第10話 今日もみんなハッピー

 今日はラブアンドピース単独ライブだ。


「どうもーーラブアンドピースでーす!」

 会場は収容人数300人ほどのそこそこ大きい会場かつ満員だったので、拍手の音は壮大だった。

「いやあ寒い中、皆さんこんなに沢山集まって頂いてねぇ!僕たち嬉しいですよ」

 張本がまず最初、ファンに対して感謝をする。


 だが張本は嬉しくなかった。

 観客の目当ては平谷だと分かっていたからだ。


「いや最近YouTubeで猫の動画観るのが趣味でして」

 平谷が切り出す。


「猫!僕もねえ猫好きなんだけど、アレルギーがねえ」

 張本も台本通り返す。


 台本を作っているのは張本だ。そこには攻撃的な言葉や否定的な単語は入っていない。


 張本は昔から人を否定するのが嫌いだった。

 幼少期にイジメられていたからだ。

 容姿を否定され、話し方を否定され、好きなものを否定される。

 初めてお笑いを見た時、張本は嫌な気持ちになった。


 今まで自分が言われてきた類の言動と全く同じものに感じられた。

 これが娯楽だとは到底信じられなかったのだ。


「漫才はイジメと同じ」


 どこぞの大御所芸人がバラエティ番組で言っていたが、やはり真理なのだなと思った。


 芸人という職業は自らを笑いものにし、卑下し、世間に媚びへつらい金を稼ぐ。

 張本にはこんなものが日本にある文化だと思えなかった。底辺職なんてもんじゃない。奴隷だ。


 ───変えたい


 張本直樹はこの文化に向けられるイメージと風潮を。この文化を生業とする者の姿勢と誇りを。そしてテイストを、心底変えたいと思った。


お笑いに似て非なるものが落語だ。

張本は落語が大好きだった。

落語のエッセンスを自分たちの漫才に取り入れようともした。


チャップリンの出演している映画も大好きだった。

チャップリンは人を否定しない。

『人生は近くから見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ』

チャップリンが言ったこの言葉にも感動し、張本にとって座右の銘になった。

そして


誰も傷つけない。自分が見てて聞いてて嫌だと思うお笑いはしない。それが出来ない、続けられなくなるようならお笑いをやめる─────


それを信条にし、活動を続けている。

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