8.追放とピキピキ

私たちは、ダンジョンの最深部までたどり着いた。

そこには祠のような神社のような扉があった。

だけどその装飾の細部は、神々しいというよりはトゲトゲとしていて禍々しかった。


「一旦...ここで態勢を整えよう、この先がダンジョンボスの部屋だからな」

勇者は言った。


休憩。


「トクトクトクトクトク」

私は水筒にオノマトペで水を注いで、レアに渡す。


「ありがとうございます!」


「水責めはできないから、これくらいの水はね!」


ちらりと向こうを見ると、勇者の呼吸が荒くなっていた。

「勇者も水飲んで、少し落ち着-」


すると勇者はぼうっとおどろおどろしく私の前に立ち上がった。


「っ!...ちょっともう、驚かせないで—」

「何と言うか...

本当に申し訳ないのだが...非常に」


「何?」


「何と言うか、君たちは期待外れだった」


「えっ?」


「チートスキルを持つと言いながら、それを使おうとしない。

はっきり言って役立たずだったな。」


「また急に何言って...!使っていたじゃないですか!」

レアは怒った。


「僕の目的はこの先にいるボスを倒すこと。

あいつは数々の冒険者を殺し、平気な顔をして笑っている悪の権化…僕の因縁なんだ。

あいつだけは、絶対に殺さなくちゃならないんだ!


それにはじゃ到底無理だ。

だから君たちを雇ったと言うのに…


はっきり言って残念だ。失望した。殴るだけのやつと何もしないやつ。

そんなことで厳しいこの世界を生きていけると本気で思っているのか?」

勇者は人が変わったように、捲し立てるように言った。


ただ私にはそれは私たちに向けた言葉ではないように聞こえた。

自分自身を責めているような、苦しい顔。


「はあ!?燃やすのも水責めも電気も危険だから、カズサ様は超音波でサポートしてくれてたんですよ!?

最初に話、聞いてなかったんですか!?」


「はあ、話にならないな!

論理的に説明していただきたい!!」


「何なのこの人...」

レアは怒る気も失せ、本気で困惑した。


思い返せば勇者は元気そうに大声を出しながら、ずっと苦痛が顔に滲み出ていた。

「話をまともに聴けるような精神状態じゃなかった、か...」


私はそんな勇者の様子を見て呟いた。


「派手な攻撃と違って、超音波は私以外には見えないもんね、仕方ないよ。」


そう言った時、私は思い出した。


転生する前...あれは10歳の頃。

出版社に漫画を初めて持ち込んだときのことだ。


「う〜ん...」

「ここは、順序を入れ替えたほうがいいな...」

「よし、できた!」

私は渾身の作品を持っていった。


「ふ〜ん、これ、何日で書いたの?


「1週間です!」


「...1週間?内容はいいけどさあ…流石に遅いよ。

1週間あればこれくらい漫画描いたことない子だって描けるよ?

3日で書いてこないと」


「...わかりました...!」


私はわかっていた。


私は、漫画を描くのがすごく得意だということを。

天才で、逸材で、自分がとにかくとてつもない存在であることを自覚していた。


私はわかっていた。

人にはそれぞれ得意不得意があること。

その"得意"が私にとっては漫画だった。

それを理解していた。


わかっていた。

だから、できるなら自信満々でいればよかった。


なのに、私は不安になった。

あの日私はただ安心したいがためだけに、クラスメイトに訊いた。


これよりすごい漫画を3日で描ける?と。


「すごっ」

「いや、かける訳ないじゃん!」

「お、俺だって1年...いや、3年後にはこれくらい描けるようになってるわ!!」

「男子はだまってて!」


「でも、やっぱ天才様は考えることが違うね…」

一人が言った。


その瞬間で。


その一言で。


みんな気を使って口に出してなかっただけで、確かに心の中にあった意識が、形を持った。

みんな去っていった。


(...編集者さんが言ってたのはやっぱり、"嘘"だった。ただ強く当たって、私の可能性を試しただけだったんだ。

私はそんなことにも気がつけなかった。うっすらとだけ気がついていて、確信が持てなかった...)


あの人編集者からすれば(小学生が本当にこれを描いたのか?)と不審に思っただろうし、

もしこんな天才が本当にいるなら、もしもっと追い詰めてみたらどんなものが生まれるんだろう!?という期待もあった...

だからそんな相反する2つの感情が混ざり合って、私を試すきつい嘘になった。


「ふふっ」


相手が何を思ってそんな行動をしてしまったのか。

相手の頭の中が目に見えないからって、私はそれを想像しようとしていなかった。


だから勝手に傷ついて、不安になっていた...。


「さすがに、また来るとは思わなかったな...


ふーん、で、これ何日で書いてきたの?

前より多いし、5日間くらいで…」


「さっき書いてきました!」


「は?」


「朝起きてすぐ、書きました!」


「ほ...本当に...?」

編集者さんは外れかけた眼鏡をかけなおして言った。


(本当は昨日の夜寝る前にも書いてたけど…!


でも、いいよね。

お互い様"嘘つき"なんだから...!)


回想終わり。


この間2秒。


「カズサさん?」


「うん、わかった。じゃあレア、帰ろうか。

勇者パーティならきっと。いや必ず、ボスも退治できるはずだしね」


そう言ってレアの手をとって振り返ろうとした、その瞬間...


「!?」


ピキピキと何かがひび割れるような音が聞こえた。

それは次第に大きくなっていく。


異様な、恐怖を煽るような、ピキピキとクチクラ外骨格の唸る音。


「!!」

即座に私はレアを覆いかぶさって庇う。


ドカーーーーーーーンッ!!!!

と派手にドアが崩れた。


一方で勇者たちの方は、唯一いち早く気がついたナップル・パインが仲間の3人を突き飛ばしていた。


「えっ...!?」

勇者が驚く。それから0.1秒のまもなく。


ナップル・パインは巨大なムカデにビリビリに貫かれた。

布と綿の塊が、地面に散らばった。


「パ、パインーーーーーーーッ!?!?!?!?!?」

勇者は悲痛な叫びを上げる。


盛大に瓦礫が飛散する。


... ... ...


瓦礫の雨が止んで、砂埃の中から現れた。

体の"フシ"に無数のトゲトゲの導火線がついた、大きくて気持ちの悪い真紅の化け物。


このダンジョンのボス<爆弾を運ぶグレネード百つの足センチピード>だった。


ーーー


おまけ解説(どうでもよければ読み飛ばしてOK)


ユニークスキルとチートスキル

【共通点】

どちらも、その人が最初から持っている固有スキル。


【違う点】

☆ユニークスキル

①生まれた時から持っている。Lv1スタート。

②全く同じユニークスキルを持つものは他にいない。しかし所持者が死亡すると、また同じユニークスキルを持つ者が生まれることがはある。


☆チートスキル→

①転生者の前世の経験や知識・能力がスキルに作り替えられた存在がチートスキルなので、転生してスキルを獲得した時点で、既にレベルが高い状態であることが多い。

②同じスキルを持つ人が同じ時代に存在することは、理論上は可能。


【備考】

ユニークスキルも育てればチートスキル同様強力なスキルになりますが、最初は使い勝手の悪い変なスキルという扱いなので、ユニークスキル持ちは初心者時代はパーティから追放されがちです。


育てきる前に心が折れて、追放されたしこの機会にと冒険者をやめる人もいます。

そのまま村づくりスローライフなんかをしていると、いい感じにレベルが上がって活かせたりもするので、冒険者だけに拘らずいろんな使い方を試してみると良いでしょう。

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