ぬいぐるみの夢 【KAC20232】

広瀬涼太

ぬいぐるみの夢

 今夜もまた、クラスメイトのぬいぐるみになった夢を見た。


「今日の国語の時間、怖かったー」

 彼女が眠りに付く前の、ほんの少しの時間。

 学校で、いつも隣りの席から話しかけてくるのと同じ口調で、彼女はぬいぐるみとなった俺に呼びかける。

 ぬいぐるみの俺には返事をすることも、うなずくことさえもできないけれど、ベッドの上で彼女の声に聞き惚れる。


 そんな俺に、彼女はいつも学校であった出来事を聞かせてくれる。それは、俺にとっても実際に体験したことなんだけど、彼女にとっては学校には連れていけないぬいぐるみへの土産話なんだろう。

 今日の出来事を語る彼女は本当に楽しそうで、俺も新鮮な気持ちで、つまらないはずの学校の記憶を反芻はんすうしていた。


 といっても、国語の時間? 勉強の苦手な俺には、授業の内容なんてよく思い出せないものだ。


「チョウチョの夢を見た人のお話なんだけど、夢の中ではホントに自分がチョウチョだって思ってたの」

 はて、そんな話、してたっけ?


「夢からさめたら、もちろん人間なんだけど……」

 そこで彼女は自分の両肩を抱くようにして、言葉を途切れさせる。


「でもでも、すごいことを考える人もいるもんだねー」

 あの……その『すごいこと』の中身が聞きたいんだけど……もしかして、口に出せないぐらい怖いことだったの?


「もしかしたら、私だって……ふぁ……」

 そう言うと彼女は、小さなあくびをひとつ。そのままゆっくりと、目を閉じる。


 えっ、待って! 寝るの早くない? その話の続きは!?

 始まったばかりで切られたら、続きが気になるんだが!


 いやでも、俺もいっしょにその授業受けてたはずなんだけど……もう眠くて、今日の出来事さえよく思い出せない。


 まあいいや……眠い……おやすみ……。


    ◆


 夢から醒め、登校し、教室で彼女に会い、授業を受け……そして家に帰る。


 そして今夜もまた、クラスメイトのぬいぐるみになる夢を見る。


― 了 ―

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