欲しい少女とあげない少女

束白心吏

欲しい少女とあげない少女

 魚見うおみ弥生やよいを知らないクラスメイトはいない。

 物腰柔らかな雰囲気に、同性でさえ魅了する美貌を有し、勉学においても優秀な成績を修め続ける彼女。入学式の当日から全校生徒から注目の的だったのはいわずもがな。その時点でも多くの注目を受けていたが、更にそれに拍車をかけたのが彼女の特殊な習慣――初対面の人にぬいぐるみを渡す、という行為だろう。

 弥生の渡すぬいぐるみは手乗りサイズの小さなテディベアだ。邪魔になるほど大きすぎず、失くすほど小さすぎもしないそれは、入学式翌日の時点でクラスメイトの9割の女子がスマホや鞄につけていた。中には自作でテディベア用のアクセサリを作る猛者までも存在していたくらいだ。それがクラスメイト――主に女子――の交流の潤滑油になったのは言うまでもない。だが。


「――夢花ゆめか


 名前を呼ばれて、私は思考の世界から目に見える世界に意識を向ける。

 声の発信源である足元に目を向ければ、そこには非現実味さえ覚える、芸術の神様が一から十まで丹精込めて手掛けたと言われても信じてしまいそうなくらいに整った美貌の少女。


「どうしたの。弥生」

「いや、夢花がどこか遠くを見ていたような気がしたから」


 弥生はそう言いながら私の頬に手で触れて目線を合わせてくる。


「何か、悩み事?」


 紅玉を思わせる双眸は心なしか揺れており、本気で心配していることが伺える。長年一緒にいるお陰か、それがわかった。

 そしてだからこそ、触れてもらいたくないこともわかるのだ。


「……どうして、弥生が皆にはぬいぐるみを贈るのかなって」


 その上で、私はその触れてはいけない一線のギリギリを攻める。

 ただここで一つ留意しておきたいのは、弥生の家は手縫いテディベア専門で作るお店である、ということだ。だからテディベアを贈っているのだとは想像がつく。しかし? 幼少から隣でその様子を見て来た私だが、それだけは今だにわからない。


「――そんなこと?」


 弥生はあっけらかんとした様子でそう答えた。

 そして少し考える素振りを見せて、口を開いた。


「――私の疑問をね、晴らすためだよ」

「疑問?」

「夢香はドラマとかを見て思ったことない? 『どうしてこの人はぬいぐるみを贈るのだろう』って」

「?」

「私が言うのは駄目かもしれないけどね。ぬいぐるみには何ら実用性はないんだ。確かに子どもからの人気はあるし、好事家からの需要はある。だけど、それだけだ。何かをするわけでもないし、出来るわけでもない。はっきり言って、――それがぬいぐるみだと思わない?」

「……」


 確かに――それは弥生が言ってはいけない言葉だろう。しかし同時に、弥生の立場だからこそ言える言葉なのかもしれない。

 だからこそ私は疑問をぶつける。


「でも、現に弥生は贈ってるわよね」

「うん。基本的には喜ばれるし、会話の取っ掛かりになるから重宝してる。皆に配るサイズもクラスメイトの分だけなら難なく持っていける範囲だったから半ば習慣化した――だけどやっぱりわからないんだ。ぬいぐるみを贈る、という心理が。

 これはネットで齧った知識だけど……一説ではぬいぐるみとは送り主の分身であり、『これを自分おくりぬしだと思って一緒にいて欲しい』という願望の表れなんだそうだよ」

「じゃあ弥生は皆に一緒にいて欲しいってこと?」

「ううん。私には夢花だけで十分」

「ならどうして――」

「一種の拒絶だよ」

「拒絶……?」

「ぬいぐるみを贈り主だと思う――それって逆に考えれば『送り主自身には関わらないでくれ』というメッセージになると僕は考えているんだ。だってそうだろう? なんだから」


 つまり、なんだ。弥生はお近づきの印としてテディベアを贈っていたのではなく、寧ろ逆。私に関わるな、というメッセージだと。

 すると私にだけテディベアを贈ってこなかったのは――


「夢花が聞きたい本当の疑問は知ってる。今から、その答えを言うね。





 ――夢花、私に愛を頂戴?」

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欲しい少女とあげない少女 束白心吏 @ShiYu050766

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