テイク12 底なし沼

(お、男だぞ!? お、それも元親友の畔戸だぞ? はあ!? まじで意味わかんないって)


 死後の闇の世界で嗣は心の中で異議申し立てをした。嗣は男に告白されて死んでしまったのだ。それも親友に。既にテイク12までしてきた。今までこんなことなかったと言うのに。

 だが、もう死んだことで何を思っても言っても意味ないのである。


「ありえねえって〜。マジで、マッジでマジで」


 様々な愚痴をこぼしながら、ふと神の存在を思い出した嗣は画面をチラッと一瞥した。しかし神はいつまで経っても現れない。音さえ一つも聞こえないので、どうしたものかと首を傾げていた。


『やあ、よくもわしを馬鹿にしてくれたな?』

「あれ? そうだっけ?」

『不敬罪言うたやろうがい!』

「どうだったかな? わかんなーい」

『あれ? 気のせいじゃったか? まあ良いっか』

 

 このポンコツ神は騙されやすく、とても扱いやすいようだ。

 適当に誤魔化すだけで忘れてくれるなんて、なんて都合の良い神なのだろうか。

 嗣からしてみればありがたい限りである。


「それより神様は何してたんですか?」

『ああ、お前さんを地獄へ送る機械が壊れた。だから送れなくなってしもうたのじゃ』

「え? マジ?」

『修理業者呼ばないといけなくなったからお前さん、しばらく生きられるぞい』

「マジ? やったー。わーい、ありがとう神様ー」

『お、おう。行ってらっしゃい』


 修理業者とはなんぞやと思いつつも、確定でしばらく生き残れる嬉しさで舞い上がる。絶対保証の安心とは計り知れないものだ。



———



 戻ってきたは良いが、はどこに……?

 何か仕込まれている? そう思わずにはいられない。死の直前のあの高らかな笑いは嗣からすれば恐怖でしかなかった。

 自分の作戦を予めに予知し先回りしていた……?


 ただ気をつけないといけないのはそのことだけに囚われすぎるのもよくない。ただでさえ激ムズ設定のゲームで何度も死に晒しているのだから。それに今は椅子にまで拘束されているのだ。尚更注意しながら進めていかないと。


「どうしろっつんだよー、ったく。優しくない世界になったものだ」

「そんなことないよ。私が嗣くんに優しくしてあげるからね」

「ううん、違うよ? 君たちの優しさと俺に対するこの世界の優しさは反比例になるんだよ? 俺が好きならちゃんとこれくらい勉強しときな?」

「そうなの? でも私は一番に嗣くんを愛している」


 優しさと呼べるものでもないかも知れないな。間違いなく彼女らの行動は常軌を逸しているのだ。ありがた迷惑もいいところ。嗣は間違いを冷静的に指摘する。意味はないけど。


 嗣に自分の愛を語ろうとしているのはエメラルドグリーンの瞳、若干赤みがかったハーフアップの髪型をした斎藤秋さいとうあき。彼女は嗣の目の前に立ち、嗣の太ももに手を置いた。


「正直、告白してきても俺を殺さない奴がいたら誰でもいいわ。それ以外は却下だ」

「私は告白ダメなの……? どう……して……私はこんなに好きなのに……」

「お前、そう言えばこのクラスに彼氏いなかったか?」

「ええ、酷い! 私は嗣くん、一筋なのに……」


(俺が彼氏というおふざけは置いといて、気のせいか。まあいい)


「え? 嘘だろ……覚えていないのか」

「ああ、りょうが可哀想に。全部家泉のせいだ。許さない。絶対に許さない」

「遼……あいつは殺す。絶対に。」

飯島いいじま、大丈夫だ。絶対に彼女思い出させてやるからよ。家泉なんかに負けるな」

「ああ、みんなありがとな。一緒に戦おう」


 男子が各々好き勝手に独り言を呟いている。

 嫌われても仕方ないがそんなに言う? って過激発言まで呟かれた。酷い言いようだ。嗣だって望んでいないのに。 


 中には互いを励ましあってメンタルを保っている奴らもいるようだった。でも暴言吐く奴らに申し訳ないとは思わない。それに第一自分の命が優先だ。


「あーあ、お前が皆を不幸にして泣かせてるぞ。最低だな、嗣」


 横から話に割って入ってきたのは、やはり畔戸だった。男子生徒が畔戸しかいない訳ではない。ちゃんと他にもいる。でもやっぱり畔戸は元々嗣の親友であり、一軍に位置するリーダー的存在であるのが大きいだろう。


「く、畔戸。あ、あのさ? えーっと」


 嗣は畔戸から受けた告白が忘れられず変な感覚に襲われる。何か一方的に気まずく動揺しながらだが告白を受けないようになんとか言葉を紡ぐ。


「ああ? なんだ?」


 畔戸には記憶などなく、訝しげな視線を嗣に向けてくる。無責任な告白をしておいてそんな目で見てくるな、と是非とも言ってやりたい。

 ……言えんけど。意味ないから。


 ど、どうしようか。


 そうだ。教室を抜け出したあの二回を思い出すのだ。あれはどうやって抜け出したっけか。

 えー、あれは言い争いになりながらだったよな? その時と事情が異なっているが、言い争うというのが鍵だろうか。多分。 


 一回目は畔戸に心から感じた思いをぶつけることで抜け出した。二回目は嗣の雑な演技が入っていない純然な弱い一面を見せることで教室を突破して見せたのだ。


 しかしそれは裏を返せば、今まで多くの回数をこなしてきて、たった二回成功という結果でもある。

 現実世界に戻ってくる度に常に状況は変化しており、その度にアドリブが求められてきた。教室を越えるのさえ至難の業だ。



 それに——。

 それらは無意識であったからこそできた産物であり、今やれと命令されても簡単にできるものでもないだろう。それに前回畔戸から告白を受けたこともあってそれが嗣の中で複雑な感情へ変わっているのも事実であった。


「喧嘩か……」

「一人で何呟いているの? 家泉くん、好きだよ? 付き合ってくれないかな?」


 ぶつぶつと一人呟いていると、《あいつ》の声がした。それもまさかのそいつからの告白。


「誰だ!?」

「バイバーイ。ふふ、言葉で殺せるって楽しいね。一度やってみたかったんだよね」


 ボイスチェンジャーまで使って、身元の特定ができないようにまでされるという徹底ぶりで告白された。どうやら犯人は相当嗣に嫌悪感があり、殺したいらしい。

 最悪な相手に貴重な力が渡ってしまったと思う。

 

【バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン】


 最悪だ、完全に底なし沼にハマった気分である。

 そうして嗣は考える間も無く全てを知る者に殺害されたのだった。

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