木彫りの熊
冬月雪兎は常人とは異なる目を持つ人だった。
常人が見ることのできないものを静かに見据えていて、時々こちらを観察しているような、心の中まで見透かされているような感覚を覚えた。
彼とは中学三年間、同じクラスで普通に仲の良い方だと思っていた。
天才サッカー少年、そう呼ばれ皆から持て囃されていた。
片やただの美術部員の僕なんかが友達だというのは、何処かおこがましい気もしていた。
彼と初めて話したのは美術の授業でたまたま席が隣になった時だ。
「へぇ、上手いんだねぇ」
彫刻刀で版画を彫っていた時に突然声をかけられて驚いた。
「え、ああ、うん」
クラス一の人気者から声をかけられて曖昧な返事しか出来なかった僕をよそに、彼は話を続けてくれた。
「えっと、間瀬君だよね?」
「……うん」
彼が地味な僕の名前を覚えてくれていたことに少し感動した。
「もしかして美術部とか?」
「そ、そうだよ」
「だよね~、やっぱり。絵も上手いよね。この前廊下に飾られてたやつ」
まさか、そんな所まで見られていたとは。
「でも冬月君だって上手いよ」
実際、彼の絵だって廊下に飾られていた。基礎的な技術をもっと磨けば、僕よりも全然上手くなる素質があると思った。
「そうかなぁ。えへへぇ」
褒められれば素直に喜ぶ。こんな笑顔を見れば、彼がモテるのも分かる気がした。
それから冬月君とは時々話すようになり、何故か彼が僕の家に遊びに来ることになった。
「お邪魔しま~す」
家に入るや否や、冬月君は玄関の壁に飾られているタペストリーに目を留めた。
「間瀬君のお家ってアイヌなんだ」
「うん……」
学校の友達に自分の家のことを話すのは少し躊躇われた。別にアイヌに偏見を持っている訳ではないが、何かこう特別な存在のように扱われるのは苦手だったのだ。
「すごいなぁ。僕けっこう好きなんだよね」
「興味あるの?」
「うん」
「家の中にもっと色々あるから見てみる?」
「うんうん、見る見る~」
冬月君は本当にアイヌに興味があるらしく、僕が実際の作品を見せながら話すのを面白そうに聞いていた。僕の両親は代々続くアイヌで、今は旅行者向けにアイヌ文化体験の仕事をしている。父は木彫り職人、母はアイヌ文様のタペストリーを編んで土産店やワークショップに商品を出していた。僕も時々、両親の仕事を手伝っていて、売り物にはならないけど自分でも趣味で作ったりしていた。
「僕ねぇ、木彫りの熊とか作ってみたいんだぁ」
「そうなんだ!」
嬉しかった。両親の仕事を手伝っている中で、僕が一番興味を持ったのが木彫りだった。
「もし良かったら、ちょっと彫ってみる?」
「え、いいの⁉ やるやる」
僕は自分の部屋から彫刻刀と手のひらサイズの木材を持ってきて冬月君に渡す。
「間瀬君が教えてくれるの?」
「うん、まあ僕も木彫りの熊とか作ったことあるから。簡単に教えるくらいはできると思う」
「すごいなぁ。今までどんなの作ってたの?」
自分の、作品(と呼べるかは分からないけれど)を家族以外の見せるのも初めてだったので、何か言われはしないかとドキドキしながら見せた。自分の中では上手い方のオーソドックスな木彫りの熊を冬月君に手渡す。
彼が彫っていたのは伝統的な鮭を咥えた熊ではなく、じゃれ合う小熊達だった。
「どう、可愛くない?」
「ざ、斬新だね」
「そう? これからは普通の木彫りの熊だけじゃなくて、こういうのも作っていかないと」
冬月雪兎のお陰で、僕は職人の道を歩み出した。
今度、成人式で会ったら話してみよう。
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