかは才能に依る。生前のアトラスや商人エイベムは全く見えなかったし、メティスとプラムも気配がわかる程度。アレスは野生の感覚でわかるらしいから数に数えない。
異族の大体は見ることができるし、後天的に見えるよう自身を改造したゼオスなんかも見ることができる精霊。
「メノイ、は……『大精霊と愛し子の伝説』というおとぎ話を知っていますか?」
「ああ、知っている。……愛し子が囚われの子であれば何としてでも大精霊とやらをブチ……問い詰める気があったんだがな。どうにも愛し子というのは、大精霊にも、そしてその子の育った村にも囚われていたように感じる。俺にはあの話の正解がわからない」
正解。
もし大精霊が愛し子に目をつけず、放っておいたら――村は滅んでいただろう。
仮にそれが生き甲斐だったとしても、人間は食べなければ死んでしまう。愛し子に食物を上げるだけ上げて、一人、また一人と死んでいった。
大精霊が愛し子を連れ去ったら、それがおとぎ話だ。
「何かあったのか?」
「……というよりは、何かあったら怖いな、と」
「……早々に無様を晒しておいてなんだがな。タイタンの戦士たちは、お前が思っている以上に強いぞ。『暁の双眸』程度なんてことはない。想定外だったのはドラゴンがいたことだ。本当にそれだけだった」
「わかってます。みんなの強さは、よくわかってます」
ドラゴン。
会ってみたい。再会して、私の知らないことを教えて欲しい。
――"ナラバ来ルカ、我ガ棲ミ処ニ"
「え」
「っ、手を伸ばせ!」
同時に起きたことが多すぎて、できたことは一つだけ。
メノイに手を伸ばす。ただそれだけだった。
世界が光に包まれる――。
*
寒い。
次の瞬間感じたのはそれ。咄嗟にメノイが『焚火』の術式を奏でる。
「ここは……」
「転移術式……それも、招来の」
――"ヨク来タ。ソノ者モ我ヲ解放セントシタ者ダナ"
どこからか声が聞こえる。
寒い寒い……恐らく――洞窟の中で、どこにあんな巨体がいるのか。
「メロップ、地面だ」
「じめ……えっ」
地面だった。
どこにいるのかと上ばかり、上の暗闇ばかり見ていたら、違った。
下。地面。いや、地面の下、というべきだろう。
私達が立っているのがどこまでも巨大な水晶。厚く、固く、それでいて好きとっているそれのさらに下に、あのドラゴンがいる。
「問おう、ドラゴンよ。この狼藉はどのような意図があってか」
――"精霊ノ愛シ子ガ我ニ会イタイト願ッタ"
「精霊の愛し子?」
――"ソノ小サナ命ノ事ダ"
前は霧幻の術式を伝って、だったけど。
今はこの水晶を伝って声が聞こえてくるから、とても響く。
「メロップ。お前、精霊の愛し子と呼ばれているのか?」
「……うん」
「だから悩んでたのか……」
精霊の愛し子。
その称号にどんな意味があるのか、私はまだ完全に把握できていない。
ただそのせいでメノイを巻き込んだのは事実だ。此度のこれが、どのような意図であっても。
「あなたの、名前は?」
――"フレイル"
「フレイル。ここは、どこですか?」
――"我ガ棲ミ処ダ"
少し感知範囲を広げてみる。
……ダメだ。私の感知範囲内にフレイル以外の生物はいないし、そもそも鉱石ばかりが見つかる。相当に深く、相当に厚い岩壁の中にある場所だろう、ということくらいしかわからない。
「メロップ。お前が会いたがった、というのは本当か」
「あ……はい、そう、です。会いたいと……再会して、詳しい話を聞きたいと、そう思いました」
「そうか。ドラゴン、ドラゴン、フレイルよ。メロップが望んだ時、俺達は元の場所に帰ることができるのだろうか」
――"無論ダ。攫ウツモリハナイ"
「……ならば、いいか。メロップ、その聞きたいこと、というのを聞くと良い。だが早めにしろ。今頃城は大騒ぎだぞ」
そうだろう。
プレオネの防護結界を抜いて転移術式が発生したことだけでも大変なことなのに、それによって私とメノイが連れ去られた、など。
……大惨事に発展しかねない。
「精霊の愛し子。その名の意味を、教えてください」
――"意味?"
「はい。私にはその自覚がない」
――"精霊ノ愛シ子ハ精霊ノ愛シ子ダ。生マレ出デシ時ヨリ精霊ニ愛サレシ者"
「何をしなければならないのですか?」
――"使命ニツイテハ、我ハ知ラヌ。タダ、過去、幾ツカの愛シ子ガ世ニ生マレタガ、ソノ全テガ世界ヲ揺ルガス事態ヲ引キ起コシタノハ事実ダ"
世界を揺るがす事態。
……たとえば、アトラスの大陸統一のような、か。あるいはあのおとぎ話も、実は村ではなく国だった、とか。
「……精霊の愛し子にはどんな運命が待ち受ける?」
――"数奇"
「そうか。危険は?」
――"無論"
「やめることはできないのか?」
――"精霊ニ聞ケ。我ハ竜ナリテ"
「それもそうだな」
メノイが私に向き直る。
「こんなところでいいか? 聞きたいことは」
「あ……うん。でも、最後に一つ」
「そうか。それで終わりにして、すぐに帰るぞ」
術式を流す。
それは『伝達』。メノイに聞かれたくないことだから、糸を繋げるようにして。
――"その愛し子は、もしかして、全部私?"
――"最初ノ一人以外ハソウダナ"
私。アトラス。その前の誰か。その前の誰か。その前のその前のその前の誰か。
この世に生まれ出でた愛し子は全て、私。
……まるで呪いだ。
「聞きたいことは、もうない。でも言いたいことがある」
それは、あるいはフレイルにとっては顔を顰めるような言葉かもしれないけれど。
「フレイル。契約してほしい。私と」
――"内容ハ"
「いずれ来る選択の日に、私のもとへ」
――"……良イダロウ。何ヲ支払ウ"
「おい待て、何を言っているメロップ!」
「その頃には絶対に解析している"精霊の愛し子"を、あなたに押し付けないこと」
――"ク……クク、成程、脅シトハ。面白イ娘ダ。精霊ノ愛シ子デアルダケデハナイナ。名ハ?"
「メロペー。大皇帝アトラスの一人娘」
――"覚エテオコウ。契約ハ成立ダ。――帰ルカ?"
「うん。お願い」
いずれ来る選択の日。
私は、何を選ぶのか。……ごめん、メノイ、全部喋れなくて。その混乱と怒りの入り混じった顔は、これ帰ったら説教かな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます