5話:綺麗な場所を見に行こう

瑠織るおさんの提案で見晴らしのいい場所に行くことになったものの、具体的にどこに行くのかはまだ聞いていない。なんでも到着してからのお楽しみということで、道中に教えてくれる気はなさそうだ。


学校から瑠織るおさんや俺の通学路の方向に進み、途中で逸れてまた進む。五分と少しくらい歩くと古びた雰囲気の階段の前にたどり着いた。ここを登るのだろうか?

一段の幅が広く角度はそこまで急ではないものの、高さはあり段数は多そうだ。体力は自信ないんだよな、大丈夫かな。


「ここの頂上の景色がとても綺麗なんです。ど、どうでしょうか。私の一番のオススメなのですが……!」


ここまで来て登らないという選択肢はないだろう。そんなことをすれば悲しむのは目に見えているし、俺も登れるものなら瑠織るおさんと同じ景色を見てみたい。

バッグの中には財布とメイク道具くらいしか入っていないし、背負っていれば重くはないな。気合と根性で登るしかない。


「面白そうじゃん。何段ぐらいあるんだ?」


「んー、多いね。四百段ぐらいかな……登り甲斐がありそうだね」


幹彦みきひこえいは楽しそうだな。二人とも体力があるし、それなら登ることも簡単なのだろう。問題なのは普段から体育は見学している俺と音夢梨ねむりだ。

俺はまぁ、その、男装女子という立場なので性別ごとにグループ分けされる体育は受けにくいから見学をしているが、そもそも普通に運動は苦手だ。


音夢梨ねむりは学校からここまで来るのに既に疲れた様子だな。背が低いから歩幅が違うし、体力もないから俺達に着いてくるのも一苦労だったのだろう。瑠織るおさんはそれを察してゆっくりと歩いてくれていたけど。


「……抱っこだ……抱っこをしろ……頼む」


「抱っこ、ですか? それは構いませんが……ごめんなさい。もっと行きやすい場所の方が良かったですね」


「……いや、いい……でも帰らない……仲間外れは嫌だから……抱っこして、登らせてくれ」


なんだと。瑠織るおさんに抱っこしてもらうのか。羨ましいんだが!?

くっ……俺もして欲しい。でも見た目が男の俺が、見た目が女の子の瑠織るおさんに抱っこされる姿は流石にキツいものがある。いくらジェンダーフリーの考えが大事だといっても、俺の中の何かを失う気がする。尊厳とか。


「まぁ、とりあえず登ってみようか。疲れたら休みながら行こう」


「よし来た、じゃあえいと俺は競争してくるぜ!」


元気よく飛び出した幹彦みきひこだが、大丈夫かアイツ。昨日も今日も晴れていたから階段が濡れていることはないだろうが、苔が生えていたら絶対に滑るぞ。流石に危ないから注意しないと―――


「こら!! 走っちゃダメですよ〜!」


至近距離から聞こえた、お腹の底に響きそうな程の大声。誰だ、もしかして瑠織るおさんなのか。こんな大声を出せるとは思わなかった、びっくりした。ふと隣を見たら音夢梨ねむりも目を丸くして驚いている。

それも当然か。いくら筋肉があっても、可愛い顔をして女の子の制服を着てオドオドした喋り方をしている瑠織るおさんが大声を出すなんて想像しにくい。


幹彦みきひこえいは互いに顔を見合せて階段から降りてきた。親に怒られた幼児みたいだな。


「ダメですよお二人とも。もしも転んだり、ましてや今は居ませんが他の方にぶつかったら大変です。左側をゆっくりと歩きますよ」


「わ、分かった……」


「今のは僕達が軽率だったね……気をつけるよ」


反省している二人を見ていると、入学式の朝の出来事を思い出した。そういえば三人の不良を一撃で倒している人なんだよな瑠織るおさんって。

怒った理由はもちろん正しいことだけど、あまり怒らせないようにしよう。うん、それがいい。


「あ、あはは……ごめんなさい、え、偉そうに……では登りましょうか!」


怒り終わって気まづくなったのか先頭を歩いて階段を登ろうとしている瑠織るおさん。

あ、待って。それはやめた方が……いや、俺が言うのは不味いか、でも誰かが言わないといけない……困った。


「……おい……下から……パンツ見えるぞ」


場の空気が凍った。俺が言いたかったことを音夢梨ねむりが言ってくれた。

そう、スカートを履いて階段を登ると下から見えるんだ、そんなものはスカートを履いた経験がある人間の大半が理解している。俺だって中学まではそうだった。下にスパッツか体操服のズボンを装備していないとダメなんだ。


「…………あ、ありがとう……ございます」


今度は瑠織るおさんが階段から降りてくる。

一向に進まないな、とりあえず先頭は俺らで後ろから着いてきてもらおう。それが安全だ。

幹彦みきひこえいが前をゆっくりと歩き、俺が二人を追いかける形で歩き、さらに後ろを音夢梨ねむりを抱えた瑠織るおさんが歩く。

本当に人間を一人抱っこしているのか。すごい力だな。


「なぁなぁ春宮はるみやうたちんとは前から友達なんか?」


「ん、いえ……うたさんとは通学路が同じでして、入学式の日にお話したのが初めて……です」


「そっか、俺達とうたちんって大体いつも一緒だからさ、暇だったらいつでも遊びに来いよなー」


「ふふ、ありがとうございます。お昼休みとかにお邪魔させてもらいますね」


幹彦みきひこ瑠織るおさんが話しているのを見ると不思議と嬉しくなるな。なんだろう、学校の行き帰り以外で瑠織るおさんと関わる機会が少ないから、俺の知らない一面を見ているようで楽しい。


「ねぇ春宮はるみやさん、どうして同級生にも敬語なんだい?」


「あ、それは……お家の環境と言いますか、その。厳しい家でして……」


「大変だね。でも気疲れするでしょ、そのうち気軽にタメ口で話せるようになったらいいね」


「そうですね……あ、いや……そ、そうだね」


「はは、無理はしなくていいよ。のんびり行こうよ、何事もさ」


えいとも普通に話が出来るようだ。そんな話を聞きながら歩いていると、頂上までもう少しといった所までたどり着いた。後ろを振り返ると瑠織るおさんが涼しい顔で歩いているが、俺は正直に言えば体力が尽きそうだ。

人間を抱えて階段を登って疲れた様子を見せないなんて、どんな体力をしているのだろうか。


「よっし……登ったぞ! って、神社か?」


先に登りきった幹彦みきひこが不思議そうな声を上げる。ここ、神社だったのか?

となると長い階段がある理由にも頷ける。そういう神社って何ヶ所かあるみたいだし。


俺も頂上まで登りきると、鳥居と狛犬、そして拝殿が目に入った。どれもかなり年代を感じる様子で、あまり参拝客は居ないのだと思う。


「この頂上から見る景色がとても綺麗なんですよ。ほら、ここから……」


「……おぉ……学校が小さい……私の家も見える」


音夢梨ねむりの言う通り学校がとても小さく見える。えーっと……あった、アレが駅だから、更に向こうの方に俺の家があるな。双眼鏡を使えば見えそうだ。

境内には木はもちろん花も生えているし、確かにいい景色な場所だな。


「折角来たんだ、神様に拝んで行こうぜ」


「いいね。でも手水舎は手付かずでかなり汚れているようだね……」


拝むのはいいが、拝む時の作法なんて昔聞いた気はするけど忘れたな。確か鳥居の前で頭を下げて、手を洗って、拝むのだったか。いや待て、賽銭箱に入れる小銭が必要だな。何円入れるのが相場なのだろうか、安すぎたら神様に怒られるのかな。


「……作法、知らない……でも真面目に祈ればいいと思う……神様はきっと懐が広い」


良いことを言うな。そうだな、真面目に祈れば神様も許してくれるだろう。

皆で賽銭箱の前に立って背筋を伸ばして頭を深く下げる。頭を上げて、もう一回同じように下げてから二回手を叩く。


お金が降ってきますように

お金が降ってきますように 

お金が降ってきますように

お金が降ってきますように


純粋な気持ちで不純な祈りを捧げる。どうか神様お願いです、たまにはモヤシ以外を買える程度の財力を恵んでくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。


うたちんは何を祈ったんだ?」


「ん? 世界平和に決まってんだろ」


「嘘こけ、どうせ金か肉だろ」


どうしてバレたんだ!

まぁいい、どうせ幹彦みきひこは女にモテたいとかそういう類の願いなのは目に見えている。それと比べたら俺は……いや、同レベルか。


「そうだ。ここで何か遊べたら楽しそうだね、何をしよっか」


「うーん。神様の前であまり走るのは失礼ですが、隠れん坊ぐらいなら許してくださるのではないかと……!」


「おっいいな、白尾しらおとか隠れるの上手そうだよな」


「……遠回しに……チビと言ったな……この短足め」


マジか、隠れん坊とか何年ぶりだよ。

でも面白そうだ、ここには隠れられそうな場所が山ほどあることだし、まだしばらくは明るいだろうから少しは遊べるだろう。


「よし、じゃあオニ決めようぜ。じゃんけーん……」


俺の掛け声に続いて『ポン』と手を出す。一回では決まらないので何度か繰り返してえいがオニになった。暗くなり始めるまでオニを交代しながら遊んで、その日は階段の下で解散することになった。


今は一緒の道を瑠織るおさんと歩いている。


「今日はとても楽しかったです。また遊んでくださいね」


「こちらこそ。幹彦みきひこも言ってましたけど、いつでも来てくださいね。俺達もそっち行くかもしれないし」


ここで手でも繋げれたら最高なのだが、なかなかそういうことは出来ない。告白して振られている立場なのだし、それがなくても緊張してしまう。

ただ隣で歩けるだけで嬉しい。


話をしていると右側に公園が見えてきた。俺はこの道を真っ直ぐ進むし、瑠織るおさんは左側に進む。いつかこの公園で遊びたいなという気持ちはあるけど今日は時間の関係で厳しそうだ。


「では瑠織るおさん、また明日」


「あっ……はい。ま、また明日……」


なんだ? 今まで普通に喋っていたのに急にどうしたんだろうか。もしかして公園デートに誘ってくれようとしているのか。いや待て、そんな都合の良いことを考えるものじゃ―――


「…………ま、また明日ね、うた


「えっ」


想定していなかった言葉に俺が反応する前に瑠織るおさんは走って行ってしまった。なんて速度だ、短距離選手になれるんじゃないか。

なんで急にタメ口……あ、さっきえいがタメ口がなんとかって話をしていたからか!


今度会った時は俺もタメ口で話してみよう。

あぁ、マジでありがとうえい。今度なにかマジでお礼するから……!!

今日は本当に良い日になったなぁ!


END


―――――


・おまけ

登場人物紹介


倉持くらもちえい

性別:男性

学年:一年生

誕生日:一月二日

好きなもの:楽しいところ

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