第6話 メロップちゃんの戦い方

 当然だけど、タイタンの戦士たちは皆それぞれの仕事がある。

 出かけているらしい面々も、アレス、ゲルア、テウラス、そしてプレオネも。誰もが暇ではないのだ。

 

 だから、致し方なく一人で素振りを行っていた。

 僕であった頃も剣の師事など受けたことが無く、身体の鍛え方も我流でしかない。が、やらないよりはマシだろうとまた中庭で木剣を振る。

 熱は下がった。やはり術式の使い過ぎが原因だったのだろう、他に体調を崩した、ということもなく、誰かにうつすこともなく。


 振る。

 まっすぐに振れている、と思う。へなちょこな剣だとアレスには言われてしまったけれど、ちゃんと振れているはずだ。

 ……。


「何をしているんだ、メロップ」

「……テウラスさん」

「そんな隅で……む、木剣? ああ、聞いたぞ。アレスに剣を師事しようとしたとか。やめておくといい、アレは手加減の出来ぬ阿呆だ。怪我だけでは済まないぞ」

「だから、一人で練習」

「……何故だ?」

「何故、とは?」


 探求者テウラス。

 不可解な現象や未知を暴き、皆に道をつける異族。年齢は……何百歳だったか。よく覚えていない。


「メロップ。君は皆から守られる子だ。私は勿論、タイタンの戦士たち、そしてこの帝国のすべてが君を守るだろう。どんな災害が来ようとも、恐ろしい魔核生物が現れようとも。……君が前に出ることは無い。君が傷つく必要はないんだ」


 アトラスであった頃にも、全く同じことを言われた。

 お前は守られるべき存在なのだから、前に出る兵士の真似事などするな、と。


「……私を守ることで、誰かが傷つくのが怖い。誰かが命を落とすのが、怖い。……変、でしょうか」

「いや、当然の感情だ。だが一つ忘れている。少なくともタイタンの戦士たちは果ての見えない程に強い、ということだ。君を守る程度で傷を負うことも、ましてや命を落とすこともない」


 そうなのだろう。

 そういうつもりだったのだろう。アレス達も、そのつもりで。


 でも、違う。

 私はそれだけじゃない。私を守ることで──私を襲う何かが命を落とすことも恐い。タイタンの戦士たちが負ける、なんてことは私だって想定していない。だからこそ、どちらかが必ず死ぬような戦いが起きて欲しくなくて、少なくともそんなものから一目散に逃げてしまえるくらいの身体能力はつけたい。


 味方に命があるなら、敵にも命がある。

 何度も何度も、同じことで悩む。


「……なら、剣より術式の精度を上げるべきかもしれないな」


 軽い動作で持ち上げられ、木剣を取りあげられた。

 そして、彼の口がある術式を編む。──消えるのは私の手の痛み。


「癒しの、術式」

「誰にも言わないでほしい。癒しの術式は教会だけが使えるもの、ということになっていてね。ただまぁ、アトラスにも再現できたのだから、私だってできる。見つかると面倒であるというだけで、こういう二人だけの時ならば使って怒られることもないだろう」

「秘密、ですか」

「そう、私と君だけの秘密だ。プレオネにも言わないでくれよ? あれの説教は頭が痛くなるからな」

「わかりました」

 

 術式。

 要するに、術式だけでなんとかできるようにした方が合っている、と言いたいのだろう。それは全く以てその通りだ。僕であった頃がへなちょこなら、私になった今もっと向かなくなったのは明白。剣を棄て、術式に走る。


「メロップ。君はどんな術式が得意だろうか。風と探知、そして転移。他に何が使える?」

「……全部、使えます」

「ほう、それは凄い。アトラスの奴も全て使えていたけれど、君の年頃で、ではなかったからね。現時点で君は父親を越えていると言えるだろう」

「……でも、使い過ぎると、熱が出てしまって……お母さんに、迷惑を」

「迷惑? 家族に迷惑を、なんてふざけたことを考えているのか、メロップ。……すべての家庭がそうだとは言わないけれどね。少なくともプレオネは、君を心の底から愛している。冗談でも彼女の前で"自分が迷惑をかけている"なんていうなよ? それを言われた日には、それこそ彼女が寝込んでしまうだろうからね」


 ああ。

 ああ、それは、その通りだろう。彼女は優しくて、それでいて繊細だ。

 私に気を遣われている、なんて知ったら、それだけで。……そうか、そうだった。私は自分の事ばかりだったな、また。

 

 娘として振舞うのならば、そういうことも察さなければ。

 嘘を吐くことは……心苦しいけれど。

 それ以上に傷つけたくないという気持ちが。ああ、でも、結局私はメロペーではなくて……私は、私は。


「メロップ」

「アトラス──君の父親の部屋に行ってみたくはないか?」


 うだうだと悩み続ける私に、テウラスはそんな提案を。



*



 硬く、固い施錠の術式を難なく解いたテウラス。

 その後ろをついてそこへ足を踏み入れる。踏み入れた。


「おお、アトラスの奴……ほんっとに無趣味だな。一国の、というか大陸を統一した帝国の皇帝だぞ。もっとこう……煌びやかでいいものを、なんだこれは、面白みのない」


 うるさい。

 そもそもこんな大部屋にする予定はなかったんだ。皆が、というかエイベムが囃し立てなければもっちこじんまりとした部屋でよかったのに。


「……」


 扉脇に飾られた、とある首飾りを手に取る。

 ある年老いた竜から貰った歯。それをアクセサリとして加工したものだ。懐かしい。


「気に入ったのか、それが」

「え、いや」

「ならば貰ってしまえ。どうせもう持ち主は死んでいる。私も適当に何か貰っていくか」


 おい。私は娘だからいいが、お前はただの窃盗だぞ。


「……懐かしいものばかりを飾っているな。どれもこれも……かつて所縁のあったものばかりだ。アイツの趣味らしき趣味がどこにも……」


 趣味。

 趣味か。僕の趣味は、そもそも形に残るものじゃないからな。なくて当然だ。

 

 強いて言えば、これくらいか。


 木箱へ無造作に放り込んである槍。中頃からぼっきりと折れてしまっているそれは、けれどそもそもが折れた槍だ。折れた槍として製作された──初めからこの形になる予定で作られた武器。

 

「槍? ……メロップ。もしかして君は武器が好きなのか?」

「嫌い。誰かを傷つけるものだから」

「そうか。アトラスと同じことを言うんだな。……しかし、そのアトラスの部屋にそんなものがあるのは知らなかった。何か術式が施されている……な?」

「回想」


 術式の施された武器。

 武器に限らず、こういう物体に術式が籠っているもの、というのはそれなりの数がある。この槍はその内の一つであると同時、武器の形である割に攻撃性のない術式の込められたもの。

 私の趣味は、これだった。武器であるけれど、武器ではない用途を求められたもの達。傷つけるために作られ、しかし傷つけることを拒んだ者達の収集。


 世界を書き換えるエネルギーが槍に吸い込まれ、折れた中腹から先が美しい光と共に形成される。

 でも、穂先は見えない。その穂先は──ある存在の胸へと突き刺さっているが故に見えない。


 実際に刺さっているのではなく、これも「始めからそういう風に作られた」術式だ。

 それは女性。下半身を足でなく魚類のものとした、所謂セイレーンという魔核生物。心臓に槍の突き刺さったセイレーンは、けれど苦しむ様子もなく──口を開く。


「これは……癒しの唄? 効果はないようだが……」


 昔はあったけれど、もう効果は消えた。

 これに宿っていたセイレーンの魂が夜の国へと旅立ったがために。だからこれは、抜け殻とでもいうべきものだ。生きても死んでもいない。ただ彼女がここにいたことを記すためだけの槍。


 心優しきセイレーンの物語オルゴール


 ……懐かしいな。昔は、そうだ。昔はそうだったんだ。

 この国がこんなに大きくなくて、争いも少なくて。その頃は、魔核生物とだって会話ができて、彼ら彼女らの中にも誰も傷つけたくない、という思想の者達がいて。

 いつから、だったのだろう。

 すべてが敵になったのは。全てが血を帯び、濡れ、迸らせ始めたのは。


 兄が死に。

 父が死に。

 僕が皇帝となった──あの時から、か。


「メロップ、少し静かに」

「え?」

「……私達以外にアトラスの部屋へ来る者がいる、とは思えないが」


 気配だ。

 探査を飛ばせば、今扉の前に張り付いている一人だけでなく、四人程がこちらを窺っているのがわかる。


 侍従、ではない。全員武装している。

 城勤めの侍従……こちらの塔にいる者は幾人かが眠らされている。プレオネ……彼女は反対側の塔にいるからか、気付いていない。いや、彼女が気付かない、なんてことがあるのだろうか。眠りの術式をこれだけの人数に使っているのに、悟られない、なんてことが。

 そして、それは私も同じ。

 セイレーンのオルゴールに集中していたとはいえ、テウラスに言われるまで気が付かなかった、というのが気になる。


「私一人ならばどうにかなると思っているのか? 随分となめられたものだが……」

「待ってください」


 窓を開ける。

 ……焦げた臭い。アレスだろうか。


 とにかく──戦うより、こっちの方が良い。


「こっちです」


 足を掛けるは、空。

 窓の外、空中をしっかりと踏みしめる。


「……血を見るのが嫌なら、大丈夫だ。命を奪うことも、傷つけることもしない。約束するよ、メロップ」

「狙いは私達じゃない、と思うので、こっちです」

「何?」


 陽動だ。

 テウラスの言う通り、テウラスだってタイタンの戦士の一人。あの程度の人数でどうにかできると思っているのなら愚かに過ぎる。そして彼の言う通り、傷一つ付けず、命を奪うこともなくあの五人を無力化できるのだろう。

 それを知らずに襲撃しに来たとしたら、それにしては計画性があり過ぎる。

 侍従を一人ずつ眠らせ、私とテウラスのみになるタイミングを狙って、プレオネにも気が付かせずに侵入して、なんて。


 情報収集能力に差があり過ぎるのだ。


「……わかった」


 私の手を取るテウラス。

 そのまま、急ぎ足で天への階段をのぼっていく。


 天への階段は風と水を編んで作っただけの階段だから、下の様子も良く見える。

 今城で何が起きているのかも。


 適当な位置で階段を平らに広げ、足場にする。


「これは……」

「ゲルアさんと、アレスさんは今どこに?」

「……城外だ。今この城にいる戦士は私とプレオネだけ。……狙われたか」


 いた。いた。

 うじゃうじゃといる。見知らぬローブを纏う者達。

 けれど、破壊活動や誰かを傷つけたりはしていない。侍従らは全て眠らせ、ただこの城を占領せんと動いている。


 目的がわからない。

 けど、恐らく司令塔たる何かがどこかにいるはず。あまりにも規律だった動きをしているから。


「一人一人に……眠りの術式をかけるのは、現実的じゃない」

「だろうね。ざっと見て40人はいる。多少手荒でも気絶を……というのは、嫌なんだな。ははは、まったく。アトラスを相手にしているみたいだ」


 当然だ。私が僕なんだから。

 でも、今の私はちゃんと抗議する。そのやり方は嫌だという。それを言わなかった結果が──いや、今は思い出すことも恐いけれど。

 

「ならば別の方法を考えるしかない。まず、奴らにかかっている幻惑でも取り外すか」

「霧に妨害を乗せる……吸わないように、気を付けて」

「城中にか? また寝込むぞ、メロップ。霧の発生は私がやろう」


 それは正直ありがたい。

 術式というのは効果が広範囲へ及べば及ぶほど自身の世界を消費する。ラヴァバードをヘルファイスへ転移させた時ほどではないにせよ、この幼き身ではかなりの消費となるだろう。

 肩代わりをしてくれるというのなら、任せる。


 霧を落とし始めたテウラスのソレに合わせ、術式を妨害する術式を混ぜていく。半減や無効化ではなく妨害なのは、何が起きているのかを把握し難くさせるためだ。

 特定の者達にだけ音を届ける術式等を使っている場合、それが繋がり難くなったり、彼らの纏う幻惑が時折崩れたり。

 術式の発動において「失敗しきらない結果」が得られると、式者は発動が上手く行かなかったのかともう一度同じ術式を使う。さらにそこへも妨害が入るから、式者の術式はその悉くが失敗する。そうなれば焦る。焦った式者は他の代替手段を使おうとするだろう。特に音を扱う術式の失敗は、そのまま声を発する方向に変わりやすい。


 あとは霧を吸い込ませれば、それで終わりだ。

 気絶はさせない。呼吸を止める、みたいなこともしない。ただの霧を吸い込む。


 私の術式たる妨害の乗った霧を、体内に取り込む。


 そうなればもう、彼らに術式は使えない。半減でも無効化でもなく、ただの妨害で式者を不能にする。


「──おやすみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る