33.ごほっ、げほっ、くっさ
巨大な怪物が、コロシアム中央に下品な世界樹のごとく聳え立った。
毒々しい色の躰は不規則に禍々しく尖り、ところどころがファーコートのように毛むくじゃら。
全身の大部分を占めるほどに異様に大きく開いた口腔部からは、鋭い牙を飛び出させている。
黒ずんだ脳味噌がハットのように突き出し、ぼろぼろに破れた蝙蝠の翼をジャケットふうに纏うそれは言うなれば、汚らしいヴァンパイアのようだった。
ホルダーは壊れたカセットテープのような高低差を伴った声色で、観客たちに呼びかけた。
「みミm皆様おほンジッ2ワオァつまり頂きあリリリリがトゥ5ザいます
日頃寄りノカンしゃをこメテォ今回ィィイイイは特別に皆様んも豚イ肉体揚がって頂き、悪役を直接オ殺師弟ただき鱒」
「えっ、それって!?」
観客が期待の声色で言った。
「観客参加型ショーの開幕デスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデス」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
観客席中に拍手と歓声が上がった。
するとホルダーはその大口を天に向けたかと思うと大気を吸った。
暴風が起き、雲や空の色すら吸い込まれていく。
直後、激臭のする極太のブレスを観客席全体に回転しながら吐き掛けた。
コロシアムが緑色の煙と強烈な腐乱臭で包まれる。
「ごほっ、げほっ、くっさ」
私はついむせた。
すると背後から影が迫った。
「カズサさん!」
ぐちゅっという音。
煙の向こうに吹き飛ばされたそれは、着地とともに派手に爆発。
爆風で煙が、うっすらと晴れる。
するとそこには、緑色の肉片があるのが視認できた。
しかしそれらはぐちゅぐちゅと音を立てて集合し、人型となった。
「うわあ!?」
そいつだけではない。
周囲を見回すと、同じような姿の人型がうじゃうじゃとふらついていた。
そう、身体がどろりと溶け落ちかけたモンスター……いわゆるゾンビが大量にいた。
「観客をゾンビに変えたのか」
私は言った。
それから私たちは煙の中から現れるゾンビたちを避けたり攻撃したりしていたが、いくら倒してもゾンビたちは復活してしまう。
「倒しても復活するんじゃ……っ!きりがないね」
「でも良かったです、いくら殴ったって殺めずに済むのは……このゾンビさんたちも、元は人間ですから……ァ!」
ゾンビを殴りつけながらレアが言った。
優しい風な言い方をしているが、うっぷんが隠し切れていない声色だった。
「レア、いらついてる?」
「てっきりカズサさんの方が頭に来てるものだと」
そう言ってレアはゾンビの頭を掴みにして、地面に叩き付けた。
その勢いでかがんだレアの後ろにいたゾンビ、私はその顔面に燃え盛るメラメラのオノマトペを食らわせた。
「……えっと」
「自分だって腹が立っていたのに、私が怒ってる姿を見て落ち着いてくれたんですよね?」
「レア……………………ありがとう、レアは策士だね!」
私がウインクすると、レアはにっと笑った。
「やっぱり、カズサさんは優しい人です。賢くて、強くて。
私はカズサさんほどじゃありません、全部。
今まではそれでよかった。ただ、あなたについていければよかった。それがものすごく幸せだった。もちろん、今までも、これからも。
だけど。失いたくない、守りたいと思う人が、一緒に何かを分かち合いたいと思う友達ができた。
カズサさん以外で、初めて。
だからこそ、より近づきたいと思ったんです。カズサさん、あなたに。」
「………………そっか。」
この時私はきっと、満天の笑顔になった。
「ここまでにやったことを整理しようか。ホルダーを直接叩こうにも、あいつ自身が出してる煙と纏わりついてくるゾンビが邪魔で一生たどり着けない。煙は爆発で一瞬晴れてもすぐに復活する。ゾンビも同様。ピスカの心魂透視のおかげでホルダーの場所はわかるけど、ゾンビを盾にされてオノマトペがホルダーに直撃しない。」
私はそう言いながらオノマトペを飛ばして実演した。
「どうしたらいいと思う?探偵聖女ピスカ=アラカルト=トーストレイズンさん?」
私は訊いた。
「自信満々で語っておいて、人任せですか?」
煽るような口調に反して、ピスカはにこにこ笑顔だった。
「答えは単純です。ゾンビを………………ゾンビをさ先にっ、ゾンビを先にどうにかすればいい!」
ピスカは意気揚々と答えかけ……たが突然言いよどみ、すると今度はやせ我慢のように明るい声で無理矢理言い切った。
「ピスカ。」
「はは、誤魔化せませんよね…」
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