幽霊と遊ぶ少女

秋桜空白

幽霊になったら天使みたいな幼女と友達になった

「まじかよ。勘弁してくれよ」

ホームにいた中年のサラリーマンがそうぼやいてため息をついた。

「自殺?え、マジ?」

と人だかりのなかで男子高校生の声がする。勢いよく飛び散ったのであろう血が線路のいたるところにこびりついている。駅員はひどく滅入った様子で事後処理を行っていた。


俺はそれらの騒動を電車の上に座って他人事のように眺めていた。当たり前だが、電車の上に座ったのは初めてだった。新鮮な景色だった。自由って感じがする。その解放感に当てられて、みんなの前であぐらなんかかいてみちゃう。けれど、誰も見向きはしない。改めて俺は実感する。

「ああ、本当に死んだんだな、俺」


「ただいま、○○駅で発生した人身事故により、△△駅~××駅間で運転の見合わせを行っております。運転再開予定時刻は・・・」

構内でアナウンスが響く。

「自殺ならだれにも迷惑かけずにやってくれよ。くそ、こっちは外せない会議だってのに」

サラリーマンが息を荒げて自販機に拳を叩きつけた。他の乗客も、口にはしないもののどこか落胆している様子が伺えた。

「おー、困れ困れ」

と俺は開き直ったように言った。しょうがないよな。だって俺は俺で精いっぱいだったし。いえーいとホームにいる人たちに向かって俺は両手でピースする。と、その時だった。こちらを向いて目をキラキラさせている女の子がいることに気が付いた。小学校低学年くらいの少女だった。後ろを見ても、厚い灰色の雲や何の面白みもないビルが遠くにあるだけだ。彼女の方に手を振ると、彼女も俺に手を振った。

「電車の上に乗ってる・・・。かっこいい」

と彼女はつぶやいた。どうやら彼女は幽霊の俺が見えているらしい。俺は電車の上から飛び降りて少女の方へと歩いていく。距離が近づくのに比例して少女の興奮度が上がっていく。目の前に着いた頃には彼女はぴょんぴょんはねて、悶えているような笑っているような不思議な声を出しながら目を爛々と輝かせていた。

「こんにちは!」

と大声で少女は俺に行った。

「こんにちは」

と俺も答えた。

「幽霊さんですか?」

「幽霊さんですよ」

俺の返答を聞いて、すごい、初めて見たあ、と喜んでいる。そんな少女のことを周りの人がひきつった顔で眺めている。はたから見たら彼女は虚空に向かって独り言を元気に話しているわけだから、彼らの反応はもっともなものだろう。少女も周りから注目されていることに気付いて、はっとした顔をしてあたりを見回している。そして、急にホーム上を一直線に走り出した。途中で止まり、振り返る。どうやら俺についてきてほしいらしい。俺は彼女の望むままについていった。ホームの一番端、人気がないその場所で、彼女は

「幽霊さん。他に人がいるところではしー、ね?」

と言いつつ人差し指を口の前に置いた。その子の行動一つ一つが微笑ましかった。

「うん。わかった。誰か人がいるところでは何も話しません」

と俺は言った。

「幽霊さん、いい子いい子」

少女は俺の頭を撫でるように手を動かした。俺は撫でられているふりをする。少女はそれで満足したようでにっこりと笑った。少し考えごとをするようなそぶりをした後に少女は言った。

「幽霊さん、私決めた!今日は学校行くのやめようと思う。一緒に幽霊さんと遊びたい!」

「え?」

「さあ、ついてきて、幽霊さん」

と彼女は厳かに一歩一歩歩き出して、改札口へと向かった。引き止めようかとも思ったが、俺は思い止まった。なんでもいいか。俺はもう死んだんだから。俺は何も考えずにその子に付いていくことにした。人身事故の影響で改札口は自由に出られるようになっていた。

「ねえ幽霊さん。電車を止めてくれたのって幽霊さんなんでしょ?」

その改札口を通っているときに、少女は言った。よく覚えていないが、多分そうなんだろうと思い、

「うん。そうだよ」

と言った。

「ありがとうね」

と少女は静かに言った。その言葉には気持ちがこもっていた。彼女の言い方から不思議とそう感じ取ることができた。


 タン、と少女の小さな足が地面を強く踏む。そしてゆっくり足を上げる。そこにはさっきまでカマキリだった何かがぺしゃんこになっていた。少女はうう、と嫌そうな顔をしつつも、あたりをきょろきょろしながら次に踏みつぶせそうな虫をまた探しはじめた。

遡ること一時間前。駅を出たはいいものの、俺たちはどこにも行く当てがなかった。それで、結局近所の公園に入って遊ぶことになった。最初彼女はブランコに乗って俺にいろいろ話しかけた。

「雨が降りそうだね。幽霊さん」

「うん。そうだね」

「幽霊さん、何か楽しい遊び知らない?」

「うーん。ごめん。思い浮かばない」

「・・・・」

「・・・・」

「幽霊さんつまんなーい」

と彼女は俺のつまらなさにすぐに根を上げた。それから彼女は無言でひたすらブランコを揺らした。

それから、砂場で中くらいの砂山を作った。鉄棒で逆上がりをした。雲梯を一往復した。そして遂に

「せっかく、学校さぼったのにぃ」

とわめき始めた。

「幽霊さんなら何か楽しい遊び知ってるかと思ったのに全然そんなことなかったあ」

「ご、ごめんね」

と俺は謝った。生前の俺は根暗で友達一人もいなかったからな。と俺は自分に毒づいた。

「ひまひまひまひま~」

とわめく少女。そして、うーんと考える素振りをしたかと思うと、彼女は急にあたりをきょろきょろして、虫探しを始めた。最初は蟻だった。少女は見つけた蟻を恐る恐る踏んづけた。踏まれた蟻は平らになり、尻尾から何か白い粘液が出ていた。その光景に少女は

「うう~」

と嫌そうな声を出して顔をそらした。けれど自分で自分の頬を叩いて、彼女はまた、あたりを見回しては虫を探し始めた。そして、虫を見つけ次第、踏みつけていった。

カマキリ、ぐしゃり。バッタ、ぐしゃり。クモ、ぐしゃり。毛虫、ぐしゃり。カタツムリ、ぐしゃり。毎回嫌そうな顔をしながら、それでも何かと戦うように少女は虫潰しを続けた。俺は見るに堪えなくなって、

「ねえ、これ楽しい?」

と少女に聞いた。すると、少女はやっと虫探しをやめて俺の方を見た。

「た、楽しいよ」

と言いつつも、少女の顔はひきつっていた。本心から楽しんでいるというわけではなさそうだった。少女の考えていることがよく見えてこなかった。なんでこんなことを急に始めたんだろうか。

「虫さんたち、かわいそうじゃない?」

と俺は言った。多分、俺は少女の気まぐれで踏みつぶされる虫たちに自分を重ねていたんだと思う。学校でいじめを受けていた自分を。

「うん。でも、それは虫さんが弱いのがいけないんだよ。世の中はね弱かったらやられちゃうの。殺されたくなかったら強くならなきゃいけないんだよ」

「・・・」

俺は絶句していた。さっきまで天使のように無邪気だった少女の発言だとは信じられなかった。なんだか自分が責められているみたいで、頭がくらくらした。お腹なんてもうないはずなのにお腹のあたりが苦しくなった。

「ってね、そんなことを、うちのお母さんがよく言うんだ。多分ね、お母さんは学校で私がいじめを受けているのが許せないの。だから私、もっと強くならなきゃいけないんだぁ」

虫ぐらい、同級生の子たちは平気で殺してるよ。気にする必要ないよ。と言って彼女は悲し気に笑った。

「そっか」

と俺は相槌を打った。そんな返事しかできない自分がなんだかやるせなかった。俺はこの少女に親近感を感じていた。もしかしたら少女と俺は同じなのかもしれない。なんとなく俺は少女を助けてやりたくなっていた。それで、精いっぱい考えて、俺は一つ提案をした。

「ねぇ、君をいじめている人、俺が呪ってあげようか。俺、幽霊だからきっとそれなりに効果があると思うよ」

きっと少女は喜んでくれるだろうと思った。けれど、少女は予想外におびえた顔をしていた。

「どれぐらい効果があるの?」

「・・・もしかしたら、殺すこともできちゃうかも。そこまでいかなくても骨折とかぐらいならやれるんじゃないかな」

それを聞いて彼女はしばらくうつむいて、口をもごもごさせた。

「ううん。やらなくていい」

俺はその答えを聞いてショックを受けた。俺が少女にしてあげられることは多分、それぐらいしかないのだ。

「ど、どうして?きっと君は今より生きやすくなるのに」

少女は地面に潰されていた虫の残骸をちらと見た。

「潰された虫さんたちも幽霊になるのかな。きっと虫さんたちは私のことをものすごく恨んでるよね。・・・やっぱり怖いよ。こういうの。私、確かにいじめられているけど、まだ我慢できるくらいのいじめだから、大丈夫」

少女は年寄りのように背中を曲げて、そう言った。ただでさえ小さかったその背中は、より一層小さく見えた。なんだか見ているこっちが悲しくなる姿だった。ひぐらしが鳴いている。気付けば太陽は西に傾き、あたりは暮色を帯び始めていた。

それから少女は砂場にあった誰かのスコップを使って、一匹ずつ、踏みつけた虫のお墓を作った。全部作り終えたときにはもう、夕日は沈み切っていた。

「あーあ、もう帰らなきゃ」

明日になったら学校も頑張らなくちゃ。と少女は言った。はあ、と大きなため息が聞こえた。

「ねぇ、幽霊さんは死んだから幽霊になったんだよね」

「そうだね。死んだから幽霊になったんだと思う」

「そっか。・・・なんかいいね」

そう言って、少女は遠くの綺麗なものを見るように俺を眺めた。

「だ、だめだよ」

俺は反射的にそう言っていた。彼女は俺の言葉にきょとんとして、首をひねりながら

「何が?」

と言った。


家に帰る。幽霊さんも達者でね、と言って少女は夕日に照らされながら坂道の方へと去っていった。残された俺は夜になってもずっとその公園にいた。やることが何もない俺はとりあえず、星を結んで自作の星座を作った。その自作の星座をもとに少しだけ明るい物語を作った。次に少女に会えるのはいつだろう。その時までに、彼女の気持ちが少しでも楽になるような物語を用意しておこう、と俺は思った。

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幽霊と遊ぶ少女 秋桜空白 @utyusaito

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