0-1 私はあなたの母親ではありませんっ!
俺が母親(マミー)だと勘違いしたのは、すこし小柄な魔法使いの少女だった。
持っていたのは金属の物干し竿ではなく大きな木製の杖で、フードつきローブを着込む彼女はまさに魔導師という感じの出立だった。
しかし布の暗闇から飛び出しているふわふわとした栗色の髪が、彼女の可愛いさを隠し切れていなかった。
彼女は間違いなく、俺の母親ではないだろう。
「私は...あなたの母親ではありませんっ!」
「そんな、ひどい...」
とっさに冗談めかした言葉を言ったが、もし何も言わずにもう数秒間見つめていたら。
俺はつい、「結婚しよう」なんて口走ってしまっていたかもしれない。
それくらい彼女は頭から指先、髪の毛から口の中まで、余すことなく全てがとてもかわいかったのだ。
一息ついて、言葉を間違えないよう落ち着いてきいた。
「母親じゃ、ない、なら、君は、誰?」
少しもったいぶるような間を置いて、彼女は話し始めた。
「......よくぞ聞いてくれました!私は...」
「私は?」
フードをかぶった彼女の顔は、こちらからははっきりとは確認できない。
しかしきっと、今彼女の顔はすがすがしいほどのドヤ顔になっていたに違いないだろう。
「神!!!!!!!!です!!!!!!!!!!!」
「............................................................................................。」
「.........................................................................................です...。」
...はあ。神。何が神か。
神というのはこんなにキュートなものなのか。
しかし、一目で心を奪われてしまいそうという意味では、彼女はまさ神にふさわしい存在...なのかもしれない。
そんなことを考えていたら思ったより時間が過ぎていたらしい。
沈黙に耐えかねた神がわざとらしく「こほん」と咳払いをした
「いいですか、私には神としてあなたに告げなければならないことがあります。」
先ほどまでとは違う神らしい荘厳な言い方をされて、俺はごくりと唾をのんだ。
「まず私はー...。あなたが安全に?転生するための、案内!をしに、ここへ来ました!」
「転生?」
拍子抜けだった。...地獄行きにでもされるものかと思った。
「生まれ変わることですよ?わからないんですか?」
「わかりますよ、それくらい。」
転生。
妙に耳馴染みのある単語だ。どこで聞いたんだろう。
...そうだ!異世界転生だ!
一時期は嫌というほど何度も聞いた単語だが、いつからかめっきり聞かなくなった単語だ。...でも、聞かなくなったのは、いつからだっけ
最初と違って意識がはっきりしているのに、やっぱり何故だか以前のことが思い出せない。
「あなたは、ブラック企業に、勤めていたサラリーマン、残業帰りにふらふらと歩いていたところをトラックにはねられ...ドカーン!と死んでしまった。と、聞いています。」
「そ、そんな...」
前世のことは全く覚えていないのに。妙に説得力がある内容で、なんだかそんな気がしてきた...
「そしてあなたが転生するのは、これで3度目...だと、聞いています。」
「3度目?」
「はい。3度目です。」
「3回転生するっていうのはどういうことなんですか?
『異世界転生ブームでたくさんの人が転生して天然の魂が足りなくなったので、使用済みの魂を使いまわします!』
...ってことですか?」
「いえ、違いますよ。あなたが3回連続で同じ世界に転生しているだけです。」
「あれ、もしかして…」
俺が早とちりしてしまっただけで、俺は別に『異世界』に転生するわけじゃないのかもしれない。
ただ元いた世界に、もう一度赤ちゃんとして生まれる。
もしかして、それだけの話だったのだろうか...もしそうならすごく恥ずかしい。
「あのぉ...そのぉ...もしかしてぇ....俺が転生するのってぇ...」
くねくねしている俺を遮って
「はい!転生先の世界について知りたいんですね!」
と神は嬉しそうに話し始めた。そして、
「あなたが転生する世界はですね...
『キラキラファンタジーを楽しむにはもう遅い!勇者と魔王の戦いがとっくの昔に終結した、今はもうつまらない異世界《パローナツ》』です!」
...?
先ほどから少々テンション高めの神だと思っていたが、
なぜだか今のくだりは今日一番の自信満々な声で言われた。
...ひとまず、ただ同じ世界に生まれ変わるだけなのに異世界転生と勘違いして浮ついていた人、にはならなくて済んだ。それは良かった。だがしかし...
「えっ...なんですか、その世界は...」
「『キラキラファンタジーを楽しむにはもう遅い!勇者と魔王の戦いがとっくの昔に終結した、今はもうつまらない異世界《パローナツ》』です!」
また自信満々な声で同じ文言を繰り返された。
どうやら聞き間違いではないようだ。
「今から300年前、勇者と魔王の果てしないバトルが勃発しました。
しかし結果は勇者の勝利に終わり、今日のパローナツの民たちは争いとは無縁な平穏な日々を過ごしているのです。
...胡散臭い宗教とズブズブの国に転生し、よくわからない理由で国外追放。
絶望しているところでふわふわケモ耳獣人奴隷少女と出会い、愛を育んでいく...
そんな物語はありませえええええん!!パローナツにはぁ!!!!!!
キラキラした異世界あるあるファンタジー冒険譚を送るには、もう遅いんですっ!!!!!!!」
「そんな世界に送ろうとしてるんですか?俺を」
「はい。」
神は急に思い出したかのように、清廉さのカタマリのような微笑みをたたえ応えた。
...そして妙な小芝居を始めた。
「例えば、冒険者ギルドがないので…
転生者『えぇっ?この水晶玉に手を翳せだってぇ?』
受付嬢『はい!それであなたのステータスが...わかるんです!』
転生者『う〜ん、仕方ないなぁ』(おててパサァ)(水晶パリーン)
かつて受付嬢だったもの『なななななななんですかそれはああああああっ!?』(水晶の破片を見る)
たまたま通りかかった覗き魔『攻撃力SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS!?すげええええええええええええええええ』
淫靡な巨乳美女『うふ〜ん♡あは〜ん♡そこのお兄さん私とイイコトしな〜い?』
転生者『えへへ、もしかして俺、なんかやっちゃった?』
...ッみたいな展開もっ...できないん...です.........はあ...はあ...」
息切れする神。
俺は彼女のお茶目な一面を見られたのが嬉しくてつい、くすりと笑った。
「他の世界はないんですか?」
「ありません」
「そんな...」
「でも、今のパローナツなら...」
そのつまらない異世界に、つまらなくない新要素が。
「おっと、これ以上は実際に行ってみて確かめるべきだと思います。」
俺が「宣伝上手ですね。」と言うと、神は「ふふ、それほどでも。」とほほえみながら答えた。
ここまで推されるものなら行ってみてもいいかもしれない。
それくらい、初対面のはずの彼女を俺はすっかり信用してしまっていた。
元より「異世界でハーレムを築いてやろう」なんて気持ちはない。目の前にいる彼女だけが、俺を虜にしていた。
だから...もし本当につまらない世界だったら、また死んでここに戻ってこればいいやとすら俺は思った。
「それじゃあ、行ってみようかな。」
「本当に?」
「本当に。でも、2つ聞きたいことがあって。」
「なんですか、答えられることならなんでも答えてあげます。」
また得意げになった神さまをみて、俺は訊いた。
「神さまの名前を、教えてもらえますか?」
「神さま......?あぁ、私のことですね...」
神さまは少し迷ってから
「では、ネコニスとでも名乗っておきましょうか」と微笑んで言った。
「いい名前ですね!特に最後に『ス』がついているところが神さまっぽくて......あっ!」
ネコニス様のフードに猫耳がついていて、それがまるで生きているかのように動いていたこと。
俺はそのことに今更気がついたのだった。
ーーー
かくして俺は「
ちなみに2つ目に聞いたのは、
その異世界がなぜ《パローナツ》という名前なのかについてだった。
なんでも大昔にいたという例の
ヨーロッパでドーナッツ。だからパローナツ...。
つい「雑な名付け方...」と呟くと、ネコニス様が急にニヤニヤし始めた。
その後の彼女の話を聞くに、どうやら勇者とは親しい関係だったようだ。
脳が破壊された。
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