第12話 京の夜叉姫の来訪

 夜。

 神無月雪之丞の家。

 即ち我が城。

 それは駅前、高層高級マンション最上階にある。二部屋を繋げた特注あしらえ。

 三十畳のフローリングの真ん中に六枚の畳とちゃぶ台と座布団二つ。

 静寂の中こぽこぽとお茶を注ぐ音が流れる。

 その中、座布団の上で正座した緑茶を啜る少女が一人。


「――本家からの報告は以上ですわぁ。それより雷おこしもほんまに美味しいおすなぁ」


 独特な方言のイントネーションが耳に残る。

 ちなみにそれは称賛でなく限りなく社交辞令側の嫌みだ。

 何故なら関西物しか口に合わないと明言している手前、おいそれと趣味趣向を変えるようなことはしないからだ、この女狐は。


「お褒めにあずかり光栄だ。神取さんのような上流階級でグルメを納得するほどの茶菓子はそうそうないからな」

「いややわ。うちかて一般庶民どすえ」


 色白の京人形みたいな女は口を当てほほほと笑う。

 着物の裾かなら取り出した和紙を皿に見立てて栗羊羹を乗せ、竹楊枝で静かに切った。


 よくほざくわ。

 毎日自家用ジェット機で京都から関東の学校へ通勤してるのが一般庶民というのなら、世の中の航空事情はエスエフ映画になるだろうよ。


 この京都弁操る女、いや少女はただ者ではない。

 姓は神取(かんどり)、名は雅緋(みやび)。

 神取家は神無月家の分家で格は十一席。

 幹部会の末端にある。

 俺と神取 雅緋は幼い頃より知り合いだが別段仲が良かった訳ではない。

 なので同じ白川桜華学園だが赤の他人という取り決めを入学時に約定を書面で交わしている。

 今日も訪れたのは役目による本家の定期報告。

 雅緋が学園に通っているのも表向きは好きなお菓子を食べるためだが、真実は俺が余計な行動をしてないか見張るためである。


「それよりまた何か雪之丞様の周りが騒がしいおすなぁ」

「そうか?」

「ほんに、賑やかで楽しそうやわぁ」

「つまらん日常だぞ」


 俺は再び神取の湯飲み茶碗へお茶を注ぐ。

 双方とぼけるも不可侵条約があるので牽制しあっていた。


 最も油断できない相手は食べている手を止めこちらを凝視、「………………………」何を考えているのか予測できない死んだ魚の目みたいな眼(まなこ)は深淵を宿る闇が内包していた。そこには暖かみがない、殺気もない、事務的な作業的な何かがあるのみ。

 一瞬、だだっ広い茶の間は処刑場または実験場のような殺伐とした空間となり、情けないことに身震いした。


「もう夜だな。すっかり日が落ちた」


 気持ち悪いでなく、気味が悪いでもなく、気持ちを切り替えるべく、フローリングへ明かりを点すとワックスがけを怠らない床は鏡のように写し出されていた。残念ながら神取の邪念までは不可能だが。

 それに暗闇の中これと二人っきりはホラーでしかないから勘弁してほしい。

 絶世の美少女でもこいつだけは嫌だ。

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