第14話 メロップちゃんと反抗勢力
タイタンの大帝国そのものは大陸を統一しているけど、首都であるこの元タイタンの帝国、あるいは城郭と呼ばれる場所は、そこまでの大きさにない。城壁を広げた所で必要な衛兵が増えるだけ。見えない方角が増えるだけ。だから広げなかった。
……それが間違いだったのかもしれない。
結果的に統一こそしたものの見えない場所──死角は残ってしまったし、こうして山々や海といった大自然の管理が甘くなっている。
これはメロペーとしてではなくアトラスとしての悔悟だ。そしておそらく、ライ達もその死角に潜んでいるのだろう。
「大丈夫じゃ。だからそんな心配そうな顔をするな、メロップ」
「……はい」
メティス。
暗殺者メティスが片腕をもがれ、帰ってきたこと。私の術式の話はどうでもよくて、だから、タイタンの戦士がそんな大怪我を負ったことが問題なのだ。
クレネの山。そこに残る他の戦士たちの安否が気掛かりでならない。
ゲルアもテウラスも頻りに大丈夫だと言ってきているけれど、それが逆に不安を煽る。それに、あの時の……アレスに叩き切ってもらった力の塊。あれはドラゴンブレスに酷似していた。
クレネの山にドラゴンがいて、タイタンの戦士達がその対峙にあたっていて……それでメティスだけが帰された理由は、何か大事に至ることがあって、せめて情報だけでも、とか。
ずーっと、ぐるぐる考えている。
「クレネの山、とは、どんなところなのですか?」
「む、むー。……一言でいえば、森林を持つ活火山じゃな。耐火性のある木々が生い茂る火山故、視界は悪く、気温は熱く、それでいていつ噴火するかわからぬ。まぁ、人間の住み得る場所ではないじゃろな」
実は行ったことがない。
というか僕はあまり現場に出させて貰えなかった。
僕が出たくなかった、のかもしれない。命を奪う行為の多くある外を見たくなかった。怖かった。
「行かせんぞ」
「……ダメ、ですか」
「ダメじゃ。危険すぎる」
私が行ってどうなる、という問題もある。危ないだけだ。何ができるわけでもない。
でもタイタンの戦士たちが危険な目に遭っている、ということに憔悴している自分がいる。何か助けになれないか。何か私にできることはないか。子供の私が行って、何か役に立つことはないか、
……無い。
むしろ私を守るために、誰かが犠牲になる可能性がある。
それは僕であった時も同じだ。僕は誰も傷つけられないから、城の外に出ることの方が味方を危険に晒す。
「ゲルア。クレネの山に何がいるのかだけ、教えてください」
「ならん」
「何故ですか? 知ることもダメというのは」
「……」
知ることもダメなのは、なぜだ。
ドラゴンがいる、ということで子供が興味を持つから? いや、そんな性格ではないことくらい知られているはず。
となると──何か、だから、敵対者が。
人間、なのか?
「組織……いえ、もしやタイタンの領民ですか?」
「……むぅ」
「ふっ、語るに落ちたなゲルア。メロップに隠しごとは無理だ。アトラスに対してそうだったように」
「反乱が、起きているんですか?」
タイタンの大帝国。大陸を統一したこの帝国は──けれど直後にアトラスが死んでしまったために、反旗を翻さんと企てる勢力があった……と。
それは、僕の失態だ。それは僕の……僕が死んでしまったがための。
「……」
「そう。今、各地でタイタンの大帝国への反抗勢力が生まれている。大帝アトラスの死を受け、覆し得るのではないかと思う勢力が。そして今、クレネの山には、『暁の双眸』という組織が居座っている」
「『暁の双眸』……」
知らない組織だ。いや、知っている組織の方が少ないけれど。
「クレネの山の先にあるヴァルナス。あの国の一部の者がメンバーであるとされている」
「ヴァルナス? 機織りの?」
「そうじゃ。よく知っておったの」
反物が有名な国。機織りならばヴァルナスと呼ばれるくらいの特産だった。それは帝国に吸収されて尚続いていたはずだったけれど。
「もう、話すがの。ヴァルナスは崩壊した。お主の父、アトラスの没後に」
「崩壊……」
「理由はわかっとらん。じゃが、その時に逃げ果せた一部の民がクレネの山に住みつき、そこを拠点に盗賊行為をするようになった。これが『暁の双眸』の始まりじゃ」
「『暁の双眸』は元が国だったから、相当な数がいる。それらはこのタイタンの大帝国を攻め落とさんと画策している──というのが常から囁かれていた話だった。その件を確かめるために、メティスとプラムはクレネの山周辺で監視活動をしていたんだ」
原因のわからない国家崩壊。
そしてなぜか向いた帝国への敵意。この『暁の双眸』という組織がライの所属する組織……なのだろうか。何か、なんだか違う気がしてならないが。
……管理不足、か。
僕は、アトラスは、本当にダメな皇帝だったとつくづく思わされる。
生きていれば。怖くても、臆病者でも、生きてさえいれば結果は違ったかもしれないのに。
何故、命を絶つような真似を。
「先日この城に皆が集まった時、行動方針を決めた。ゲルア、私、アレス、プレオネはこの城に残り、メティス、プラム、メノイ、ゼオスはクレネの山へ。エイベムは商人のルートから情報収集をする、という手筈になっていたんだ」
「それがこの有様じゃ。森人を使ったクレネの山からの攻撃に加え、メティスの負傷。奴が落ち着いたら詳細な情報も出てくるじゃろうが、凡そロクなもんでもあるまい。──で、どうじゃメロップ。聞いて有益な事があったか?」
意地悪な質問は、これ以上私を関わらせないためだろう。
でも。
「プラム、メノイ、ゼオスは、どうなるんですか」
「勿論救出には行く。だがメティスの様子を見るに、全員が少なからず負傷していると見た方が良いだろう。加えてあのドラゴンブレスを考えると……」
「おいテウラス、煽るようなことは言うでない。メロップが行きたがったらどうする気じゃ」
「無理だろう。私には、行く気満々である、という風にしか見えないが?」
命を奪う行為が怖い。それは今も変わらない。
だけど──皆が死ぬのだって、怖いんだ。二度も覚悟をしたくない。
「せめてメティスの回復を待てメロップ。それからでも遅くは」
「遅い。今すぐ行かないと」
「じゃがどうするメロップ。馬車は出さんぞ。歩いていく気かの?」
ここからクレネの山まで結構ある。
どのようにして向かうか。
そんなもの──決まっている。
「霧船」
術式を編みながら窓を開き──飛ぶ。飛び移る。
突然のことに反応できなかった二人を後目に、空へと出る。
「ま──待て、メロップ!」
「空を飛ぶ術式……そこまで会得していたか!」
飛ぶ。飛ぶ。
高度を上げて雲の境にまでくれば、隣に霧が集まってきて、ヒトの形となった。
「いいの? というか、大丈夫?」
「キフティ。呼びかけに応じてくれてありがとう」
「それは全く以て構わないんだけど……あなた、さっき血を見て気絶した事忘れてない?」
「……それでも、失うことの方が怖いよ」
クレネの山が戦場になっているのなら、それは血みどろのものになっている可能性が高い。
その光景に耐えられるかどうか。あるいは、誰かが死していた時、私は。
いや。いや。
それを防ぐために行くのだ。
「キフティ、確認するけど、命を奪わない、傷をつけない術式なら、精霊の世界に血の雨は降らないんだよね?」
「ええ」
「それだけわかれば十分だよ」
飛ばす。
キフティと共に、クレネの山の方へ向かう。
──頼むから、無事でいてくれ、皆。
*
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