0-8 狩りと瞑目①

鳥がホーホー、もしくはちゅんちゅんと鳴く、心地の良い目覚まし音のする朝。

そして、清々しくも独特の匂いがする朝。


「んぐぐぐぐふぁ〜!」

そんな朝、俺は目覚めた。


こんなにもいい気分で眠ったのはいつぶりだろう。

以前は、長い間眠っていたような...眠っていなかったような...そんな不健康な睡眠をとっていたような気がする。


ふと視界の右上をみた。


<LifeSpan60%>


数値は昨日と変わりなかった。こういうのは睡眠で回復するもんじゃないのか...。

少しがっかりしたけど、回復しなかったものは仕方ない。


「狩りに行くぞ。ついてこい」

下の階からタウロが顔を覗かせていた。どうやら俺を起こしに来たらしい。


俺はそのまま人工的な...もといオオカミ工的な木の斜面階段を降りる。

家を出て、昨日入ってきたあの門まで歩く。


そこで狩り係のオオカミたちと合流した。

「よう新入り!俺はモーバだあ!よろしくな!」「俺は—


次々に挨拶を受けた。

俺はその度に頭を前後に激しく振った。


「-は西。最後に俺とモーバとお前が南班だ。」

俺たち3匹は南方向へ森の中を歩いて行った。


少し歩いて行ったところで、先頭に立つモーバが立ち止まった。

「あそこだ。」


目の前にはウサギがいた。


「モーバが合図をしたら飛びかかれ。逃げたところを俺が捕える。」

タウロが合図の瞬きを試して見せる。


「まあ緊張するなよ。すぐに慣れるさ。」

モーバはそう行ってウサギを挟んで俺とは向い側の木の陰に移動する。


モーバはタウロの位置を確認し、俺の方を向いて合図を出した。


俺とモーバは一緒に飛び出した。

するとウサギも俺たちから逃げようと飛び出す。


モーバは大きな前足を伸ばし、タウロのいない方向に大きく体を傾ける。

そうすると、俺とモーバの体がない方向へウサギは逃げる。


だがそこにはタウロがいる。

タウロは飛んできたウサギに素早く噛みついた!


成功だ。

ウサギは首元咥えられてぐったりとしていた。


...。


それからリス2匹、鳥3匹を捕まえた。

オオカミたちとウサギを狩る。というのは初めてだったが、なかなか楽しかった。

それに四足歩行にもある程度慣れることができた。


今日は出なかったが、以前は自分たちの3倍は大きな体躯の熊なんかも狩ったことがあるとモーバは語っていた。


「そろそろ時間だ。帰るぞ。」


日の出直後の早朝に初めた狩り。

そろそろ、早くない〈朝〉という時間帯になってくるころだ。


「くう〜疲れたぜ!帰ったら水浴びにでも行くかあ〜!タウロはどうする?新入りは?」

「俺は行く」


昨日タウロから水をもらって飲んだ時、なぜかLifeSpanが減った。

ゾンビに水まずいのではないかと思うので、俺は首を左右に激しく振る。


「そうかあ...」

「こいつ最初池で溺れてたみたいなんだ。だからダメなのかも」


それから少し歩いてから、モーバが意を決したようにタウロに話しかけた。


「そういやパーパのことなんだが...あいつも本当はお前のことを考えて...」

「皆まで言うな。その件は解決した。」

「...そうか!そりゃあ良かったぜ!」


あ...


その件に触れられて思い出してしまった。


昨日居住区に入ってきて、捕まって、そして全裸のまま逃げたあの人間。


狩りをしている間、捕えられる獲物の姿を見て何度もちらついたが、考えないようにしていた。


彼女はあの後どうなっただろう。


無事に帰れただろうか。

それとも別の魔物に襲われたかもしれないし、ましてや裸の女なんか、暴漢に襲われているかもしれない。


俺は焦り気味に立ち止まり、地面に棒人間を書いて、彼女がどうなっただろうとタウロに伝える。


「は?...ああ、あの人間のことが気になるのか。

まあ...気にしない方がいいさ。

他人の家に勝手に入るってことは、それなりの覚悟はしてただろ。」


気にしない。そうだ。気にしなければいい。知らないことからは目を瞑ればいい。

もう彼女は俺たちとは関係ないのだから。


...でも、もしはどうだろう?

街に戻った彼女は冒険者ギルドに情報を提供し、冒険者たちがこの群れを駆除しにくるかもしれない。


俺はさっきよりももっと不安になって、また地面に絵を書いて二人に伝えた。

人間たちが攻めてくるんじゃないか。


それを見ると、モーバが話しはじめた。


「人間ってのはな、めちゃくちゃ弱っちいんだ。

相手がどんな魔物だろうと、1対1で戦って人間が勝つことはまずありえない。


だから奴らは狩りをせず、先祖が作った畑や家畜で食いつないでるわけだが...それ以上のことはしない。


飢えたとき、元あるものを奪い合うことはあっても、

新たな畑を開拓しようとか、自分たちでも魔物を倒せるような技や作戦を編み出して狩りに行こうとか、

そういうことができるような賢い生き物でもねえ。」


「群れができた時から書かれてる旅行記によると、300年間文明レベルが進歩してないって話だ。」

タウロが口を挟む。


「そんな人間が森を無傷で潜り抜けて、俺たちの村までやってきた。まあ、そこで俺たちに捕まっちまったわけだが...うーんと...」

「行きが大丈夫なら帰りも大丈夫、って言いたいんだろ」

「そう!それだ!」


そう...だったのか。

異世界といえば冒険者ギルド、魔物がいれば冒険者もいる、そういうものだと思っていた。

でもここは<冒険を始めるにはもう遅い異世界>だった。


そんな人間が弱いことが普通の世界で、ずかずかと森に入ってこれる彼女なら、きっと全裸で戻っても大丈夫なのだろう。

...そうだ。これ以上考えたって仕方ない。


よし!


俺は顔をぽんと叩いて...けむくじゃらの前足なので「バチン」みたいな良い音は鳴らなかったが、気分を切り替えた!


吹っ切れた俺をみて、モーバは「腹へったなあ、早く帰るぞ!」と笑顔で言った。

無言で歩き始めるタウロにも、微かに笑みが浮かんでるのが見えた。

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