2.姫君とふわふわ

「ゴホッゴホゴホゴッホ...

く...誰か...誰か助けて...」


むせるお姫様のか細い声。


バリバリバリバリバリィーーーーン!!!

...と激しすぎるくらい激しい音を立てて、ガラスが割れて飛び散った。


......なんて危ないんだろう。

それと同時刻。


ドかああああああああン!!!!!

...と盛大に音を立てて登場したのはこの私。


煙を掻き分けて、お姫様の前にそのシルエットを現す。


「あ、あなたは一体......!?」

お姫様は訊いた。


私は首を横に振る。


「まずはここから出ましょう」


「あ、は、はい.......ってわああっ!?!?!?」

私はお姫様をお姫様抱っこすると。


塔の窓から勢いよく飛び出した。


「きゃあああああああ!?」


お姫様の叫び声。突き抜けるような風圧。青い空。

「最高に、気持ちがいいですね!!!」


正直な感想が私の口から出た。


「そんなこと言ってる場合じゃ...このままでは、地面に激突して死んでしまいます!」


「あなたと一緒だったら、私は死んだって構わない」

ふざけているわけではない、紛れもない本心だった。


お姫様と地上に向かってランデブーだなんて、なんてロマンチックな体験なんだろうっ!


(トゥンク...な、なんなのこの人...そんな屈託のない笑顔で言われたら私...)

なんて思っているであろう頬を赤く染めたお姫様から、具現化されたハートが浮き出て、上空へ舞い上がって行った。


これは落ちたな...!


「でも、安心してください。どうせなら死なない方が良いですからっ!


すうううううううう、ふわああああああーーーーーーーーーー!!!」


私の口から、巨大な純白の綿飴が「ふ」「わ」「あ」の形をもって射出される。


「!?な、何ですか!?この、雲みたいなものは!?」


白い雲のような「ふ」と「わ」と「あ」の文字が、うず巻状になって私たちの周りを回りながら降っていく。

それは気流のエスカレーターとなって、私たちの落下速度をじわじわと低下させていく。


「ほっ、着地できましたねっ。」


脚がトンと地面につく音がした。


「な、なんなんですかこれは!?こんなスキル、どの本にも載っていませんでした!!」


「お姫様......いや、お嬢さん。

本ってのは、きっと入り口なんだ。世界をほんの一部だけ切り取って見せてくれる素晴らしい入り口。


だから手元の本を読んだ上で、このやたらとでっかい現実世界を見た時には、今までは気がつかなかったもっと素敵でキラキラした壮大な出来事が君を待って-」

そんなことを偉そうに語ろうとしていた最中


ザザあああああああん!!!

と大きな音を立てて、壮大だった建物が崩れた。


「し、城が!!」


城は無慈悲にも崩れ落ち、数十秒にして灰となったのだ。


「お、お父さま...」


それから、私は泣きじゃくるお姫様をしばらく慰めていた。


「実は、私もここで働いてたんだ...」


「そ、そうなんですか?」


「宮廷画家だったんだけど.........今日が最後の出勤になっちゃった。

王様との関係も良好で......本当はもっと尽くしたかったよ。」


「そうだったんですね。思えば王......お父さまは、私を自室から一度も出してはくれませんでした。」


「なんと!それは...ひどいですね」


「本当は出たかったんです...

それで...今日、やっと出られました。」


「どうして、出られたんですか?」


「あなたが、連れ出してくれたからですよ?」

彼女は笑いながら泣いていた。


「.........ふふ、そうでしたね。」

私はめちゃくちゃ悲しそうな雰囲気を沸き立たせながら俯いた。


するとお姫様は突然、スッと立ち上がった。


ところどころ黒く焼け焦げた、ドレスの背を向けたまま言った。


「お城、なくなっちゃいました。」


「......うん」


「私にはもう帰る場所はありません」


「......そうだね」


「だから!!」

お姫様は、ばっ!と振り返って言った。


「あなたについていかせてはもらえないでしょうか!?

私を初めて外に連れ出してくれたあなたに、ついて行きたいんです!!!」


王族らしく凛々しく宣言した彼女に、私は面食らって数秒黙ってしまっていた。


まだまだ子供だし。もっと夜通し泣きじゃくるものかと...。

思っていたよりお姫様の立ち上がりが早かったが...いいさ、強いヤツは嫌いじゃないね!


「ずっとお部屋に引きこもってたお姫様にとっちゃあ、結構、いや、かなりつらい道のりになるかもしれません。」

「いえ、どんな道であろうと、絶対についていきます!」


姫様は食い気味に食らいついてくる。


「...そ、それでも、行くというのですか?」

「はい!生きていくためだったら、どんなことでもして見せます!」


「えっどんなことでも?どんなことでもするんですか?」


「はっ...はい!どんなことでもして見せます!むしろ...あなたの頼みだったらなんだって喜んでします...!」


ま、まじか...ぐ...ぐひ...ぐへ、ぐへへへへへゲヘヘヘヘヘ

ぐひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!


...という気持ちは顔には出さない。


「...いいだろう。その覚悟があるならついてくるがあいいさ。

私もこの世界についてわからないことだらけだ。


......本当に、一緒に来てくれるの?」


しばしの沈黙の後、お姫様が口を開いた。


「...私、レア・オシロと申します。

形だけですが...こちらのオシロ城で王女をしておりました。つい先ほど家無し職なしの浮浪者になってしまいましたが。」


そう、いきなり自己紹介をしてきた。


「あなたのお名前、教えてもらっても構いませんか?」


「私は、カズサ。ムシオデ・カズサ。"名より先に姓が来る国"から来た異世界転生者。

職業は前の世界では漫画家で、こっちでは宮廷画家をやっていた。

それで今は......


家無し職なしの浮浪者、だよ。たった今日からね。」


「そうですか........か...カズサ...」


「はい。」


「カズサ...さん」


「...はい」


「カズサさん、カズサさん、カズサさん、カズサさん......」


「...はい?」


「カズサさんカズサさんカズサさんカズサさんっっっ!!!!」


「だ、大丈夫!?」


お姫様はくううっと嬉しそうに唸ると、ぐぐっ!と拳を握りしめた。


「あ、あの、お姫様...?」


私が一瞬俯いてそして首を上げる間に、姫様はずんずん歩いて距離を詰めてきた。

「...ッ!?」


レアチーズケーキみたいな甘酸っぱい香りの髪の毛が、私の顔のすぐ前で揺れた。

「お姫様ではありません。レアと呼んでください!!」


「レ、レア」


「カズサさん!!」


「な、何!」


このレアと、冒険者をやってくれませんか!」

そう言ってレア・オシロは手をぐいっと前に差し出した。


「......」


さっきハートが舞い上がったみたいに、誰かの気持ちを具現化するには、直接触れている状態でスキルを発動する必要がある。


だから彼女の内心で思っていることは......直接触れてはいない今、オノマトペになって具現化したりしない。


「......」

私に両手を伸ばした彼女のキラキラした瞳は、私を真っ直ぐに見つめていた。


何度も言うが今、彼女が何を思っているのかは、言葉や数値として実体化されているわけじゃない。


だけど、それでも.......


「...うん、喜んで!!!!」


私が彼女の手をとった瞬間、黄金の星と桃色のハートが輝き溢れ出して、夜空を埋め尽くした。


... ... ...


「ゲフっ...!!!」

白くて柔らかい「ふ」のオノマトペから出てきた王様は、叫んだ。


「な、なんなんじゃこれはああああああ!!!!!」


メイドさんがふと、「わ」の白いオノマトペを食べてしまい、言った。

「あっ王様、これ甘くておいしいですよ!」


「あら本当!おいしいわ」

ふわふわした「あ」のオノマトペを食べた女王様は言った。


「おい、こんな怪しいものがうまいわけが...うまうまうまうまうまうま」


王も女王も執事もメイドも皆、樹液を食べるクワガタのようにオノマトペを頬張っていた。

しかしそのせいか背後から近づいてくる怪しい集団に気がつかなかった。


「うまうまうま...うぐっ、ひょわああああああああ!?!?!?!?」

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