或るぬいぐるみの独白

柳生潤兵衛

木箱

 とある放送局の美術倉庫の一角には、数多のぬいぐるみが納められて密封された木箱がある。

 少なくとも数年は開けられていない。


 元々は放送局外のスタジオで保管されていたものが、番組終了に伴って美術倉庫に移されたのだ。


 箱からは、人間には聞き取れない怨嗟えんさの声、感じ取れない後悔の念が漏れ出ている。


 ※※※


 ううう~……。

 お、俺が悪かった。

 出してくれぇぇ……。


 俺は調子に乗ってたんだ。


 月曜日から金曜日まで、昼の時間帯に毎日生放送されているバラエティ番組の観覧希望に当たって、見に行ったスタジオ。

 たまにカメラが観覧席を映して、それが全国に流れる。

 現に、何回かカメラが観覧席を向いていたしな。


 俺はテレビで見ているという友達に、そして超長寿番組に俺という爪痕を残したくて――。


 大声を張り上げて、スタジオのステージ上にいる芸能人に絡んだ。


 最初はビビって小さな声しか出なかったけど、だんだん慣れて少しずつデカイ声が出せるようになった。


 出演者を冷やかしたり、ゴシップネタを本当かと聞いたり。

 途中でスタッフから注意をされたけど、構わず続けた。


『本当にいい加減にしてください。これ以上続けると大変なことになりますよ?』


 は? 追い出される? 訴えられる?


 そんなもん、仲間内で持て囃されたり一目置かれるのに比べたら大したことない。

 それに微罪だろ。人生の汚点にすらならないって!


 俺は構わず野次を飛ばし続けた……。



 今は後悔しかない。

 俺はなんてことをしたんだ! なんて馬鹿なことを!


 人生を棒に振るどころか、人生が無くなっちまったんだから!



 俺がとびきりデカイ声で司会者をいじった次の瞬間――。


 司会者は、いつも掛けているサングラスを外した。

 絶対に外さないサングラスを。


 おお! 俺に反応した?

 いずれにせよ、こんな貴重な瞬間は無い!

 俺は達成感を感じつつ、その司会者に目を向けると、目が合った!


 ……その時には、俺はすでに白いくまのぬいぐるみに姿を変えていた。

 いや、変えられていた!


 司会者と目が合った瞬間、彼の両目が――赤黒いような紫がかったような色に――怪しく光り、渦を巻く光線となって俺に一直線に向かってくる。


 俺はその光線に包まれ、あっという間に視野が変わった。

 座高が低くなって、前の人の背中しか見えなくなったんだ。

 驚いて立ち上がろうとしても、動けない。手も足も感覚がない。

 目は見える。耳も聞こえる。


 耳にはスタッフが急遽コマーシャルを入れたこと、それが何秒後に明けると言う声が聞こえた。

 目には前に座る人の背中、それに……俺の手や足があるだろう場所には、ふかふかの白い毛が生えた何か……。


 最初は何が起こったのか、分からなかった。

 夢でも見ているんだろうか?

 けれど、それは覚めることが無く、粛々と番組が終わり、観覧者も帰って行く。


 俺は何もできない、言えないまま、ただそこにいた。


 ひと気が無くなり、ステージ上も撤収作業が終わって薄暗くなる中、ひとりの若いスタッフが真っ直ぐに俺のところに来る。

 そして片手で無造作に俺を掴みあげる。軽々と!


「アンタも黙って大人しくしていれば良かったものを……」


 男は俺に聞かせる為か、それともただの独り言か、ぼそりと呟いた。

 俺は男に運ばれている間、何も出来なかった。

 謝ることも、許してくれ元に戻してくれと縋り付くことも出来ないのだ。


 男は階段を上る。

 途中の踊り場には大きな鏡があり、男の姿、それに俺の姿が映った!

 俺は……可愛らしい、愛嬌のある白いクマのぬいぐるみの姿だった……。


 俺はしばらく思考停止に陥り、呆然とする。


 人間がぬいぐるみになるって?

 んなことたあない! あり得ないって!


 夢か、夢じゃなくても、すぐに何とかなる。

 俺がやったことは、こんな罰を受けるようなことじゃない。

 自分に言い聞かせる。


 そのうち男は階段を上り終え、物があふれる倉庫のような部屋に入り、大きな木箱の蓋を開ける。

 そこには、オレと同じくらいの大きさのパンダやゴリラ、ライオン、キリン……様々なぬいぐるみが入れられていた。


「出してくれ~」

「許して下さい!」

「人間に戻せー」

「わたしの人生、返してよ~……」


 ぬいぐるみ達の声が一斉に俺に届く。

 このぬいぐるみ……全部、俺と同じ人間? こんなに?


 でも、男はなんの反応もしない。まるで聞こえていないみたいだ。


 俺もそこに放り込まれ、乱暴に蓋が閉じられてしまった!

 一気に真っ暗闇になり、目には何も映らず、ただ声だけが聞こえる。


 俺はパニックになり、ずっと叫び続けた。解放を哀願した。

 スタッフの男を、司会者を、放送局を罵った。

 それでも反応が無く、俺は気力を失う。


 それでも気を取り直して、何か手立てが無いかと他のぬいぐるみに尋ねる。

 けど、みんな投げやりな言葉だった。


 そんな中でも、俺は一つの答えに辿り着く。

 助かる、と。


「そうだ! 俺がいなくなれば、家族や友達が絶対に気付く! 俺が観覧に来たことは知ってるし……絶対に探してくれる! 助かるぞ」


「……無理だよ?」


 不意に返ってきた返事に、「はあ? そんなわけない」と即、反論する。

 でも、また別の方向から言葉が帰ってくる。


「そう。あり得ないわ」

「お前、僕たちが人間だったってことは、分かるだろ? でも、僕たちのことがニュースになったりした?」

「えっ?」


“彼ら”“彼女ら”の話では、俺が考えたようなことは、とっくに思い浮かべていて、期待もしたそうだ。

 でも、一向にそんなことにはならず、ぬいぐるみにされた人間が追加されるだけ。


 後から来たぬいぐるみに事件化してないのか聞いても、なっていないと言う。

 それが長く続くと、ひとつの結論に到達したそうだ。


 自分たちをぬいぐるみに出来る力あるなら、スタジオ内の人間――いや、視聴者全員、日本中、世界中の人間の記憶や記録を操れるんじゃないか? と。


 その瞬間に、俺の期待は霧散した……。


 ※※※




 箱には埃が被っているが、かろうじて側面に張られた管理メモが確認できる。


『202X年X月、保管期間終了、焼却処分へ』

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或るぬいぐるみの独白 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee

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