3.探偵聖女と渚の殺戮者 解答編
19.すべてを救う1人の少女(ヒーロー)
「くーっ、本日の作業終了!」
ペンを置くなり思い切り腕を上に伸ばして、椅子にもたれかかったのは超絶ハイパー人気売れっ子漫画家先生の私。
そう、ムシオデカズサだ。
ふーっと息を吐くと、椅子から立ち上がり、私はただの人間・
私は漫画に全力を注いでいるが、健康に過ごすことがモットーだ。
健康的な食事を作り、食べ、あったかいお風呂に入り、夜22時に布団に入ると5分と掛からず眠りにつく。
そして日の光とともに目を覚まし、再び1日が始まるのだ。
......その日、私が目を覚ますとそこは真っ暗だった。
厳密には完全な真っ暗じゃない。わずかに光を感じる。
これは、布で目と口を覆われているだけだ。
自分で何回もやったことがあるからわかる!
そう思っていると、目隠しを何者かに外された。
そこは、学校の教室のような場所だった。
厳密には学校の教室ではない。
廃墟のような場所に、学校で使われるような机や椅子、黒板を置いているようだ。
私の手足は、椅子に縛り付けられていた。
隣の席を見る。
そこには、私の書いた漫画のキャラクターの顔がプリントされたお面をつけた人がいた。
こいつが私の目隠しを外したようだ。
「...ど、どうも」
私はちょっと半笑いで挨拶した。
服は学ランで、その上に薄手のコートを...いやこれは、|雨合羽を羽織っている。
廃墟だし、雨漏りがひどいのかな?
その雨合羽には、私の漫画のコマやタイトルが貼り付けられていた。
「わあ、凝ってるね。」
つい呟いた。
「..................」
そいつは無言で、首をぬるりと、私の方から教室前方に向き直った。
「.........あはは」
気まず。
教室全体を見渡すと、それとほぼ同じ格好をした人たちが着席していた。
みんな雨合羽を羽織っているがその中身はそれぞれ、学ランではなくセーラー服だったり、カーディガンを着ていたりしたけど...みんな特に私の漫画のコスプレとかでもなさそうに見えたので、よくわからない。
そこでふと気がついた。
「あれ、私主人公席じゃん。」
口を縛られた状態の、くぐもった声で言った。
「これは外してくれないの?」
『『『『『『『『『『『『『『『『『『『起立』』』』』』』』』』』』』』』』』』』
「!?」
突如として複数の声が混じった音声が流れ、前の席に座っていた人々が一斉に起立し、そして一斉に私の方を向いた。
すごい、本当に全員、私の漫画の登場人物たちの顔のお面だ。
それに、この『起立』という音声...全部私の漫画が原作のアニメやドラマ、映画、WEB向けの単発映像作品、歌、ボイスドラマ...からとった音声だった。
目の前の学ランが、私の口を縛っていた布を外した。
私は言った。
「よく19通りも『起立』を集めたな...と言いたいところだけれど、そんなに起立なんて書いた覚えないよ?
ほとんどは、"き"と"りつ"が続けてくる文章からとったでしょ。
"大好き、リツ"とか"はっきりつまらない"とか、"斬りつけ!"とか。懐かしいなあ...———ッ!?」
腹部に、強烈な痛み。
私の腹に、包丁が刺さっていた。
「ま、マジか...もうちょい溜めた方が...良くない?」
私は痛みでかすれた声でサラッと言うと、間髪入れずに他の人々が迫ってきた。
そして、一斉にグサグサと滅多刺しにした。
そのときの私は「なんだこれ、オモシロッ」と思った。
...と、思っていただけだったのかもしれない。
だって。
現在。異世界、トコヒルビーチ、曇天の砂浜。
私はあの時の私と同じように、大勢の人々に取り囲まれんとする白髪の少女、エクリのもとに駆け出していた。
殺されたこと、別に気にしてないと思ってたのに。
こんなところで思い出すなんて。
いや、気にしてないには気にしてなかったと思う。
それはあれが自分のことだったからで。他人視点で見るとこんな気分悪いのかよ!
冷静なのか、狂気なのか、とにかく私は同じように殺されそうになっている彼女のもとに駆け付けたかった。
それでもし彼女が魔物としての真の姿をあらわして、愚かにも化け物を守ろうとした私をざくっと殺してしまうのであれば。
それこそ、今度こそ私は本当に「オモシロッ」と思えるだろう...!
そんな残酷な天丼を期待して、私はぞろぞろと彼女を取り囲もうと歩く観光客たちを抜けようとした。
だけど、すぐに立ち止まらされた。
「...!」
レアだった。
民衆と少女の間に立ち、私が彼女の元へ駆けつける必要をなくしたのはレアだった。
「おい、何やってるんだ」
「早く離れた方がいいわ!あなただって危険なのよ!」
レアは声を荒げることなく、優しく固く芯を込めた声で言った。
「私が、責任を持って彼女を警察に届けます。」
当然、責任など取れるわけがないという不安が一同に広がった。
世間を知らない子供が甘っちょろい、生優しいことを、適当なことを言っているだけだと。
「冷静に考えて、渚の殺戮者を警察に送り届けるなど不可能だ。」
眼鏡の男はレアに言った。
「お嬢さん、落ち着いて聞くんだ、それは人間じゃないんだ。
化け物が眠っているうちに、ここで始末した方がいい。」
眼鏡はそう諭すように言ったが......
「人間ですよ、彼女は。」
レアは一点の曇りもなく言った。
「な、何言ってるの!見たでしょうあのステータスを!そいつは化け物よ!!」
普通に反論されているのを見るに、民衆を言葉で動かす<王家の号令>スキルは発動していないようだった。
いや、このスキルの仕様について私はよくわかってないんだけれど......
この前の、荒れ放題だった冒険者ギルドが一瞬にしてピカピカになった時のことを考えれば、もし発動していたらみんなすぐに、ははーっとひれ伏している...よね?
「なら、どっちでもいいです」
「はあっ!?」
意外な返答に女は困惑した。
「どちらにせよ、彼女をここで殺すのは間違っています。」
彼女は民衆のガヤに気圧されないように、必死さを隠した冷たい声で言った。
普通に聞いているだけでは、ただ冷静で冷徹な声に聞こえる。
でも私には、彼女の心が内心では、嫌な暑さにまとわりつかれていることは想像できた。
眼鏡の男は言った。
「間違いなどではない。何度も言うが、それは人の形をしているだけの化け物なんだ。
あなたはそれを友達だと思っているのかもしれないが、化け物を君のことを餌だとしか思っていない!
あなたは騙されているだけなんだ!
我々には化け物を倒すための
それが大人としての責任なんだ。どうか信じてくれ...!」
「そうだそうだ!」
民衆たちの声が大きくなる。
「......そうですか。」
「おお、わかってくれたか。なら—」
「であれば、尚更ここで彼女を殺すことはおすすめしません。」
彼女は確固とした態度で言った。
「なんでだよ!?さっさと殺しちまないとヤバイだろおお!?」
「そうだそうだ!」
そんなガヤが聞こえてくる。
「あなたも、私も、ここにいる全員が、死刑執行官ではありません。
私情で刑を下すということは、すなわちあなた方自身も殺人犯になるということです。」
「はぁ!?」という次の野次が入らないうちに、レアは続けて言った。
「自分も殺人鬼の仲間になりたい...ここにいる誰にもそんな願望などないと、私は信じたいです。」
冷静だが語気の強い言葉。
レアは眠るエクリをお姫様抱っこした。
眠る容疑者の姿は、ただの女の子でしかなかった。
それに観光客たちは怖がり、おそろしいといった雰囲気が伝搬し始める。
「は...?まっ、魔物なんだから、殺"人"じゃ......人じゃ、ないだろ...?」
さっきまでうるさくしていた男は、か細い震え声で言った。
「そ、そうよ。べつに、おかしくないでしょ!?」
そんなふうに、民衆たちはお互いに「おかしくないよね?」「大丈夫だよね?」「間違ってないよね?」と自信なさげに確認しあい始めた。
「それに怪しくない?魔物を庇うなんて...もしかしてグルなんじゃ!」
ざわざわとレアを疑い始める声が聞こえる。
「冷静に考えれば、そう疑わざるを得ないだろうな。あなたをここにいる皆が信じるには証拠が足りない。やはりここで終わらせることが適切な判断で-」
眼鏡の男が言った。
「信じられないのであれば、自分の目で見届ければいい。」
レアは言った。
「は?なに言っちゃってんのこいつ?やばすぎだろ」
赤アロハの男は、小馬鹿にする感じで笑い出した。
他の観光客たちも困った子だなという雰囲気で色々言っていたが......
「—ッ!?!?」
眼鏡の男はやたらとあたふたして、眼鏡を異様に揺らした。
そして数秒後ハッとすると、ごほんとわざとらしい咳払いで気を取り直して、大事そうに眼鏡をかけ直した。
......私が観察眼で視た眼鏡の男のジョブとスキルを見る限り、さっきの言葉が彼にとっておおいに突き刺さった理由は、なんとなく想像できた。
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