第2話淡い恋心

私は今、翔和くんの部屋の前にいます。

 どうしてここにいるのかと言うと、先程まで翔和くんと一緒に歩いていたのですが……途中で別れることになったからです。

『悪い、これからバイトだから』

 バイトに行くと言って別れたのがつい5分前の出来事。ふぅ……」

 大きく深呼吸をして、心を落ち着かせてから扉をノックしようと手を伸ばし……

「凛ちゃん?」

「ひゃぁ!?」

 後ろを振り向くと、そこには琴音さんがいました。

「ごめんね。驚かせるつもりはなかったの」

 い、いえ。こちらこそ変な声を出してしまってごめんなさい……」

「ううん。私が悪いから気にしないで。それよりも、こんなところでどうしたの?」

「実は……」

 私が事情を話すと、彼女は目を丸くさせながら驚きました。

「へぇ〜。常盤木君がそんなことをねぇ〜」

「はい。それでバイトに行ったようなので追いかけて来ようと思ったんです」

「なるほど。つまり、凛ちゃんは常盤木君に会いに来たってことなんだね」

「ち、違いますよ!! ただ、気になっただけです……」

「ふぅ~ん」

「な、なんですか?」

「いやぁ~。常盤木君、モテるんだなぁ~と思って」

「そ、そんなことはありませんよ。それに、私と付き合うメリットなんて何も……」

「そうかな? 私にはあると思うけど」

「どういうことでしょう?」

「例えばだけど、私だったら"好きな人の近くにいれて、毎日のように一緒にいられる。それに、ご飯を作ってあげることもできるし、お風呂上がりの髪も乾かしてあげられる。それに…………(以下略)」

「わ、わかりました。もう十分伝わりましたから!!」

「あははっ、冗談だよ」

 本当にこの人は……。

 はぐらかすためにわざとこんなことして……。

「でも、少し羨ましいな~。私にもこんな彼氏がいたらいいなぁ~」

「えっ?」

「ん? どうかした?」

「いえ、その……」

 一瞬、耳を疑いました。

 私の聞き間違いでなければ、確かに今……『彼氏が欲しい』と言いましたよね?

「い、今……」

「あっ、もしかして聞こえちゃった? 恥ずかしいね」

「そ、そうですね……」

「まぁまぁ、そう言わずに。ほら、入って」

「はい?」

 そう言うと、琴音さんは部屋のドアを開けて中に入るように促しました。

「ちょ、ちょっと待ってください! まだ心の準備が……」

「大丈夫大丈夫。そんなに緊張しなくてもいいよ」

「でも……」

「ほらっ! 早く!」

 そう言いながら強引に背中を押してきます。

 私は抵抗することができず、そのまま部屋へと入ってしまいました。

「さぁさぁ、座って!」

「はい……」

 私は言われるがまま、ソファーの端に腰を掛けました。

 すると、対面に座っている彼女がニコッと微笑みかけてきました。

「じゃあ、まずは自己紹介から始めよっか」

「はい……」

「えっと、名前は知ってるか。一応、常盤木君のクラスメイトだもんね」

「そうですね……」

「なら、次は年齢だね。私は18歳」

「私は17歳です」

「なら同い年だね。ちなみに誕生日はいつなのかな?」

「9月1日です」

「そうなんだ! 9月生まれってなんか素敵だよね

 

 。星座は何座なの?」

「乙女座ですよ」

「乙女座かぁ~。可愛らしいイメージがあるからぴったりかも」「ありがとうございます……」

「うんうん。それで身長とか体重はどれくらいなの?」

「158cmの48kgです」「へぇ〜、華奢なんだね。でも、スタイルは悪くないと思うよ。胸もあるし」

「む、胸に付いては聞かないで下さい……」

「ごめんごめん。それで、スリーサイズは?」

「りょ、両方とも秘密です!!」

「そっか。残念」

「もう琴音さん。揶揄わないでくださいよ」

「だって、可愛い反応をする凛ちゃんが悪いんだよ?」

「うぅ……」

 琴音さんがニコニコしながら私を見つめています。

 うぅぅ……。

 これは翔和くんの部屋に入った時点で気付くべきでした。

 まさか、こうなるとは予想外でしたよぉ……。

「ねぇねぇ、凛ちゃん」

「な、なんでしょうか?」

「常盤木君ってどんな感じなの?」

「ど、どんなって言われても困ります」

「そうだよね。いきなり聞かれても答えられないよね~」

「はい……」

「なら、質問を変えるね。常盤木君って普段何してるのかな?」

「えーと……ゲームしたり漫画を読んだり、寝たりしていますよ」

「へぇ~。意外だね。もっとアウトドア派な人だと思ってた」

「そうですか? でも、よくサボったりしているので、あまり当てにはならないと思います」

「ふぅ~ん……そっかそっかぁ~」

 琴音さんが意味ありげな笑みを浮かべていました。

「あの、どうかしたんですか?」

「いや、なんでもないよ。ただ、常盤木君も男の子なんだなって思っただけ」

「それはどういう意味でしょう?」

「う~ん……。そうだねぇ……」

 彼女は少し考える仕草を見せました。

 そして、ゆっくりと口を開きます。

「まぁ簡単に言えば、無防備な女の子が近くにいたら意識しちゃうかなぁ~って」

「べ、別に私は無防備ではありません!」

「本当かな? 常盤木君はどう思う?」

「……」

「ほらっ!何も言わないし、顔も赤いよ? 図星だったんじゃない?」

「ち、違います! これは……その……」

「はい、これあげる」

「こ、これは……?」

「ホットココアだよ。私の特製だから、冷めないうちに飲んでね「ありがとうございます……」

「いいよいいよ。気にしないで」

 私は渡されたマグカップを両手に持ち、口に運びました。

 すると、甘い味と共に温かさが身体を包み込んでいくのを感じました。

「美味しい……」

「よかった。作った甲斐があったよ」

「琴音さんは凄いですね」

「そうでもないけど、褒められると嬉しいね〜」

「本当に美味しいです……」

「そう言って貰えると私も嬉しいよ」

「……」

 会話が途切れてしまい、部屋に静寂が訪れます。ただ、居心地の悪い沈黙ではなく、どこか落ち着くような空間でした。

「あっ、そういえば」

「ん?」

「琴音さんって翔和くんのことを"常盤木君"って呼んでいるんですか?」

「あぁ~、それね。実は違うんだよね……って、どうしてそんなことを聞くの?」

「いえ、ちょっと気になっただけです」

「ふぅ~ん。もしかして、嫉妬とかしてくれてるのかと思ったんだけど、違ったみたいだね」

「そ、そんなことはありません! ただ、疑問に思っただけですから……」

「そう言うことにしておくね」

 琴音さんは可笑しそうにクスッと笑いました。

 私は恥ずかしくなり俯くと、琴音さんの視線を感じると同時に頭に何かが乗る感触を覚えます。

「よしよし」

「あ、あの……」

「頭を撫でるとストレスが減るらしいからさ。それに、こうしてると妹ができたみたいだし」

「お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな……」

「……」

「……」

 また、部屋の中に静寂が生まれます。

 聞こえてくるのは時計の音とエアコンの微かな稼働音。それと、琴音さんが髪を優しくすいてくれる感覚です。

「ねぇ、凛ちゃん」

「ははい……」

「もし、私が常盤木君のことを好きだと言ったら……凛ちゃんはどうする?」

「……」

 唐突に投げかけられた質問。

 それに対して、すぐに返事ができませんでした。

 きっと、それが琴音さんが聞きたいことで、琴音さんが伝えたいことだと感じたのです。

「えっと……」

 正直、驚きました。

 琴音さんが翔和くんに対して好意を持っているとは思っていましたが、直接言われたことはなかったからです。

 だからと言って、ここで動揺するのはおかしい。

 翔和くんが誰を好きになろうとも自由ですしそれを咎める権利なんて私にはありません。

 それに私は……もう——

「……」

 私は唇を噛み締め、拳を強く握りしめていました。

 今にも溢れ出しそうな感情を抑え込むように……。

「やっぱりダメだよね……」

「えっ?」

 悲しげな声音が耳に届きます。

 反射的に顔を上げると、そこには弱々しく微笑む琴音さんの姿がありました。

「ごめんね。変なこと聞いちゃって」

「……」

「うん、わかってる。凛ちゃんは優しい子だから、困らせちゃったね」

「……」

「でもね、どうしても聞いておきたかったんだ。だって、このままじゃ凛ちゃんが後悔しそうだもん」

「……後……悔?」

「そ。だって、常盤木君のこと好きなんでしょ?」

「……」

 私は咄嵯に否定しようとしましたが、上手く言葉が出ません。

 頭の中では、肯定したい気持ちと否定したい思いが葛藤していたのです。

「……」

「ふふふ、無言は肯定とみなします」

「……」「まぁ、今の表情を見たらわかるけどさ」「……」

「大丈夫だよ。私は二人の邪魔をする気はないから」

「……本当ですか?」

「本当だよ。私はあくまで第三者として見守るだけだからね」

「……」

「ほぉ〜らっ! そんな暗い顔をしないでよ〜」「…………」

「うーん。なら、一つだけアドバイスをしてあげよう」

「……アドバイス?」

「そう、アドバイス」

 琴音さんは立ち上がり私の横に座り直すと、耳元に口を近づけてきます。

「常盤木君はね……鈍感なんだよ」

「に、鈍感……?」

「だから、自分に向けられている好意に気づかないんだ」

「だから、頑張ってアピールしないと他の子に取られちゃうかもよ? まぁ、その時になって慌てないようにね」

「琴音さん……」

「まぁ、それは冗談だけどね」

「……」

「あれ? 意外だった? こういう話の方が興味あるのかと思ってたんだけど」

「そ、それは……」

「あははっ。やっぱり可愛いね、凛ちゃんは」

 琴音さんは楽しそうに笑うと、「それじゃ、また明日学校でね」と言い残して帰っていきました。

「翔和くんは鈍感……か」

 先程の琴音さんの言葉を反すうします。

「もしかしたら、琴音さんも翔和くんのことが……?」

 翔和くんがモテるのは知っています。

 でも、その事実を素直に受け入れることはできなくて……モヤモヤとしたものが胸を覆いつくしていくのでした。

 ――――――

 いつも読んでいただきありがとうございます! 読者の皆様まだまだ未熟者なのですが、これからも応援よろしくお願いいたします!

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時間(とき) 不動のねこ @KUGAKOHAKU0

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