第7話 メロップちゃんと策略?

 表情一つ変えずに次の術式を練り上げて行くメロペーに、テウラスは薄く笑みを落とす。そっくりなのだ。彼女の父親、アトラスに。

 アトラス。大皇帝アトラス。

 命を奪う。傷をつける。アトラスはこれを大いに嫌った。

 だからこそテウラス達が奔走し──結局それは、空回りだったのだが。

 とかく。

 

 眼下に広がる黒ローブ共。

 タイタンの戦士たちだけでやるなら、城と人間だけに防護結界をかけて、敵と認識した黒ローブたちに炎でも降らせるか、アレスを呼び立てて両断するか。

 敵は殺す。殺さねば、殺さない限りは、ずっとずっと向かってくるものだ。逃げたとしても恨みを抱くものだ。だからこそ──。


 なんて。


 アトラスにも、そしてその娘たるメロペーにも見せられない一面だ。

 

「テウラスさん。霧はもう大丈夫です」

「そうか。次は縄だな?」

「あ、はい。お願いします」


 アトラスだったらこう言うだろう。アトラスだったら次にこう指示してくるだろう。想像に難くない。だからこそ、メロペーが何かを言う前に提案ができる。準備ができる。

 庭師には少しだけ申し訳ないが、中庭にある草木を操って侵入者を拘束していく。メロペーの術式によって酩酊状態になっている侵入者たちは、簡単に拘束され、引き倒されていく。


「でも、多分これも陽動……」

「だろうな。本命は? ああ、ちなみにプレオネは無事だ。先ほどの霧で確認している。城内の者達もけが人はいない。何かを破壊された、ということもないな」

「とすると──城内にこれだけの人数を入れるのが目的かな」


 敵。恐らく敵とされているものは、魔核生物を混ぜ込まれた森人。

 森人は感受性の高い種族だ。術式に対しても、精霊の類に対しても。そういうものに愛され、そういうものを引き付ける。

 ならば今、この城は。


「他で使われた術式が全部集まってくる……?」

「なるほど。たとえば、クレネの山で災厄に対し使われた術式が──その余剰分がこちらに飛んでくる可能性があると」

「クレネの山の災厄?」

「む。ああいや、なんでもない」


 滑らせかけた口を噤み、けれどクレネの山の方を見る。

 今のところその兆候はないが、もしタイタンの戦士たちが全力を以て何かを討ち果たさんとし──それが避けられるなり、対象を変更されるなりした場合、その力の塊は──ここへ。

 先日突如現れたラヴァバード。少なくとも転移術の使い手がいることは確かだし、つまり力の衝突の瞬間に対象をどこぞへと飛ばし得る作戦は取れるはず。

 

「なんにせよ、奴らを外に排出するべきだな」

「……自爆、とか。しない……よね」

「流石に……いや、どうだろうな。敵の目的にも依る。城を壊したいのか、誰か特定の人物を殺したいのか。それともこの城を集束領域へ変じさせることだけが目的で、奴らは捨て駒か」

「捨て駒にしては、手が込んでるし、森人をこれだけ集めるのには何か餌がないと……」


 議論を詰めても、やはり答えは出ない。

 植物で外へ運ぶ──には、中庭から正面扉への距離が遠すぎる。

 転移を使うか。半分くらいであれば私でも。


「……テウラスさん、もう一度霧をお願いします」

「霧を? 構わないが」


 言われた通り、霧を降ろしていく。

 水と風で編んだこの術式は、この規模を改変するにしては少ない消費の良い術式だ。

 先ほどメロペーが霧へ乗せていたのは妨害の術式。 

 此度乗せるのは──夜の、夢?


「草木の拘束を順次解いていき、夢に陥らせたまま自ら城を出させます。テウラスさん、霧の形を変えることはできますか?」

「無論だ」


 自身の術式を後から操ることができない未熟な式者とは違う。テウラスのように悠久を生きる者ともなれば、霧の形も、霧の濃さも、霧の中の水分量まで思うがままに変えられる。

 夢遊の術式は霧に乗って流れて行き、夢中に陥った者から草木を振り解き、自らの足で中庭から出て行く。

 ……アトラスも良く使っていた術式ではあるが、これがどれほど恐ろしい術式かを奴は終ぞわからなかったな。

 傷つけたくないから、殺したくないからという理由で隔離し、操り、その心から争いの目を消す。

 

 ──タイタンの大帝国。

 そのトップに座る者が何者であるか、など。


「私は嬉しいよ、メロップ」

「はい?」

「タイタンの大帝国はこれから先も安泰だ。今はこうした混乱が起きることもあるだろうが、君が次なる帝となった時、この国はまた安寧を得ることだろう」

「え……ぁ、はい」

「おっと、余計なことを言った。……皇帝にならない、という道ももちろんある。君の望む道をこそ行くと良い。私達は君の背を押すことはあれど、その道を阻むことはない。アトラスの無念を──私達は忘れない」


 ああ、ダメだ。

 この子といると、余計なことを話し過ぎる。何故か懐かしいからだろう。何故か──楽しい気持ちを思い出せるからだろう。


 一人、また一人と城を出て行く森人たち。

 自爆するような兆候はない。目を覚ます様子もない。

 城門から出て行く黒ローブに沿って、霧も移動させる。国外へ出すには些か遠すぎるから、城脇の牢獄へ。……が、人数が多すぎるか。


「メロップ、人数が多い。一旦──」


 そちら。

 メロペーがいる方向ではなく、メロペーが凝視する方向を見て、テウラスは咄嗟に術式を口に出す。逸らす術式だ。防ぐのは無理だと判断し、海の方へ逃がすための結界を。

 黒い雷──発動したのが誰かはわからないが、それが暗雲を貫いたのは見えた。ならば雲の上を通り、まさにここへと落ちてくることが想像できる。


「解析……竜の咆哮に類似。防御及び分散術式……検証。不可。無理だ、私の結界じゃ弾けない。……それより、まずい、あの森人達に──落ちる」

「森人の心配より自分の心配をしろ! あの範囲が落ちてきたら、私達もただでは済まないぞ!」


 結界がダメなら、攻撃術式で相殺するべきか。

 ……無理だ。個人の力でどうにかなるエネルギー量じゃない。ならばせめて森人を吹き飛ばして、この城を守るべきだ。

 メロペーは悲しむだろう。だが、人命に代えられるものではない。

 霧を風へと変換し、暴力的に吹き飛ばす──。


「アレス!!」


 叫んだ。その時、テウラスがせめてもと森人を退かしている時に、叫んだのだ。彼女が──メロペーが。

 普段ほとんど感情を表に出さない彼女が、大きな声でその名を呼ぶ。


「海を向いて、雲の方向を、全力で斬って!」


 届くはずのない声だった。

 幼子の、高所より叫ばれた声。あの力の塊が近づいているせいだろう、轟音の響く空も彼女の声を掻き乱している。

 それでも。

 それでも届くのだ。


「お願い、アレス!」


 ──"頼む、アレス!"


 重なる。

 傷つけることを嫌った皇帝が、奪うことを拒んだ大帝が、けれど守るための剣もあるんだと戦士アレスに教えたあの日の光景が。

 

 そして、それは結果まで重なるのだ。

 街中より放たれた炎。三日月の形をしたそれは、飛ぶ斬撃とでも呼ぶべきもの。戦士アレスの放つ炎の斬撃は術式として世界を書き換え、故にこそあまりに鮮やかで、美しく、そして圧倒的だ。

 炎。

 炎。

 炎の刃が、暗雲を割り──まさに今、雷の槍となって城を目指していた力の塊を。炎が雷を叩き切る──それは世界の書き換え。

 術式と術式のぶつかり合いは、より強固である方に軍配が上がる。


「っ、テウラス、霧を上げて!」


 言葉に従う。

 違和感がなかった。アトラスと共に戦っている時と似た感覚に、手も口も勝手に動く。

 森人に纏わりついていた霧が街を囲うように上がり、叩き切られたことで爆散した雷の槍を防いでいく。


「霧幻、強化……ぅ」

「無理をするな、メロップ。術式の使い過ぎだ。それに、安心しろ。──彼女が間に合った」


 テウラスの霧に強化を入れようとしたメロペーがフラつく。

 幼子の使い得る術式などたかが知れている。頑張った方だ。それも、十二分に。


 ──時間は稼げた。

 効果は強大でも発動に時間のかかる術式。

 

 聖女プレオネ。その力を遺憾なく発揮した大結界がタイタンの城下町を覆い──アレスの炎の破片も、雷の槍の残片も全て防ぐ。テウラスやメロペーの張ろうとした結界など比べ物にならない。

 彼女の二つ名は伊達ではない。守ると決めたのなら守る。その意思の右に出る者は、恐らくアトラスのみであったことだろう。


 なればあと、テウラスが気にするべきは二つ。

 森人を一人も逃がさないことと。


「ごめ、なさ……」

「構わない。ゆっくり眠ると良い」


 消える。天への階段が維持力を失い、溶けて行く。

 だからテウラスは彼女を姫抱きにし、ト、ト、と軽い足取りで溶け行く階段を下りて行った。

 降り立つは城壁の上。そのまま向かうは──全力で、なんなら竜の形相でこちらへ向かってくる聖女のもとへ。


 眼下。

 肩を竦めるゲルアに目配せを送って、テウラスは霧の操作を手放した。


 *


 ──目を覚ます。

 起き上がる……起き上がろうとして、けれど無理だった。抱き着かれていたからだ。


「お母さ」

「泣きつかれて眠っている。寝かせてやりたまえ」

「な……んで、泣いて?」


 私との眠る寝台。その横で、テウラスが本を読んでいた。

 泣いていると聞かされて彼女の方へ振り向けば、確かに目元に泣き跡がある。……泣かせないと決めたのに。


「お前が無事だったからだよ、メロップ。そして、自身が結界の発動まで何もできなかったからだろう。そういう女なのさ、プレオネは」


 ああ。よく知っている。

 背負う必要のない責任まで背負って傷つく女性。……これを昔プレオネに言ったら、「貴方に言われるのは心外です」なんて言われたっけ。


「……森人は」

「全員無事だ。けが人もいない。今ゲルアが尋問中だが、情報が出るかは怪しいな。依頼者らしき男は散見されるものの、その部分の記憶だけぼやけている。精神に干渉する術式が使われていると見てまず間違いない」

「……そっか。良かった」


 死人や怪我人が出なかったこと。

 これが何よりも嬉しい。ほとんどはプレオネの功績で、決め手はアレスではあったが──今の私にもできるのだ。

 アトラスの頃にやっていた、無害な方法で敵と呼ばれる者達に退去していただくことが。


「黒い雷については?」

「現在調査中だ。だが、タイタンの戦士たちの一部が発生元のクレネの山にいる。帰って来次第話を聞けることだろう」

「クレネの山……」

「気になるのはわかるが、今は休んでおけ。メロップ、君は少し加減を知らな過ぎる。術式を使い過ぎて倒れることがこうも連続するのであれば、まずは自らの限界値を知る訓練から教え込まねばならないだろう」


 ……その通りだ。

 毎度毎度戦場で倒れていたら、迷惑が過ぎる。

 今、このメロペーという身体でどこまでできるか。それを調べておくことに越したことは無い。何より私という存在は、本来彼女の娘なのだから。


「わかりました。お願いします」

「……普通の子供は測定の類を嫌がるものなのだが。まぁ、君は例外として見ておこう。それで? 抜け出せそうか?」

「いえ、当分無理です。お母さん、凄く硬く抱きしめてきてて」

「そうか。なら私は安心してここを出て、ゲルアを手伝ってくるとしよう。──子供は子供らしく、母親の腕に抱かれているといいさ」


 そう言い残して出て行くテウラス。

 ……やはりわからない。まるで気付いているかのような言動に反して、気付いていないかのような言葉を吐く。あれだけ派手にやれば気付きそうなものだけど……。

 まぁ、今は。

 彼女の温かく──けれど震えているこの腕の中で、大人しく過ごすこととしよう。

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