平谷視点

第12話 抑圧された悪魔の笑い

「どうもーーラブアンドピースでーす!」

 会場は収容人数300人ほどのそこそこ大きい会場かつ満員だったので、拍手の音は壮大だった。

「いやあ寒い中、皆さんこんなに沢山集まって頂いてねぇ!僕たち嬉しいですよ」

 張本がまず最初、ファンに対して感謝をする。


 だが平谷は観客に感謝などしていなかった。


 ───こんなチンカスみたいなお笑いのどこがいいんだよ。


 それでも台本通りにやらねば。

 平谷の面白い基準で漫才をやると確実にヒンシュクを買うというのは平谷自身分かっていた。


「いや最近YouTubeで猫の動画観るのが趣味でして」


 張本の書くネタには攻撃的な言葉や否定的な単語が全くない。それが平谷には酷くつまらないものに思えてならなかった。


 ステージに立つたびに張本へ言った言葉を思い出してしまう。

『張本のネタはよぉ…食べ物に例えるなら甘ったるキムチだな。──────────』




 平谷は小さい頃から人をイジる癖があった。

 そしてそういうイジリをした人をよく泣かせたり怒らせたりしていた。

 悪いと思いながらもその癖は今も治っていない。

 失恋をした女友達に『女はマッチングアプリだから次行こうぜ?入れ食いフィーバー!!』とイジったら張り手を食らわされた。

 平谷としては笑い飛ばして勇気づけるつもりだったのだが。


 よく『お前はプロレスと暴力を履き違えている』という事を周囲から言われていた。

 それは発言のみならず、行動でも。


 平谷は体がデカイ。

 例えば中肉中背の張本なんかは少し押しただけでもすっ転んでマット運動の後転を2回転ぐらいする程だろう。


 実際過去、同級生に対してツッコミのつもりで頭にチョップを食らわせた際、同級生の頭から血が垂れ、何針も縫う大惨事になった事がある。


 初めてお笑いを見た時、平谷は将来絶対お笑い芸人になりたいと強く思った。


 人をイジる事が金になるのか!


 と。

 今まで非難されたり悲しませてきた自分の短所だと思ってきた性格が、役に立つんだ。

 と────────────────────




「猫!僕もねえ猫好きなんだけど、アレルギーがねえ」


 平谷はここで

『俺はお前に対して毎日アレルギー反応起こしてるから大丈夫だよ』

 というボケをかまして張本に思いっきりツッこんで欲しかったのだが、ラブアンドピースのポリシーがそれを許さない。そして何より時代が許さない。


「動画ならアレルギーあっても楽しめるからいいね!」

 平谷はこの漫才の何が面白いのか分からないが、張本が作った台本通りセリフを叫ぶ。


 M-1で優勝するのは決まって人を否定しない漫才だ。

 人を否定する漫才も評価されるのだが、年々厳しくなる放送倫理との兼ね合いで優勝はさせてもらえない。絶対にだ。例外はない。


 やりたい事と出来る事、そして評価される事は違うと平谷は自分にひたすら言い聞かせて芸人を続けてきた。

 本当はワイドショーのコメンテーターになって正論を吐くなんて性に合ってないし、漫才において相手を肯定するだけのツッコミなんて気が狂いそうになる。ていうかそれそもそもツッコミじゃないだろ、とさえ思う。


平谷は今日も心を殺してお笑いライブを無事終わらせた。

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