第16話 メロップちゃんと昔話
動きは速かった。迅速だった。
そも、タイタンの戦士たちとは、それぞれが突出した能力を持つ集団でありながら、その一人一人がしっかりと「戦士」として機能する強さを持ち合わせている。
霧に乗せられた声を聞いて、だから素早く反応した。
彼女の声を知るのはタイタンの戦士たちと城に努めている者だけ。『暁の双眸』の者たちには誰の声なのかさえわからなかっただろうし、言葉の意味の理解も遅れたことだろう。
最大戦力であったドラゴンが逃げてしまって、それどころではなかったのかもしれないが。
とかく。
とかく、彼らはすぐに動いた。
「──何が大丈夫だ! どこにいるメロップ、なんでこんな危ない場所にまで出てきている!!」
「推測する……恐らく上空。あの術式」
「メロップ! 何をしに来た!」
怒り、だった。
それはもう、霧船に乗っているメロペーが顔を出すのを辟易してしまうほどの。
プラムなんか、以前の食事会では被っていた猫を破り捨ててまで怒りを露にしている。
「こら、メロップ! 許可もとらずに勝手に行くでないわ!!」
「メロップ! けがは無いか!」
「……全て終わっているみたいですね」
そしてそれは後ろからも。
ガラガラと大きな音を立てて、馬というにはあまりに早すぎる速度で爆走してくる馬車が一つ。その中、ではなく屋根に乗って野次……というか怒りを飛ばしているのはゲルアとアレス。プレオネも顔を出して安堵を吐いている。
上空。
上空……霧船の中で、ちらっとキフティを見る。
「これ、逃げたらどうなると思う?」
「どこへ逃げるというの?」
「じゅ、術式の世界、とか」
「そう簡単に連れて行ける場所じゃないのよね、あそこ」
「それは嘘だよね……あそこはあそこの住民から招待されたら行ける場所だよね……」
「なんで分析はしっかりしてるのよ」
霧の中に、まだ『暁の双眸』がいる。
だからこんな掛け合いをしている場合ではない──と言おうと顔を出した。瞬間、さらにうるさくなる地上。少なくともクレネの山組は少なくない怪我をしているはずなのに、それはもう元気だった。
「だんまりとは良い度胸じゃないかメロップ! これは、尻を叩かれても文句はないと見た!」
「まぁ、構わんだろう。全く、こういう考えなしの大立ち回りはアトラスそっくりだな。アイツより度胸があるが」
「楽観的なことを言う……プレオネの大胆さを見習っただけ」
「ハッ、それは言えてるね」
隙だらけだ。
少なくとも『暁の双眸』のメンバーはそう思ったに違いない。ドラゴンがいなくなったことへの混乱を一度振り切って、切り替えて、タイタンの大帝国への一噛みを成し遂げるために、無防備な戦士たちへ斬りかかり──。
「空間宥和……というより、これは霧幻宥和と名付け変えた方がいいかな」
「術式の名前を気にする精霊はいないわ」
「そうなんだ」
霧に絡めとられ、その全員が捕縛される次第となった。
☆
あなたがどれだけ愛されているか。
皆があなたをどれほど大事に思っているか。
メティスの気持ちを考えて。ゲルアやテウラスがどんなに焦ったか。
というのをこれでもかと聞かされた後──抱きしめられて、皆が謝って来た。
心配をかけたこと、それゆえにこの行動に走らせてしまったこと。
どうやら、アトラスだった頃よりも過保護になっているらしい。まぁ、そうか。私は今少女で幼くて、アトラスよりも頼りないのだから。
さて、『暁の双眸』に関してだけど、主要メンバーは捕縛し、組織としては壊滅した、とのこと。実際に首領が誰なのかとかどういう契約を交わしたのか、とかがわからないから聞いた話で終わりだけど、皆も学んでくれたらしい。
だからつまり、情報を隠し過ぎると暴走する、と。
「しかし、メロップは霧を編む術式に長けておるんじゃのぅ」
「特別得意、というよりは、使い勝手がいい、というか」
「殺傷力が低いから、かの?」
「うん」
城壁の上で日差しを浴びながらゲルアと話す。
なんというか、ゲルアが一番気安く話せるから、楽でいい。時折私が僕であることを見抜いているのではないか、と思うような言動を取ることがあるけど、その大体が勘違いだ。
その上で私は見抜かれているものと思って接している。なんだかその方が気を遣わずに喋ることができるから。
「そうじゃ、お主の父、アトラスの得意術式は知っておるのか?」
「空間系?」
「おお、そうじゃ。お主も使えるようじゃが、アトラスの方が上手かった。そして、アトラス以外には使えなかった術式じゃ」
空間宥和を始めとした、空間そのものを書き換える術式は、アトラスが発見したものだった。
転移術式はもっと前からあったけど、それと同系統でいて全く新しい技術。それも帝国の王が発見したものとなれば皆躍起になって真似を試みたけれど、全滅。
そもそも空間というものを認識することさえできない、というものが多くいたのを覚えている。
「霧で練習したら、いい」
「ほう、確かに似た性質を持っているな」
「うん。ただ、多分だけど、空間の精霊がいないと、使えない」
「精霊……のぅ。メロップ、キフティと随分仲良くなったようじゃが、ダメじゃぞ」
「何が?」
「あまり仲良くなりすぎると、お気に入りとして精霊の世界に連れ去られてしまうんブホァ!?」
ゲルアが法螺を言い終わる前に、彼の口から大量の霧が発生する。
それはもくもくと中空で留まり、サハギン……キフティの形を作り出した。
「相変わらず嘘吐きね、あなた」
「ぶほっ、ごほっ……う、嘘ではないじゃろ! 実際合った話じゃ!」
「それは精霊王の話で、私達精霊の話じゃないの。精霊王は確かに気に入った人間を連れ去ってしまう、って話があるし、実際にあったみたいだけど、私達はそんなことしないから」
「ホントにあったの?」
聞いたことのない事件だ。
一応王であった僕のもとに上がって来なかった事件となると、大陸統一前の話だろうか。
「……ま、精霊王の仕業かどうかもわからない、が現実よ。やった、あるいは心当たりのある精霊がいなかったから、恐らく精霊王だろう、って」
「ちょいと昔の話なんじゃよ。メロップ、お主は勿論、タイタンの戦士たちの誰もが生まれていない……儂とテウラスくらいしかおらなんだ頃の話じゃ」
つまり少なくとも数百年前の話。
精霊王。精霊が見えるようになってから聞くようになった名前だけど、どんな存在なのか皆目見当もつかない。
「今は石碑しか残されておらんがの、昔あったとある村に、"愛し子"と呼ばれる少女がおったんじゃ。その子は人間にも精霊にも大層愛されての、その子も人間と精霊を愛し返した。……じゃが、自然災害というのは精霊にもどうにもできんもんでのぅ、その村を未曽有の大飢饉が襲ったことがあったんじゃ。飢饉は、わかるかの」
「うん、わかるよ」
「そうか。で、少なくなっていく食料と水に、けれど村人たちは"愛し子"に自らの食糧や水を与えた。自分たちよりその子に生きて欲しいから、と。──その後じゃ。その村に大精霊が降臨したのは」
「したとされている、だけよ。誰も見ていないもの」
「一々うるさいのぅ。で、大精霊はこう言った……言ったとされておる。『もう見ていられない。"愛し子"は私のものだから、精霊の世界に持ち帰らせてもらう。さらばだ人間』、と」
「それ、は……村の人たちを思っての、行動?」
うんにゃ、とゲルアが首を振り、いいえ、とキフティが溜息を吐いた。
「"愛し子"を失った村は、そのまま痩せ細って滅んだ。一説には"愛し子"の帰りを待って、そのまま年月が過ぎ去っただとか、"愛し子"を連れ去った大精霊に怒りを向けて精霊の怒りを買っただとか色々あるが──」
「大精霊に怒りを向けられたからって別に私達怒らないけど」
「色々あるが、最も有力なのは『生きる希望を失ったから』じゃ」
「生きる、希望」
そう、とゲルアは続ける。
「たとえそれがどれほどいびつでも、村人にとっては"愛し子"に食料を分け与えることこそが生きるための希望であり活力だったんじゃよ。それを奪われた村人は、次第に活力を失い、一人、また一人と死んでいった。それでも"愛し子"は帰ってこなかったし、大精霊が様子を見に来ることもなかった」
生きる希望。
自分が苦しい思いをしてまでも、その子を生かすことが、心の支えになっていたんだ。
「そういうわけで、大精霊に気に入られると精霊の世界に連れ去られてしまうし、周囲の人間も不幸になる──という御伽噺染みた実話じゃ」
「一応言っておくと、精霊の世界のどこを探しても大精霊には会えないし、その"愛し子"も見かけないから、実話といっても真偽のほどは定かじゃないわ」
問うことはできなかった。
私も"愛し子"と呼ばれているけれど……もし、同じことが起きたら。
戦士たちは、どうなるのか、と。
私の口は、重く閉じたまま、開かれることはなかったのである。
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