張本視点

第8話 平和の時代

引っ張りだこの平谷が仕事でスケジュールがミチミチの頃、張本は冬のショッピングモールにいた。


季節はもう12月だ。

「そういえば来年元号変わるんだっけ?」

「そうだよ4月にね」

張本には付き合いはじめて6年目になる彼女がいた。

名前は伊藤 好美よしみという。


張本がピン芸人の頃からのファンであり、張本の仕事終わりに好美からアプローチ。交際に発展したという経緯がある。


年齢は28で張本のひとつ下だ。

「仕事最近どう?忙しかったりするの?」

張本が問う。

「あー、最近ちょっと人が何人か立て続けに辞めてさ。そういうラッシュがあるじゃん。多分どこの業種でもさ。」


彼女はアパレル関係の仕事をしていたが、これは芸人にも当てはまる。


「それで忙しいかなちょっと」


ついこの間、同時期に後輩と先輩が1人ずつ辞めた。

突然の事だったので理由は分からなかったが、いわゆるやり甲斐が無くなったというやつだろう。


劇場の客は忖度して笑わない。

テレビの笑い声は後付けの音声か雇われのサクラ観客だ。


新人なんてスベるのが当たり前で、下積み期間はスベった時の耐性をつける期間でもあるのだが、やはり自己評価が高い新人ほど理想と現実のギャップを受け入れられず、辞めていく。


最近辞めた先輩芸人はもう30代前半で、売れる予感はカスほどなかった。

見切りをつけるタイミングだと感じたんだろう。


ウケない新人時代を過ぎ、そこそこ客が付いたからといってその先も安定かといったら絶対に違う。

芸人の道は終わりのないマラソンだ。まあ芸人だけじゃなく、エンタメの世界はみんなそんなものなのかもしれないが。


「そういうアンタの仕事はどうなのさ」

好美が聞いてくる。


__じゃない方芸人になっちゃってるよ


とは言えない。


が、テレビをあまり観ないとはいえ平谷だけがやたらと評価されているのは彼女も流石に気づいて居るだろう。


「まぁね…そういえば次の元号は平和だっけ」

彼女も張本の触れてほしくないという気持ちを察したのか、話を逸らしたことには言及しなかった。

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