第13話 女狐は言霊を戯れるように操る
「いややわぁ、もうこんな時間やね。乙女が暗闇の中を一人帰るのは勇気がいるわぁ」
普通に考えるともう遅いから送って行くと言う思考パターンになるがこいつに限っては当てはまらない。
この短い台詞の中には将棋と同じで棋譜みたいな複雑なルートが多数存在する。
・普通に送る。
神取家と盟約を結んだと勘ぐられて他の親族からあらぬ疑いをかけられる。
・このまま泊める。
この女が無理やり既成事実をでっち上げて婚姻関係を結ぼうとするだろう。
・このまま無視する。
継承者候補が親族の女を一人で返させたと神無月家の名前を貶めたとして親族の査問会議にかけられるだろう。
それで台詞に当の本人と言ってないのがミソ。
逃げ道も完璧。
なのでここでの選択肢はおそらく外で隠れて待機しているであろう神取家のお付きの者たちに出向いてもらうことだ。
「もしもし、神取家の方々、お姫様がお帰りなのでお手数ですが最上階まで迎えに来てください」
勿論お嬢様に盗聴器が仕込んであるのを見越して電話の要領で伝えている。
「相も変わらずいけずやわぁ。うちとしては雪之丞様とこの逢瀬をもっと堪能したいおすに。同衾も覚悟できてますえ」
「魅力的お誘いだが遠慮しておくよ。もっと自分を大切にした方がいい」
心のない言葉をよくもポンポンと出てくるものだなあ。
俺も言葉の引き出しは多い方だが相手は遥か上を行く。
俺達一二家は時には世界情勢さえも動かすこともあるので、優位に立つために権謀術数は日常茶飯時なのだ。
「お心遣い感謝しますぅ。でも、ほんに雪之丞様は言葉選び上手いわぁ。自分の予測通りにいかへん」
「いや、神取さんには負けるよ。俺がこの選択を選ぶのをわかっていて敢えて攻めてきたんだろ?」
「はて? 何のことやら。それよりも昔みたくみっちゃんと呼んでなぁ。幼馴染やろ?」
高級品である鮮やかな京都友禅の着物を動かしてしなを作る。
誰もが振り向く美貌、色白の肌と泣きぼくろも手伝って艶っぽかった。
こいつの正体が分かってなかったら惚れていたかもしれない。
「何がみっちゃんだ。昔から俺に洒落にならない陰険なイタズラばかりしかけやがって。一歩間違えたら大惨事になりかねないことばかりじゃないか!」
そう、こいつは幼い頃より散々俺を苦しめてきた。
最初は小さないたずらだったか、回数を重ねるほど陰湿で回りくどいものなっていく。
なのでまかり間違っても、この陰険女狐と青春を謳歌、またはラブロマンスへ発展するというおぞましい展開は未来永劫有り得ない。
あってはいけない。
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