第13話 メロップちゃんと怪我
結論から言えば、考えてもわからない、で終わりだ。
ライと名乗る少女。その後ろにあるらしい組織。
アトラスであった頃に恨みを買っている可能性のある組織をピックアップしてみたけれど、恐らくは全てが壊滅している。僕と敵対した組織を許す戦士達ではなかったから。
……その壊滅が、どの程度のものか。それを深く聞く勇気は当時の僕には無かった。
もし壊滅が「組織として運営できなくなる」程度のものであれば、ライはそれら組織の生き残りだと考えることができる。
そうでないのなら、やっぱりわからない。衛兵やアレス、ゲルアの感知を素通りして私に近づけたあたり、相応の実力者ではあると思うのだけど……残念ながら心当たりがない。インクを使う術式も、あの勧誘の意味も。
「……ふぅ」
「大丈夫か、メロップ」
「あ、はい。大丈夫です」
新しくできた困りごと、という意味での溜め息だったのだけど、敵対者と対峙していたことに関する緊張から来るものと思われたらしい。
テウラス、ゲルアが件のインクを解析中の今、私の近くにいるのはアレスだけ。
プレオネはそろそろメティスが帰ってくるとかで、その迎えに行っている。メティスたちがどこへ行っているのかを聞かされていない以上口の出し様がない。聞かされていてもないのだが。
「アレス」
「なんだ?」
「……アトラス……父とは、仲が良かった、んだよね?」
「ん、おお。親友だったって俺は思ってるぜ。アイツがどうかは知らねえが、多分アイツも思っててくれたと思ってる」
ああ。
そう思っていた。そう思っていたからこそ、お前の笑顔に耐えられなかった。
「そうですか……」
「俺からも一個いいか?」
「え、あ、はい」
「その"父"っていうのやめねぇ? いやメロップは俺の娘ってわけでもないからいいんだけどよ、お父さんとか親父とか……いや親父だとちょっとアレだが、なんか他人行儀過ぎるっつーか」
「あ……その、会ったことがないので、なんだか……お父さん、と呼ぶには、仲良くなれていない、気がして」
実際、自分だし。
難しいよ。自分を父親と呼ぶのは。名称としての父ならばともかく。
「あー。まー、ん-。そうだよなぁ、死人と仲良くなる方法なんかねぇし、メロップにとっちゃそんなもんか。アトラス……そうだよなぁ、会ったことねぇんだもんなぁ」
「ど、どうしても気になるというのなら、頑張ります」
「いや、いいよ頑張らなくて。頑張ってまで、無理してまでそう呼んで欲しいわけじゃねえからさ。なんつーか……俺の自己満足なんだよ。一瞬でも良いから、プレオネとアトラスとメロップが、普通の親子でいられた姿を夢に見たい、っつーか……ああやめやめ! 俺らしくねえこと言った! 忘れてくれ!」
刺さる。
……普通の親子でいられた姿、か。
私は。
「あー、あーっ、そんなしんみりした顔しないでくれ。すまねえ、ホント馬鹿言った。んな事言われたってお前はどうしようもねぇのにな。ほんとごめんな」
「いえ……そういう貴方だからこそ、父は貴方を親友として認めたものと思います」
素直で、率直で、隠し事ができなくて、自分の感情を裏切れなくて。
誰かの役に立ちたくて、誰かの笑顔が見たくて、誰かが悲しむのが嫌で嫌で。
アレスはそういう奴だ。
「私は……父とは会ったことはない、はずなんですけど……なんとなくわかるんです。父が感じていたこと。やっていたこと。世界に対してどう向き合っていたか。……全部妄想かもしれませんが」
「……メロップ」
「はい」
「話が難しい。もう少し簡潔にまとめてくれ」
アレスはこういう奴だ。
ああ、懐かしいな。自分だって結構哲学的な話をするくせに、相手がそういう系統の話を始めた途端理解ができなくなる。脳が理解するのをやめる。
「私は父を他人とは思っていませんよ、ってことです」
「そっか。んじゃ、あとは段々仲良くなるだけだな。アトラスのことなら何でも聞いてくれ。俺が……アイツの全てを理解していたとは決して言わない。だけど、思い出話くらいならできるからさ」
「はい、お願いします」
うん。
やっぱりアレスには、笑顔が似合うよ。
*
メティスが帰って来たらしい。
暗殺者メティス。かつては僕の命を狙って来た文字通りの暗殺者だったけれど、紆余曲折があってタイタンの戦士たちに数えられる程の仲になったという経緯を持つ。妹というか双子のプラムと共に身体能力に優れ、森での戦いならばアレスと互角になれるほど。
……無論、不得意な地形で且つ二対一の構図を押し戻すアレスが強すぎる、というのはいうまでもないことだろう。
話を戻して、しかし何故メティスだけなのか。
そもそもどこに言っていたのか。
というのは、全く教えてもらえなかった。まだ会わせてももらえていない。
あまり情報を遮断されると、色々考えてしまうんだけどな、なんて。
……多分、私が見ない方が良いことがあるのだろう。恐らく怪我をして帰って来た。それで、その怪我が大怪我で……プレオネが集中して治療にあたっている。血を見るのも苦手、というのはアトラスの時から変わっていない。だからプレオネたちの判断は正しい。
正しいけれど──同時に。
「メロップ様!? ダメです、今この部屋は」
「メティスと、お母さんがいる。メティスの怪我は、大きい?」
「……!」
「ありがとう。その反応で十分だよ」
侍従をすり抜けて、その部屋に入……開錠の術式を使い、その部屋に入る。
結界。臭いを外に漏らさないためのものだ。そしてその結界越しに見える。
──片腕のないメティスが。
「メロップ!? どうやって……見張りは何をしている!」
「大丈夫です、メロップ。私が治します。貴女は気にしなくても大丈夫です。ですから、どうか」
かつて。
かつて、僕が癒しの術式を編んでみせたら、プレオネは苦笑しながらそれを使うのはやめてください、と言った。教会の、つまり聖女の血を引いていないアトラスが使ってしまうのは、教会の権威に関わるのだと。
無駄なプライドで救える命を減らしている教会にどこか嫌な思いを持ったことを覚えている。けれど行動はしなかった。口に出そうものなら、アレス達が教会をも壊してしまいそうだったから。
でも、今は違う。
今。
今、私は、聖女の血を継いでいる。
だからいいはずだ。使っても。
臭いを遮断する結界は、けれど人を防げるわけじゃない。だから素通りして……苦悶の表情を浮かべるメティスの前で、膝を突く。息が荒い。出血量が酷い。
幸いにして、という言葉を使うべきではないとは思うけれど、メティスは千切られたらしい自らの腕を握り締めてくれていた。それがあれば、イチから腕を作るより治療は簡単になる。
血液。
死。
そして濃い臭い。
……クラつきそうになる頭をどうにか支えて……術式を編み始める。
「っ! それは!」
「お母さん。できることは、やっちゃダメですか」
「……ゲルア、今すぐ人払いを。それと、遠見系統の術式を遮断してください」
「良いじゃろう」
事態は一刻を争うから、ゲルアの術式の完成は待たない。
編むのは癒しの術式。痛みを取り除き、出血を止め、千切れた肉体や骨を繋ぎ直す──万能を目指した術式。ただし今の私の容量を考えて、必要な部分だけを抽出する。
治すのは右腕だけだ。
震える手で、メティスが握りしめている腕を掴む。意識がないのか強く握りしめてくる左手に弛緩の術式をかけて腕を取り出し、元の位置に置く。
ひとの、にくの、つぶれるおと。
……まだだ。意識を失っていい時じゃない。大丈夫だ。命を奪う行為じゃない。
救う行為だ。理解しろ、メロペー。理解しろアトラス。
そして──願え。
自らの星に住まう精霊たちに、癒しを。
これは命を摘み取る行為ではない。これは誰かを傷つける術式ではない。
癒し、繋げ、治す術式。
これは血の雨を降らせる術式だろうか。
──いいえ。だから、存分に。
「
今のは誰の声だったのか。
キフティにしては、落ち着いた声だった。
治る。
私が声に疑問を抱いている間に、編みに編んだ術式が効果を発揮する。そして、一度視認したからか、認識したからか……わかる。精霊が、いくつもの精霊が術式の手伝いをしていることが。
あるいは術式そのものにも見えるけれど、違う。あくまで手伝いだ。そのものは、もっともっと太い腕のような、何か。
メティスの腕。
まるで時を戻したかのように治る。そういう風に編んだ術式とはいえ、これほどまでの大怪我に使うのは初めてだった。だから、その治るさまが目に焼き付く。骨が繋がり、筋肉と血管が繋がり。事細かなその様子に、私は。
「……ごめん、なさい」
意識が途切れるのがわかる。
術式は既に発動を終えているから私の意識とは関係ないけれど、それ以外の傷や怪我に関してはプレオネに任せるしかない。ああ、テウラスも、少しは使える、の、だったっけ──。
治療の途中で意識を失うなど。
やっぱり私は、聖女にはなれないのだろうな。
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