ぬいぐるみ

ぱんのみみ

ぬいぐるみ

 祖母が亡くなった。齢九十の大往生だった。

 雪の降る中、医者が辿り着いた時には安らかな顔で亡くなっていた。家族のうちで寿命だったんだね、と話し合った。どれほど医療が発展しても、必ず人のその日は来るのだと、なんとなく思った。

 そして私は今、祖母の家の庭で火を起こしている。そこに祖母から貰ったぬいぐるみをくべるためだ。


 私は。

 私は、祖母が大好きだった。

 私が学校から帰ると祖母はいつもリビングの奥にある暖炉の前に置かれた安楽椅子に座っていた。その頃にはもう目も耳も遠くなっていたが、私が家に帰ってきたのだとわかるとすぐに傍においで、と優しく言ってくれたのだ。

 彼女はいつも震える指で針を持っていた。暖炉の炎に合わせて揺れる椅子と声は今だって瞼の裏に焼き付いている。それに何より、幼かった私にとって布から針を使い、布を縫い合わせるだけでよく知っている動物を作る祖母の姿は、まるで魔法使いのように思えたのだ。

「ほら、これをあげようねえ。おばあちゃんが作ったうさぎさんだよ。大事にしてねえ」

「うん! ありがとう、グランマ」

 祖母が始めてくれたのがこのぬいぐるみだった。

 柔らかなピンクの布で縫い合わせられたうさぎは幼い頃の夢の番人だった。そして、祖母との記憶の象徴でもある。私はそれを、祖母と一緒に暮らしたあの家の木材と、記憶の中で祖母のしわくちゃの横顔を照らす暖炉と同じ炎と、それから祖母への未練とともに燃やす。


 祖母の医者が祖母の死の間際に間に合わなかったのは、内戦によって村も国も何もかもがぐちゃぐちゃにされてしまったからだ。病に侵されていた祖母はその様子を見ながら悲しそうな顔をして童歌を口ずさんでいた。そのメロディーを、私は今も思い出す。

 私の幼少期の全てが詰まったぬいぐるみは呆気なく灰になり、それは木材の灰と混ざりあって遠くの空へと消えていった。


 そのうち春が来る。

 その時には私達の家も再建されて、グランマの面影は遠い日の夢のように朧気になるだろう。だがそれは悲しいことではない。ぬいぐるみと、私と祖母とのささやかな記憶が燃え尽きたあの灰の混ざった大地も、きっといつか美しい花々の咲き乱れる土地になる。

 だから、春が来たらまたここに来よう。

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ぬいぐるみ ぱんのみみ @saitou-hight777

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