第4話 メロップちゃんと不運体質

 現場とされた場所で、テウラスは大きな溜め息を吐く。

 同じく隣で溜め息を零したのは古き者ゲルア。


 今行っているのは現場検証……何故、どうして本棚などというものがメロップに向かって倒れてきたのかを調べている最中なのだ。

 

 あの時、テウラスはゲルアとの皮肉の言い合いに夢中になっていた。

 けれど術式の働く感覚にメロップの方を見て、その時には既に彼女へ向かって本棚が倒れ始めていた。誰かが逃げて行った様子もなければ、そういう仕掛けなどあるわけもなし。

 

「……受け継がれている、と考えるのが妥当かのぅ」

「だとしたら、より酷くなっているな。前兆が無さすぎる」


 ゲルアもゲルアで、手掛かりなしだったのだろう。

 

 騒ぎを聞きつけてやって来たプレオネにこっぴどく叱られたことはまぁいい。だけど、あのバカアレスにまで叱られたのが相当堪えているのだろう、テウラスもゲルアも自身の潔白を示すために本気も本気で証拠を探した。犯人を捜した。

 ……けれど、見つからなかった。

 探求者テウラス。古き者ゲルア。古代より永くを生きるこの二人は、術式を含めたあらゆる捜索、研究を可能とする。

 それが自惚れではないことは誰もが知っている。功績も伝説も、誇張されたものではなくすべてが本当だと。


 その二人をして、見つからない。

 無いのだ。倒れた本棚に干渉してきた術式や力が一切見当たらない。


「不運体質。アトラスの奴はある程度自らで跳ね除けることができたが、メロップはまだ幼い。……もし、アトラスよりも酷いものであるのなら──」

「革命か、天災か。それさえも生易しいものが起こるやもしれんのぅ」


 先代皇帝にしてタイタンの戦士たちの中心人物だったアトラス。

 彼は、彼自身に自覚のない最大クラスの不運体質だった。何をするにもどこへ行くにも不運が舞い込む。平和に嫌われ、幸運に逃げられ、神をしても「救えない」と首を振られた存在。

 故にこそタイタンの帝国では争いが絶えなかった。必ずどこかが戦争を仕掛けてくるし、必ず何か問題が起きる。だというのにアトラスがあの性格だったから、皆が守らねば彼は進んで傷つくような──そんな惨状。


 物の食べ方も、術式を自在に作り出すところも、命の喪失に怯えるところまでそっくりである彼の娘。けれどそんなところまで似なくても、と。それくらいは夜の国へ持っていけと──テウラス達は初めてアトラスに憎まれ口を叩く。


「伝えるべきか?」

「馬鹿もん。伝えたら自死を選びかねんぞ。自らが存在するだけで周囲のものを傷つける可能性を生む、など。アトラスにさえ伝えなかったというのに、メロップに伝えてどうするんじゃ」

「……そうだな」


 やはり、証拠は何も出てこない。

 この本棚はただ老朽化で倒れてきただけ。アレスが消し炭にした部分に何かあった、と考えることもできるが、物質の霊体まで調べた上でこの結論を出しているのだ。可能性としては薄いだろう。


 今、メロップはプレオネの元にいる。

 アトラスの不運体質を唯一打ち消し得るのがプレオネの幸運体質であったのだから、メロップは母親の膝元に座っているのが最も安全だろう、という結論に至る。


「……しかし、となると」

「ん?」

「クレネの山のことだ。メティスたちが言っていた気掛かり。それが不運体質によるものであったとしたら」

「……マッズいのがいる、と言いたいのか」

「ああ」


 ただの気掛かりで済めばいいが、監視だのなんだのと物騒なことを言っていたし。

 そこに何かが眠っているのは確実で──それがメロップの呼び寄せたものであるのなら、タイタンの戦士たち全員で取り掛からなければならないかもしれない。


 ──アトラスの防護無しで。


「儂らだけで決め得る話ではないのぅ。全員出るとなれば、メロップを置いていく、ということになる。そしてそれはあり得ん話じゃ。儂とお主だけではメロップを守り切れんことは今しがた判明した。アレスとプレオネだけ残す、というのが最も好手じゃが、それだとこっちの火力がのぅ」

「とりあえず議題に出すぞ。それと、ゲルア」

「なんじゃ」

「……いや、なんでもない。心にもないことを言おうとした。忘れてくれ」

「ほ、相変わらず変な奴じゃのぅ」


 テウラスの頭に浮かんだこと。

 プレオネの幸運体質の範囲内において、アトラスの自死は起こった。それをアトラスの意思の強さと捉えるのは簡単だ。だがもし、プレオネにとってなにか、アトラスにとってなにか幸運の起こることのきっかけであるのならば──など。

 

 あまりにも不謹慎過ぎる考えが、ゆらりと。



*



 本棚倒れ事件から二日後。

 私は城の中庭にて、アレスと対峙していた。


 酷く。

 酷く困った顔をしているアレスと。こんな表情は初めて見た。


「あ、あのな、メロップ。剣っつーのは敵を斬るためにあるんだよ。わかるだろ? お前が嫌いなもんの代表だ」

「それでも、貴方は私を助けるために剣を振った。ああやって、たとえば落石だとか倒木だとかを打ち払うにも──剣は有用だと知った。だから、教えて欲しい。誰かを傷つけるためじゃない。自分や皆を守るための剣を」

「つってもなぁ……俺のは完全に傷つけるための剣なんだよなぁ……」


 という話だ。

 本棚の時に気付いたのだが、この身体圧倒的に身体能力が低い。アトラスであった頃は人並みには動けた。それがないとなると、術式やら何やらでカバーする必要がある──が、いざというときに結界を編み出せなかった時点で私はダメ式師だ。

 僕であった頃のような判断力と、自身の危険くらいは避けられる身体能力。

 それを手に入れるためにはこうして剣を習うのが一番だと思う。


「め、メロップ様、おやめください、おやめください! 相手は帝国最強のアレス様なのですよ! 身体能力の向上であれば、剣など使わずともできます! ですからどうか!」

「そう、そうだ! いいぞ、もっと言ってやれ! メロップ、メロップ。いいか、お前の父親だって剣はマトモに使えてなかったんだ。へにょへにょした剣で、自分はサマになっていると思い込んでいて」


 めげそうになった。

 うわぁ、僕、アレスにそう見られてたんだ。人並みの身体能力と先ほど述べたけど、もしかして全然だったのかな……。 

 

 ……練習用の木剣を握り直す。

 ならばなおさらだ。

 今度こそを悲しませないと決めた。ならば自衛くらいは、いや、傷つけるとかじゃなくて、自然災害に耐え得る程度にはなっておかなければならない。

 死んでさえいなければ彼女が癒し得る。悲しませてはしまうかもしれないが──生きてさえいればやり直せる。

 

 だから、必要だ。


 身体を軽くし、且つ追い風を生む術式を発生させる。

 急激に軽くなる身体。懐かしい感覚。


「おいおい、その歳でもうそれ使えんのかよ……流石は術式馬鹿の娘だが」


 ……めげそうになる。というかちょっとめげた。

 術式馬鹿って。僕はみんなを守るための……。い、いや、今はそんなことはよくて。


「アレスさん。──私に、剣を、教えて下さ──」

「プレオネ! プレオネ! 助けてくれ!! メロップが暴走してる、俺の手加減なんか信じられないだろ助けてくれ!」


 一瞬だった。

 光の粒と共に、アレスと私を隔てる壁が形成される。

 アレスの剣へと叩きつける予定だった私の木剣はその壁へとあたり、むにょん、という柔らかな感覚のもと取れなくなった。跳ね返されたとかではなく、取れなくなった。

 ……中の物を閉じ込める結界。これにはいろいろな種類があり──特に聖女の使うものは多岐にわたる。私もいくつか参考にしたものがあるし、逆に私の作った結界を彼女が聖女の技として世に広めたこともある。


 今回のは前者。

 昔からある聖女の技。暴れ狂う対象を受け止め、絡めとり、行動不能にする結界。


「メロップ」

「は……はい!」


 有無を言わせない何かがそこにあった。

 彼女は滅多に怒らない。不当な事では怒らない。


 でも、ちゃんと筋の通ったことであるのなら。


「メロップ」

「う……ごめんなさい」

「違いますよ、メロップ。貴女の行動の意味は分かります。自分で逃げることさえできなかった、というのが悔しいのでしょう?」

「ぁ……はい」

「その気持ちはよくわかります。私も若い頃は同じ思いをしました。ただ、師事する相手が悪すぎます。アレスはあれでいて帝国最強。それでいて手加減が苦手ですから、稽古の一つもマトモにできないのです。……本当に逃げる為の強さを手に入れたいのなら、他の者をあてますから、アレスにだけは教えを請わないこと。いいですね?」

「うん……わかった」


 そうか。

 アレスは手加減が苦手だったのか。それは、知らなかったな。

 だから僕が毎回「やり過ぎないでね」と言っても、ああやって……。


 アレス。

 アトラスだった頃は、親友だったのに。そんなことも知らなかったのは……ちょっとショックだな。


「それと」

 

 プレオネの口が術式を紡ぐ。伝達の術式だ。

 内容は……「城上空 黒く巨大な鳥 落とさず消し飛ばして」。


 反射的に上を見る。


「……まさか、術式の内容を読んだのですか?」

「うん……。こ、ろす……の?」

「いえ……いえ。はい、そうです。メロップ。……自らの身を守るためには、命を奪う、ということも必要になります。あの鳥は突然出現し、何かを探すようにこちらを見ています。……何か狙いがあるのでしょう。それがなんであれ防がねばならず、故に命を絶つことこそが解決の糸口と──」


 ああ。

 ああ。


 まだ、嫌だ。それが僕には、私にはできない。

 アレは生きている。アレは何かに操られている。でなければおかしい。何か目的があったのだとしても、アレスとプレオネという最大戦力がここに揃っている今、この城に攻撃を仕掛ける益が一つもない。


 そこに、あの鳥の意思はない。


「っ!」


 口が勝手に動く。右手が勝手に文字を空中に書き込む。

 並列で行うは対象の解析と解放。浄化の力はかつて止められてしまったから使わない。


「何を、メロップ?」

「北北西、水平、やや下方あたり。使役の鎖が伸びている。お母さん、北北西側を、その鳥の高度まで結界で断ち切れる?」

「……」

「お母さん?」


 無理か。

 じゃあ私がやるしかない。私と、そしてアレスが。


「アレス、さん。お願い、殺さないで。──でも、許しは、しないで」

「っ、っしゃあ! オイオイ懐かしいじゃねえか! そんなとこまで似てちゃあ、やる気もでるってもんだぜ!」


 文字通り爆速で消えるアレス。

 言葉は最後まで聞き取れなかった。ただ私の指し示した方向に、めらめらと燃える魔力が向かう。

 

 そして同時、北北西方向に光の壁が立ち上がる。

 

「……お母さん?」


 プレオネは。


「……いいえ。なんでもありませんよ、メロップ。──大丈夫、貴女のやりたいようにやってみせて」


 まるで泣いているような声で。


「うん。わかった。──解析完了。ラヴァバードと断定。混乱状態を確認。使役の呪い解除。──転移先、楽園ヘルファイスへ固定」


 あそこなら、受け入れてくれるはず。受け入れて、治療をして、元の棲み処に帰してくれるはすだ。だから頼る。


「転移開始──!」


 傷つけたくなくて、けれど皆を守りたくて。

 僕はこういう術式ばかりを、必死で編んだんだ。


 僕から私に継承されたそれを、私が使わなくてどうする!


「──完了」


 ガクン、と。

 膝から崩れ落ちる。


 まぁ、普通は、双眼鏡の類を用いながら使うものだ。転移というのは。

 頭の中だけで計算してやる、なんて荒業……初めてやった。うまく、行った。それはいいけれど。


 ね、む……。

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