沼らせ男

「ヒナちゃん、こんばんみ~」

「こんばんみ~、雪兎君」 

 アタシの好きな人、冬月雪兎君。

 外見は王子様みたいでカッコいいけど、話してみると、とても面白い人。

 彼とアタシは大学で出会った。同じ講義を受けていて、グループワークで話したのがきっかけ。第一印象から良いなって思ってた。講義終わりに、ラインを聞いたら快く教えてくれた。

 それから、講義が被る度に話したり、一緒にランチしたりした。

 今は夜に逢って、恋人みたいなこともしている。

 アタシの家で、一夜を明かして、そこから大学に向かうこともあった。


「お酒買ってきたよ~。何か作るね」

「うん。ありがとう」

 雪兎君は料理が本当に上手い。家に宅飲みに来た、その日から、台所の使用権を譲った。

 私がカシスオレンジのチューハイ、雪兎君がレモンサワー。おつまみは鶏肉のアヒージョ。



 雪兎君はモテた。

 可愛い女の子が、よく周りにいた。

 同棲してる女がいるって噂もあった。


「ねえ、アタシ達って……」

「友達だよ」

「……う、うん、友達、だね」

 友達以上のことをしているくせに、と思う。

 でも、そんなこと言えない。


 アタシ以外の女と楽しそうにしないで。

 アタシを恋人と言って。


 これも言えない。

 雪兎君は、きっと束縛は嫌いだから。

 だから、私は物分かりのいい子でいなきゃダメだった。


「今日は雪兎君の家に行ってもいい?」

「う~ん、同居人がいるからなぁ」

 ねえ、その人は女?

「まあ、いっか。いいよ、僕の部屋おいでよ」

「いいの?」

「いいよ」


 二人で映画を見ながら、いちゃいちゃしていた時だった。

 玄関のドアが開いた。

「あ、帰ってきた」

 髪の長い綺麗な女だった。

「誰よ、その女!」

「同棲してる春ちゃん」

「それは誤解を招く言い方だ! 俺は男です!」

「え?」

 確かに、声は男のものだった。


 その後、色々と説明を受けて、私はとりあえず、帰ることになった。

 多分、同棲してる女の噂の正体は、あの人だ。

 とりあえず、女じゃなくて良かった。



 次の日も雪兎君と会った。

「昨日は何かゴメンね」

「ううん、大丈夫」

「お詫びに、今夜は奢るね」

「ありがとう」


 夕飯は居酒屋で食べた。

 二人でハイボールを頼み、乾杯をする。

「同棲してるのは、春ちゃんっていう女の子みたいだけど、男の子だよ」

「本当に女の子みたいだった」

「女装した写真あるよ、見る?」

「うん」

「あった、これ」

「うわ、女の子だ!」

「これ文化祭の劇で着たやつ」

「アリス?」

「うん。男から告白されたこともあるよ」

「うん、そう思う」

 

 他愛もない会話をしながら、私の部屋に帰って行く。

 雪兎君を今夜も独り占めできて嬉しかった。



 大学を卒業してから、私達は疎遠になった。

 ラインをしてみても、時々返ってくるくらいで、会うことはなかった。


 私は雪兎君を引き留められなかった。

 今はどこで何をしているのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る