0-9 狩りと瞑目②
「戻ったらすぐのところにいる解体係のやつに肉を渡せ。そうすればひとまず朝の仕事は完了だ。」
タウロはそう教えてくれた。
「もちろん狩りは昼間も夜もやるぜ?係は大体は固定だからまたよろしくなあ」
俺はモーバに対し、もちろんだ、というようにうなづく。
もうそろそろ居住区に着くころだろう。朝特有の独特な匂いも消えてきた。
"狩り"そして"解体"とあればあとは"料理"するだけなわけだが...
転生者といえば料理!だと俺は思う。
マヨネーズを作ってドヤる!醤油を作ってドヤる!
前世の料理をこの世界でも再現できたらきっと楽しいし、周りのみんなも驚くだろう。
だからこの世界にある食材について知りたい。だから-
「「帰ったらいろんな食材を見せてほしい!」」
「ブ「ォブンォ」ン」
「ミ「チミィチ」ィ」
その瞬間、風を斬る音がなって、その次に何かが裂ける音がした。
その時、声が届かないことを忘れてつい普通に喋ろうとしてしまったけど。
聞こえていないはずなのに、二人はおかしな発音の返事をした。
俺は下を向いて考え事をしていたんだ。
だから2匹に話そうとして、そして音にびっくりして、前を向いた。
そこには赤い断面を見せたグレーの毛皮付き肉が2つ立っていた。
え?
何が起きたのか理解する前に、また「ブォン」という風切り音が鳴った。
その直後、さっきの「ミチィ」って破裂音が今度は籠るように自分の一番近くで鳴った。
そうして俺の視界は宙を舞った。
宙を舞って、左を下にしてどさりと落ちた。
<LifeSpan>の緑色の円環ゲージが露骨に欠けていくのが見える。
なんで?何が起きた?
地面にぶつかった衝撃で、視界がぼやけている。
気持ちを無理やり落ち着かせて目を凝らすと、目線の先にタウロとモーバがいた。
二匹は頭と胴体が離れていた。
「「は...?は...?」」
訳がわからなくて、パニックになる。
トサ、トサ、トサ、トサ、トサ...
草の生えた土を踏み締める、足音が聞こえてくる。
足音はだんだんと近づいてきて、俺の頭の前で止まった。
そうして、俺の頭は優しく抱え上げられた。
「...。」
水色の帽子をかぶった人間が、俺の顔を興味があるような、不思議がるような、神妙な顔で覗いている。
トサ、トサ、トサ...
俺は柔らかな草の生えた地面におかれた。
現在のLifeSpanは31%。何もしていなくても、数値はみるみる減っていく。
それから俺の横には、首の離れた二頭のオオカミの肉が並べられた。
その直後、ビリビリと何かを破るような、剥ぐような、そんな音がしばらく聞こえていた。
切れている胴体は動かなくて、頭も動かなくて。<LifeSpan23%>
それなのに、自分が今寝ている柔らかな芝生の感触だけは、感じ取れていた。
少し離れた位置で、タウロかモーバかどっちかわからない肉を解体している人間。
帽子だけでなく、服も水色が多め。
それから、見間違いでないか...帽子の後ろから白と茶色、二色の大きな毛束が出ている。
まるでウサギだな...
破く音が一瞬止んで、今度は俺の背中に革っぽい硬い手が触れる。
ビリリと破ける音がする。<LifeSpan16%>
毛皮を剥いでいるのだと思っていた。
そいつは肉を剥いで、俺の体から内臓を取り出した。
痛くて、気持ち悪くて、でも体が動かなくてゲロも何も出てこなかった。
それからビリビリと、今度は本当に毛皮を破る音がした。<LifeSpan8%>
これはそこまで痛みを感じなかった。むしろ心地よく感じるくらいだった。<LifeSpan2%>
はあ、死ぬんだ。
俺、死ぬんだ。
せっかく転生したのに、もう死んじゃうんだ。
ああ。
でも仕方ないか。
仕方ない。
パーパありがとう。タウロありがとう。ジージョありがとう。サブロありがとう。モーバ、それにみんなありがとう。
1日と少しの間だけだったけれど、幸せだったよ。<LifeSpan1%>
目を瞑ったわけじゃないけれど、視界が真っ暗になる。
ゲームみたいなアイコンはまだ光ってる。
<LifeSpan1%>の文字を回る円環がいま、途切れそうになる。
途切れそうになって、
途切れる前に、
表示そのものが、一瞬にして消えた。
<あなたはアイテム化しました。LifeSpanバーを破棄します。>
...。
...。
............は......?
<ユーザーの種属名称が変更されました>
フォレストオオカミ・ゾンビ → フォレストオオカミ・ゾンビの肉
...意味がわからない。
わからない。わからない。わからない。
でも聞こえる。何も見えないのに聞こえる。
自分がまだ、死んでないことがわかる。
声が聞こえる。
それはたまたま通りがかった小鳥のさえずり。
それはオオカミ肉を調理するウサギ人間の鼻歌。
それは温まりつつある水が鍋の中で跳ねる音。
そして肉が切れ味の良いナイフで切れる音。
さくっ
痛い。
切られて。
自分が裂かれて。
分かれて。
痛い。
痛い。
熱い。
あつい。
ぶちっ
そんな音がしたような気がする。
俺の体のひとつがナイフだかフォークだかで刺されて、暖かな口に入る。
「やっ...りオオ...ミはー鍋が最こ...だなあー」
噛み潰される中、そんな声が聞こえた。
俺の意識はここで途絶えた。
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