心霊スポットのおみやげ
久世 空気
心霊スポットのおみやげ
大学校内の駐輪場にバイクを停めていたら、後ろから声を掛けられた。振り返ると狭山がヘラヘラとこちらに手を振っている。それほど仲が良いわけではないので意図を図りかねていると、馴れ馴れしく肩を組んできた。
「よう、広川。お前、オカルトとか好きだよな?」
「あ、まあ」
俺が曖昧に返事をしていると、空いた片手で器用にスマホを操作し、画面を俺に突き出してきた。そこには日が暮れてから撮ったであろう建物がフラッシュで浮かび上がっていた。その建物には見覚えがあった。
「これは、Kホテル?」
「おお! これだけで分かるんだ? すげぇなお前」
画面は暗かったが、建物の特徴はよく出ていた。Kホテルはこのあたりで有名な廃ホテルだ。10年くらい前にはもう営業していなかったと聞いている。当時はそこそこ人気だったそうだけど、今では心霊スポットとしてオカルト界隈で人気が高い。
「行ってきたのか?」
「ああ、サークルの先輩と」
と言って画面をスライドさせると男子ばかり3人が廃墟の前でふざけたポーズをしている写真が出てきた。
「あんまり、そういう所行かない方が良いんじゃないか?」
思ったことをそのまま口にしてしまったら、狭山がニヤニヤし始めた。
「広川って実は怖がり?」
「いや、心霊スポットって廃墟だから建物が崩れかかったり浮浪者が住み着いたりしてるらしいから」
「へー、結構キレイだったけどな」
だったらちゃんとした管理者が出入りしているんだろう。見つかったら不法侵入で警察を呼ばれる・・・・・・が、そこまで忠告してやる義理もないか。
Kホテルで撮った写真を見せてもらっていたら、先輩の一人が熊のぬいぐるみを指差して笑っているシーンが出てきた。
「これは?」
「これすごいだろ? 噂通りにぬいぐるみがあったんだ」
Kホテルには白い服の女が出るとか、老婆が追いかけてくるとかいろいろ噂はあるけど、一番有名な話が「呪いのぬいぐるみ」だ。
今回の狭山のようにKホテルに肝試しに行った若者が、中でぬいぐるみを見つけた。キレイだし、このままでは可哀想に思え、持って帰った。そしてその翌朝、その若者は惨殺死体で発見された。机は倒され、皿は全て割られ、若者は腹が割かれて血が天井まで飛び散っていた。そしてその死体にバラバラになったぬいぐるみの切れ端や綿が振りかけられていたそうだ。
あくまで噂だ。そんな事件があったかは、知らないし、調べたことはない。
「実際にぬいぐるみが置いてあるから変な噂が立ったのかな」
俺が疑問を口にすると、いや、と狭山が否定した。
「先輩が以前に肝試ししたときはなかったらしい。噂を知ってる奴が悪ふざけで置いたんじゃないか?」
スライドして次の写真が表示される。車の中で狭山が笑っている。
「先輩の車に乗せてもらってさ」
と狭山が言い出したところで、俺は思わず遮った。
「ぬいぐるみを持って帰ったのか?」
写真の中の、狭山の膝に少し大きな熊のぬいぐるみが座っていた。
「え? そうだよ。全然キレイだったし、俺の彼女、こういうの好きなんだ」
俺は絶句した。そして、嫌な感じを覚えた。狭山の卑しさにではない。拾いものを彼女にあげようとする無神経さにでもない。
Kホテルに、噂通りに、ぬいぐるみがあることに・・・・・・。
「そのぬいぐるみ、今、どこにある?」
「彼女にあげたよ。熊沢くまおって名前付けて喜んでた」
「彼女の家にあるのか? 彼女は一人暮らしか?」
俺がたたみかけるように聞くと、狭山は少し驚いた表情を見せた。
「そうだけど、何だよいきなり」
「彼女は、Kホテルで拾ったことを知ってるのか?」
「言うわけないだろ。なんなの、お前」
俺は自分の考えに、体が震えた。
「彼女と連絡取れるか?」
「は? だから何?」
「彼女が危ないかもしれない」
狭山は鼻で笑った。
「呪いとかマジになってる? ウケる。マジで怖がりなんだな」
俺は首を横に振った。
「いいか? 『呪いのぬいぐるみ』の噂がある廃墟に、わざわざぬいぐるみを置いた奴がいるってことなんだぞ?」
「だから?」
狭山はあからさまにイライラし始めていたが、俺は続けた。
「ただぬいぐるみを置いて驚かせたいだけなら良いよ。でももし、噂のその先も考えていたら?」
「いや、何言ってんの? ぬいぐるみにカッターでも仕込まれてるって話?」
「違う。・・・・・・GPSとか」
そこで狭山の顔色がさっと変わった。
ぬいぐるみと言えば、都市伝説に「アイドルにプレゼントしたぬいぐるみに監視カメラを仕掛けて盗撮した」系の話がある。それと同じことが起こっているかもしれない。
噂が先か、実際のぬいぐるみが先か分からない。でもぬいぐるみを持ち去った人間をターゲットにし、惨殺し、証拠隠滅にぬいぐるみを切り裂いてGPSなんかの機械を抜き取っていたとしたら。
「くそっ! 出ろよ!」
狭山は彼女に電話していた。でもコールするだけで通話にならない。
俺はバイクのエンジンを掛けた。彼女の家を聞き出し、狭山を後部に乗せる。
普通に10分かかるマンションに、およそ5分で到着した。狭山はバイクから飛び降りると何度も電話を掛けながら彼女の部屋に向かった。俺もそれを追いかける。
「この部屋か? 合いカギは?」
「ない」
狭山はドアノブをガチャガチャ回し、ドアに拳を打ち付けるように叩いた。
「おい、開けろ!」
俺は狭山からスマホを受け取り、代わりに何度も発信する。
中から着信音が聞こえる気がする。俺は念のためにスピーカーにした。
その瞬間、発信音が止った。
「狭山、出た」
ドアを叩いていた狭山が俺からスマホをひったくる。
「おい、どうした? 家にいるよな?」
一瞬、間があり、ふー、ふー、と荒い息が聞こえくる。明らかに女性のものではない。
「おまえ、誰?」
狭山の問いかけに、電話口と、ドアの向こうから同時に、男の低い、笑うような声がした。
「「熊沢くまおです」」
心霊スポットのおみやげ 久世 空気 @kuze-kuuki
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